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兄が
「見晴らしの良い場所」
「空と海が繋がってるみたい」
って言ってたのは、ここだったんだ。
車が葉山に入ると、街並みが変わり
木々の間からきらめく海が見え隠れするようになった。
潮の香りが風に乗って入ってきて、それだけで気分が晴れる気がした。
◆◇◆◇
午前10時半
車は、海の上に浮かんでいるかのような真っ白な建物に到着した。
まるで絵葉書みたいだ。
「レストラン ラ・マーレ、ここだよ」
兄が得意げに言った。
ロマンチックな雰囲気のお店で、窓からは青い海が一面に広がっていた。
兄が予約してくれたテラス席で、波の音を聞きながら美味しいランチを食べた。
普段はこういう雰囲気のお店に自分から行こうと思わないから、新鮮だった。
兄がこういう場所を選んでくれたのも、俺のためなのだろう。
お腹がいっぱいになった後、海沿いを少しドライブして
次に着いたのは趣のある日本家屋だった。
◆◇◆◇
山口蓬春記念館
広すぎない日本庭園をゆっくりと歩き、静かに作品を鑑賞した。
手入れの行き届いた庭は心が安らぐし、作品も穏やかな気持ちで見ることができた。
兄が横で、解説をしたり「楓はどう思う?」って聞いてきたり。
こういう時間を一緒に過ごすのも悪くないな、なんて思って。
ちょっとうるさかったけど
◆◇◆◇
時間はあっという間に過ぎて、午後の2時。
車を南下させて着いたのは、葉山公園だった。
見晴らしの良い丘のような場所にあって、そこから見る海は本当に青かった。
空の青と海の青が溶け合っているみたいで
兄さんが言ってた〝空と海が繋がってる〟っていうのはこういうことだったのか、と思った。
公園のベンチに座って、ただぼーっと海を眺めた。
兄さんは隣でスマホを見ていたけど、時々の方を見て「風が気持ち良いな」って声をかけてくれて
さらに車を走らせ、南葉山エリアへ。
◆◇◆◇
午後の日差しが柔らかくなり始めた頃、秋谷の立石に到着したのが午後4時だった。
海岸に大きな岩が立っていて、その向こうに太陽が傾き始めている。
安西広重も感動したという景色は、確かに壮大だった。
岩と海と夕日のコントラストが本当に綺麗で、しばらく二人で何も言わずにその景色を見ていた。
◆◇◆◇
日が暮れて、午後6時半
再び海沿いの道を戻り、別のレストランに車を停めた。
ラ・プラージュ
今度は暗くなった海を見ながらのフレンチだった。
波の音だけが聞こえる静かな空間で、美味しい料理をゆっくりと味わった。
昼間とは違う、落ち着いた大人の雰囲気
暗闇に溶け込む海を眺めながら、フォークを動かす。
昼間とは全く違う表情の海は、静かで神秘的だ。
今日一日、色々な景色を見て
美味しいものを食べて
兄さんと他愛ない話をして…
張り詰めていた心が、ふわりと軽くなったのを感じていた。
兄が〝何もかも忘れて、ただのんびり過ごしてほしい〟と言ってくれた意味が、今はよくわかる。
食事が終わりに近づき、そろそろデザートかなと思ったそのとき
少し離れた席で、楽しそうなバースデーソングが聞こえてきた。
誰かの誕生日なんだな、とぼんやり思っていると
同じようなケーキが、こちらに向かってくるのが見えた。
まさか、と思っているとロウソクの灯りが揺れるケーキが目の前に置かれる。
「本日はお誕生日おめでとうございます。心ばかりですが、お店からのサービスです。」
突然のことに俺は完全に意表を突かれた。
兄の顔を見ると、兄さんは俺の反応を楽しんでいるようだった。
「…え、うそ……俺の?」
「はは、驚いたか?なかなかタイミング合わなくて、ちゃんと祝えてなかったからさ」
「今日は、それも兼ねて計画したんだよ」
兄はそう言って、優しく俺の頭を撫でた。
その大きな手に、どれだけ守られてきただろう。
