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黒いアスファルトを覆い隠すように、一面に真っ黄色なイチョウの葉が散らばっていた。
「銀杏、銀杏落ちてる!」
真っ黄色の絨毯に埋もれた小粒ほどの種子を拾いあげ、颯佐が声を上げた。子供のように無我夢中でそのマフラーが地面についても気にしないぐらい身体を小さくかがめて、黄色い落ち葉の中に手を入れている。
そんな颯佐につられて、俺も地面に目を向けた。
そこには、小さなイチョウの実、銀杏が転々と落ちていた。だが、目を凝らさなければ分からないぐらい綺麗に隠れているため、視力のいい颯佐にしか見つけられないだろう。颯佐は俺たちのことを気にする様子もなく一個、また一個と銀杏を拾ってはしゃいでいた。
遠くにはイチョウ並木が見え、あっちならもっとあるだろうなと思いつつも、俺たちは警察学校時代に約束を交した一本だけ仲間外れのように立っているイチョウの木の下に来ていた。
「何だかここ温かく感じる」
「気のせいだろ」
神津がそう言うので、俺は舞い散るイチョウを見ながら答えた。
暖かな黄色が広がっているため、体感的にそう感じるだけだろう。肌に触れる風は冷たい。
ひらひらと宙を舞うイチョウを掴み、それを空にかざして見れば、少し透けているようにも感じられた。
神津はイチョウを見上げながら言った。
高嶺は俺たちより少し前に出て、辺りをキョロキョロと見渡している。何かを探しているようだ。
「みお君何か探してるの?」
「ん? いや、なーんも。おい、空いつまでそんなことしてるつもりだ」
「へへ、ミオミオにもおそそわけ~」
と、拾いあげた銀杏を差し出す颯佐に、嫌なかおをする高嶺。
高嶺は受け取らないという意思を示し、ポケットからその両手を出すことはなかった。その事に少し腹を立てたのか、今度は俺たちの方に来て、颯佐は俺と神津の手に一個ずつ銀杏を渡した。銀杏は元より強烈な匂いがするため、中身がムキでていない状態であってもつぅんと臭ってくるようだった。
「いや、いらねえし」
「そんな、喜ばなくても。ハルハル嬉しいでしょ?」
「だから、嬉しくねえって」
颯佐は、まるで恋する乙女がバレンタインデーに好きな男子にチョコを渡すかのごとく、俺たちを見るので目の前で捨てるのもあれかとティッシュにくるんでポケットに入れてやった。それを見て、颯佐はにまぁっとした表情を浮べる。
全く子供だと、俺は神津と顔を合わせて苦笑いを浮かべた。
神津は、暫く受け取った銀杏を見ていた。それは確かに綺麗な形をしており匂いさえなければ、美味しそうだった。
「そういえば、春ちゃん。イチョウの花言葉って知ってる?」
「んだよ、急に。つか、花じゃねえだろ」
いきなりそんなことを言い出した神津に真面目に突っ込んでやれば、まあまあ。と宥めるように神津は言うと、求めてもいないのに説明を始めた。
「基本的に、イチョウの花言葉は『尊厳』、『長寿』、『鎮魂』で、海外では『永遠の愛』とも言うらしいよ」
と、神津は悠々と語る。
花言葉を語る姿が、花屋の娘であった俺の母親と重なり、前にも聞いたことがあるような……と記憶をたぐり寄せる。耳にたこができるぐらい色んな花の花言葉を母親から聞かされており、右から左に流れていたため、その大半は覚えていない。それでも、いくつか残っているものもあって、その事をぼんやりと思い出していた。
(何だっけか、百日草……の花言葉、だったか)
どうも記憶に残っている、少し見窄らしくも強い花の名前を思い出していた。何でも、その名の通りかなり長い期間咲いている花で、ちょうど一一月近くまでは見頃であった気がする。
「それで? そんな花言葉披露して、神津は何がいいてえんだよ」
「ううん? 単純に、皆長生きできますようにっていう話し。深い意味は無いよ」
そう神津はいって手をパッと胸の前ぐらいで開いた。
先ほど持っていた銀杏は何処に行ったのやらと思いつつ、改めてイチョウの花言葉を頭の中で復唱した。
(『尊厳』、『長寿』、『鎮魂』か……確かに、神津の言うとおり長生きできればな)
と、いった本人である神津を見た。
神津と長生きできたら。それこそ、年を取っても一緒にいれたらと想像する。だが、神津だって家庭を持ちたいとか思うかも知れないし、結婚したいとも俺の元を離れていくかも知れない。色んな可能性はあるから、ずっと一緒というわけにはいかないだろうけど。
(もしも、かなうのであれば……神津の隣で、彼が年老いていく姿を近くで見ていたい。どんな神津も格好いいだろうから)
そう俺はまだ見えない未来に思いをはせ、イチョウの木を見上げた。来週には全部散ってしまっているだろうか。
まあ、そうなったらまた来年もみにこればいい。
そんな俺の心中を察したのか、颯佐がポンと手を鳴らした。
「ね、ね、また来年も四人で見に行こうよ。このイチョウの木を」
「ハッハー、いい提案だな。空。俺たちのダチが一人増えたっつうことで。新しい約束でもするか」
と、高嶺は颯佐の肩を組んで笑った。
警察学校時代も、このイチョウを見に行こうと。約束をした。その約束の上書きをしようと二人はいってきたのだ。神津は少しおどおどしつつも、嬉しそうに「約束……」と呟いた。
そうして、颯佐のかけ声とともに小指を出して、俺たちは重ね合わせた。
「指切り~げんまん、嘘ついたら針千本の~ます」
――指切った。
来年の今頃も、こうやって四人でまた約束をするんだろうなと俺は自分でも気付かないうちに、口角が上がっていた。