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そして同時に、仁さんへの感謝の気持ちが溢れてくる。
仁さんは俺の身だけでなく、この兄の笑顔も守ってくれたんだ。
「兄さん……ありがとう、心配してくれて」
俺がそう言うと、兄は俺の頭を優しく撫でた。
その晩は結局兄の家で夜ご飯も食べたし、風呂も借りた。
そしてそのまま泊まることになった。
◆◇◆◇
次の日の昼
「ほら楓、いつまで寝てんの一」
「んぅ……っ」
ベッドに腰かけた兄の手で、軽く体を揺すられて目を覚ます。
「朝ごはん用意できてるよ」
「あー……うん」
まだぼんやりとした意識の中、のろのろと起き上がりリビングに向かう。
テーブルの上には美味しそうなトーストとコーヒーが並んでいた。
「いただきまーす」
兄の用意してくれたトーストを齧りながらテレビをつけると
ちょうど朝のニュース番組が始まったところだった。
画面に映し出されたのは昨日の誘拐事件に関する特集だった。
すると、兄は俺に気を遣ってなのか番組をすぐに変えてくれて
「そういえば、昨日…のニュースでも岩渕が捕まったってやってたけど……」
こんがり焼けたトーストをハムスターのように齧りながら話す兄
「……うん」
「楓、気にしやすいんだから、あんまりニュース見るなよ?」
「今はもう大丈夫だよ、仁さんが助けてくれたから」
「…そっか」
テレビから流れてくるアナウンサーに目を向けながら、目線を画面に固定したまま言った。
「……こんなこと言いたくはないんだけどさ、俺はその犬飼さんのこと、信用できないな」
その唐突な言葉は
まるで研ぎ澄まされたのように、俺の胸に突き刺さった。
兄はたまに偏見でものを言うことはあるけど
大体納得できるようなものだ。
でも今回のは違った。
「なに…仁さんが悪い人って言いたいの…?」
聞くと、兄は俺の方に向き直り、目を見て言った。
「合コンで鉢合わせて助けてくれるとか、家が隣とか、ストーカーから助けてくれるとか」
「それこそ異変に気づいて誘拐されたときまで助けに来てくれるとか」
「漫画じゃないんだからさ、怪しすぎだろ」
「そ、それはたまたまっていうか……」
「楓さ、あの人に騙されてるんじゃないの?」
兄の言葉は次第に鋭くなっていく。
「騙され、てる……?」
「そう。だってこんなに都合良く助けられるなんておかしいと思わないか?」
「それは…でも仁さんは本当にただの良い人だし……」
(口が裂けても元ヤクザとは言えないな……)
兄さん俺のことがあって以来大のヤクザ嫌いだし
しかし、騙されてると言われると
唐突に、仁さんに猜疑心が湧いてくる。
そんなことないはずだけど
「そりゃ、兄さんの言うことも一理はあるかもだけど、仁さんはそんな人じゃないよ…」
「…本当に?」
「……じ、仁さんは大丈夫だって!見た目は怖いかもしれないけど、俺のこと気遣ってくれるし」
「優しさに漬け込んでるだけなんじゃないの?」
「そんなことない…!」
「じゃ、あの人のこと信用してるのか。いつもは他人のこと疑い深い楓が?」
「そういう俺に〝たまには人を信じろ〟って教えてきたのは兄さんじゃん」
「そりゃ、そうだけどさ……」
気付くと口喧嘩になっていて、開いた口が止まらないのはお互い様のようだった。
「世の中には例外ってもんがある。そうやって油断して、後で泣きを見るのは楓かもしれないんだよ」
「…何が言いたいの」
「楓を信用させて、後から取って食う気なんじゃないかってこと」
「なにそれ…っ」
「俺は心配してるんだ、楓」
「βの兄さんには分かんないだろうけど、俺が誰を信じようが俺の勝手じゃん…!」
「いつまで子供扱いしてんの、俺がオメガだから?自分の身も守れない劣等種だから……?」
「楓、落ち着いてくれ…っ、違う。そんなことは言ってない。今のは…………俺が、言いすぎたな」