いつもは少しうざい兄だけど、こうして俺のために心を砕いてくれる。
この歳になっても、こんな風に驚かせて
喜ばせてくれる兄の存在がどれだけありがたいか、改めて実感した。
運ばれてきたのは、見るからに華やかなケーキだった。
四角くカットされたそのケーキは、ふんわりとしたスポンジの間に
淡いピンク色のクリームが挟まっているのが見える。
白いクリームが波打つように絞り出され
その上には真っ赤な苺や艶やかなブルーベリー
彩りの良いパイナップルやキウイが宝石のように飾られていた。
そして、真ん中には「Happy Birthday」と書かれた白いチョコレートプレートがちょこんと乗っている。
テーブルに置かれた小さなケーキは、暗がりの店内でロウソクの灯りを宿し
まるで主役のように輝いて見えた。
兄に促されるままロウソクに息をふきかけて消すと
未だ驚きで固まっていた俺に、兄が「ほら、食ってみ」と言ってフォークを手渡してくれた。
白いチョコレートプレートを少し端に寄せ、フォークをケーキに入れる。
想像していた以上に、スポンジはふわふわで
抵抗なくスッとフォークが入っていった。
口に運ぶ前に、まず甘くフルーティーな香りがふわりと鼻をくすぐる。
苺の甘酸っぱい香り、クリームの優しい甘さ
一口食べると、軽い口どけのスポンジと
舌の上でとろけるような、滑らかなピンク色のクリームが広がる。
上に乗せられたフルーツはどれも新鮮で
ジューシーな甘みと酸味がクリームの甘さを引き立てていた。
見た目だけじゃなく、味も本当に美味しい。
特別な日に、自分のために用意されたケーキ。
その一切れ一切れを味わうたびに、兄さんがこの一日のためにどれだけ考えてくれたのか
どれだけ俺のことを大切に思ってくれているのかが伝わってくるようで、胸がいっぱいになった。
ケーキの甘さが、心の中にじんわりと染み渡っていくのを感じ
兄が俺にくれた、最高に優しいサプライズだった。
そうしてぺろりとケーキを平らげ、兄にお礼の代わりに「はあ、幸せ……」と本音を零すと
「楓、サプライズもうこれで終わりだと思ってるなら、まだあるからな?」
兄がそう言って、テーブルの脇に置いてあった紙袋を手に取った。
シンプルなラッピングが施された、ある程度の大きさのある箱が入っているようだ。
「え、まだあるの?!もう充分だってば!」
まさかさらにプレゼントがあるなんて思わなくて
驚きと、少しの戸惑いが混じった声が出る。
兄はそんな俺を見て満足げに笑った。
「せっかくだからな。ほら、開けてみろ楓、これ欲しがってたろ?」
兄が差し出した紙袋を受け取る。
「これ、欲しがってたろ?」
という言葉に、なんだろう、と首を傾げる。
胸のざわめきを感じながら紙袋を受け取り、慌ててラッピングを剥がす。
中から現れた箱を見て、手が少し震えた。
ガラス製品らしいシルエットが見える。
期待で息が詰まりそうになるのを抑えながら、箱を開ける。
そして、それを見た瞬間───
「うわっ、え!サイフォン!?」
声が裏返った。
箱の中に収まっていたのは
まさに、俺がずっと欲しいと思って、雑誌やネットで眺めていた、あの美しいサイフォンだった。
特緻な金属のフレガラスの球体が二つ繋がって
精緻な金属のフレームに支えられている。
理科の実験器具のような、それでいてどこかアンティークのような
あの唯一無二の存在感
「そう、これで淹れたら絶対美味いと思ってさ」
兄は俺の爆発的な反応を見て、してやったりという顔で笑っている。
「やばい…超嬉しい……ていうか、なんで知ってるの!?いつの間に!?」
興奮で失継ぎ早に言葉が飛び出す。
ケーキのサプライズももちろん嬉しかったけれど、これはもう、趣味ど真ん中だ。
手に取ると、ガラスの冷たい感触と、しっかりとした造りが伝わってくる。
これをテーブルに置いて、アルコールランプで火にかけて