「……っ 」
「…楓がそこまで言うなら俺からはもう何も言わないけどさ…」
「ただ心配なだけだから、そこは分かってほしい。悪く言ったのはごめん」
「……分かった、こっちこそ…急に大声出してごめ
ん」
「いーよ、それより楓、1ヶ月ぐらいこっちいるんでしょ?」
「え?えっと、どうしようかな……2週間ぐらいはこっち居たいんだけど、あんまり長居するのも悪いし、仕事にも早く復帰したいし…」
「そっか。花のこと考えるのもいいけど、今は体休めることに専念しろよ?」
「俺は楓が家に居てくれた方が仕事頑張れるし、俺にとっちゃ一石二鳥だ」
「ったく、そういうのは彼女か彼氏さんに言ってあげなよ……」
「大学生以降全然ないからな~そういうの」
「不思議だよね、兄さん顔だけはいいのに」
「ちょっとそれ、性格が難ありみたいに聞こえるぞ?!」
「え、だってブラコンだし、たまに、いやほとんどいつも?友達とかに弟自慢する時点で非モテ枠確定で───」
「お?この口か?この口が言ってるのかなー?」
「ちょ、なひすれ!ほ、ほんにょにょことじゃん……!」
◆◇◆◇
そうして兄の家に転がり込むこと1週間が過ぎたころ
兄が休暇を取ったということで兄の提案でドライブに行くことになった。
助手席に乗ると、そういえば聞いてなかったと思って
「今日ってどこまで行くの?」と聞くと
「んー、どこへ行くかは、まあ着いてからのお楽しみってことで」
兄は笑顔でそう言って
いつもの僕をからかうような笑顔とは少し違う、優しい顔をした。
「もう、兄さんはそうやってすぐ勿体ぶるんだから」
「でもなんで急にドライブ?せっかく休暇取ったならもっと他に使い道いくらでもあるでしょ」
素直にそう言うと「分かってないな〜」と得意げに続けた。
「今回の休暇、どうせなら楓がこっちにいる間に何かしたいと思ってさ。ちょうど天気も良いし、ドライブ日和だと思って計画してみたんだ。」
「兄さんがそこまでちゃんとしてくれるなんて、なんか裏ありそうなんだけど」
俺は口を尖らせたけど
兄の「楓のために」っていう気持ちがあるのは、ひしひしと伝わってきた。
普段は割と適当な人だけど、こういう時は妙にマメなんだから。
「おいおい、失礼なこと言うな!俺だってやるときはやるんだよ」
兄は少しムッとした顔をしたけど、すぐにまた柔らかい表情に戻った。
兄はエンジンをかけると車をスムーズに走らせ始めた。
窓から差し込む日差しが暖かくて
兄の隣にいる安心感もあって、俺は少しずつ力が抜けていくのを感じた。
「ていうか、本当にどこ行くの?ヒントちょうだい、ヒント!」
俺は粘ってみる。
「うーん、ヒントねぇ…じゃあ、すごく見晴らしの良い場所かな。空と海が繋がってるみたいに見えるんだ」
「空と海が繋がってる…?」
想像してみるけど、いまいちピンとこない。
でも、兄がそこまで言うなら、きっとすごく麗な景色なんだろう。
「それに、楓が好きそうな、ちょっと静かで落ち着ける雰囲気のカフェも予約しておいたから」
「え、ほんと?!すごい楽しみになってきたかも…!」
「兄さんってなにかと気利くよね」
「ふっふっふ、せっかくの機会だからしっかり準備したんだよ」
兄は少し自慢げに言った。
「楓、最近色々あったろ?だから、今日は何もかも忘れて、ただのんびり過ごしてほしいんだ」
兄の真剣な眼差しに、俺は何も言えなくなった
いつもは調子のいいこと言ってばかりで
ブラコン全開だけど、こうして俺のことを心から気遣ってくれる。
本当に、なんだかんだ頼れる兄さんだなあって
この歳になって改めて思った。
「…そっか、ありがと。兄さん」
車は東京を離れ、高速道路を走り、だんだんと海に近づいていく。
窓から差し込む日差しが暖かくて
兄の隣にいる安心感もあって、俺は少しずつ力が抜けていくのを感じた。
兄がかけてくれた音楽は、落ち着いたインストゥルメンタルで、心地よかった。