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「ぷっは~やっぱ、酒はうめえわ」
「ミオミオ飲み過ぎないでね。オレ、介抱したくないから」
居酒屋の個室で、大ジョッキを片手にグビ、グビッと飲む姿に呆れた視線を送る颯佐。それを気にも留めず、神津に酌しろと言いながらビールを飲む高嶺。そんな光景を見ながら俺は、枝豆を食べていた。
あの後、高嶺の提案により夕食をともにすることにした俺たちは、ちょうど良い個室のある居酒屋を見つけて入ることにした。
俺も神津も電車で来ているため、終電を逃すと帰れなくなるが、それはあちらも同じようで、颯佐は時間を気にしているようだった。彼らは今捌剣市に引っ越してきて何年目かになるらしいが、今いる居酒屋から少し距離がある為、あまりのんびりはしていられないのだとか。
まだ時計は十時であるが、高嶺は酒に強く、飲み出すと止らないためほどほどに彼を止めないといけない。豪酒であるかと言えば、そうではないのだがあまり飲めない颯佐と俺からしたらたいしたもので、絶対に飲み比べなどしたくない。そもそも、俺は飲めないのだが。
「みお君いい飲みっぷりだね」
「おうよ! 神津も、飲めって」
「うーん、僕は遠慮しておくかな」
と、神津は高嶺の誘いをやんわりと断っていた。
神津が酒に強いのは知っていたが、人前では飲もうとはしなかった。この間の合コンでも一杯しか飲んでいなかったし、俺の前であっても進んで酒を飲もうとはしなかった。理由は分からないが、俺が酒が嫌いなのを知っていて合わせてくれているのか。そうだったら申し訳ないなあと思いつつ、俺は神津の膝をつついた。
「何? 春ちゃん」
「いや、飲みたかったら飲んでもいいんだぞ? 俺は飲めねえけど。俺に合わせて飲まないって言うことだったら、別に……」
「そうだねえ、別に合わせているつもりはないけど。お酒って身体に悪いし」
そういって、神津は頬をかいた。
少し身体を神津の方に傾けているため、右手は床についてバランスを取っている。その手に神津は指を絡ませてきて、ギュッと握る。
「それに、春ちゃんと一緒に長生きしていたいから。飲まないよ。あっ、でも、春ちゃんにも長生きして欲しいからタバコはほどほどにね」
そういって、ニコッと笑う神津を見て俺の顔が熱くなるのを感じた。
神津の言っていることは本心何だろう。そして、彼は俺の手をさらに強く握る。離さないという意思が感じられて、参ってしまうなと俺は視線を逸らす。
(俺と一緒に長生きしてたいから、酒飲まねえって言うのか?それって、つまり――)
実質、プロポーズじゃないかと俺は酒を飲んでいないのに顔がボンッと熱くなるような気がした。
一緒に長生きなんて、つまり隣にいてくれるって事だよな。と一人舞い上がってしまった。そこまで深い意味は無くいったのかも知れないが、俺の脳内は都合のいいように解釈している。
俺は、恥ずかしくて嬉しくて仕方なく、無意識のうちに神津の手を握り返していた。神津は、それに気づいてにんまりと笑みを浮べる。
「お前ら~俺らの前でいちゃつくなよ。なあ、空?」
「えー別にオレはどっちでもいいかな」
ぐいっと酔っ払いに肩を組まれた颯佐は視線を逸らしながらどうでもいいと呟く。そんな颯佐の態度に高嶺は面白くなさそうな顔をする。
この酔っ払いを置いて早く帰りたいと思った。まだ酔いも浅いし、抜けるなら今だと思ったが、誘われた身、勝手に抜けることも出来ないよなあと、俺は肩を落とす。別にこの後用事があるわけではないが、疲れたので休みたいというのが本音だった。やはり自宅が一番落ち着く。
「みお君、お酒強いけど親の遺伝?」
と、絡まなければいいのに、饒舌多弁になった高嶺に神津はそんな質問を投げた。
強い。というのは皮肉なのかも知れないが、全く悪気ないように神津が聞くもんだから、俺も颯佐も目を丸くした。高嶺は、話を振られ飲んでいたビールを机の上に置くと、ぐぐっと口元を擦る。
「おぁ? あー多分、父ちゃんの遺伝。母ちゃんはあんま、飲めなかったけどな。俺の姉ちゃんも強いし-」
「は? 高嶺、お前姉貴いたのかよ」
突然のカミングアウトに俺は思わず前のめりになってしまった。
高嶺は「んだよ」と少し睨みを利かせたが、俺はまだしも神津も初耳で興味があったため、スルーし「知らなかった」と口にすれば、高嶺は少し嫌そうに口を開いた。
「いるよ。三つ上に一人な」
「そうなんだ。お姉さんは何してる人?」
「俺とおんなじ、警察だよ。け・い・さ・つ」
と、少し語尾強めで高嶺はいった。
本当に初耳だったし、確かに高嶺は長子というイメージはなかった。尻に敷かれているイメージがあったというか、全く失礼な話だが。
「じゃあ、そのお姉さんを目標に警察官になろうと思ったの?」
神津が、そう聞けば高嶺は握っていたジョッキから手を離し、空中に意味のない形を画きながら「違う」と消えるような声で呟いた。
「……母ちゃんが死んだから。その犯人捕まえたくて、警察……に、なろうと思った」
「あっ……」
聞いてはいけないようなことを聞いた気がして、まず聞いた本人である神津は「ごめんね」と高嶺に謝った。
高嶺本人はと言えば、「別に、気にするこったねえよ」とひらひらと手を振っており、気にしていないようだった。だが、完全に空気が悪くなったと、俺は枝豆をむいていた手を止める。ぽろりと、剥かれた枝豆は皿から落ちて机の下に転がった。
「んな、しけた面すんなよ。三人揃って。つか、空は知ってただろ?」
「……うん。でも、矢っ張り何というか」
と、その話について詳しく知っているらしい颯佐は歯切れの悪い返事をした。
家族関係というデリケートな話題に触れることは、例え友人であってもタブーなのだろう。俺自身だって、父親の死については、あまり触れられたくないところがあるわけだし、やはり幾つになっても親という存在は大きいものだと思う。
そう思うと、俺も颯佐も高嶺は理由は分からないが、両親のどちらかをなくしていると言うことになる。本当に理由については、尋ねることはしないが。
「いやぁ、この際だから話すが、俺の母ちゃんな、俺が中学生の時に強盗に殺されちまってよ。その犯人を捕まえたくて……進路で迷っていた姉ちゃんはすぐに警察に進路変更して、そのまま警察官になって、俺もその後を追うようにって感じだ。その強盗、捕まってねえみてえだし、かたきっつうか、何も果たせてない訳よ」
そう高嶺はいって、自傷気味に笑った。
中学生の時に母親を亡くした高嶺のことを考えると、こっちは全然笑えなかった。過去の話だからと、少し軽く高嶺をみていると何だか痛々しく思え、かける言葉が見つからなかった。
(親を殺した犯人を捕まえるために警察官か……)
高嶺は、元からスポーツ万能で全国三位の実力を持った高飛びの選手だった。大学からの推薦もあれば、陸上の方からも是非うちに来て欲しいと声も多くかかっていたそうだ。だが、それをすべてけって彼は警察官を目指した。衝動的な脳筋ではあったが、身体を動かすことが好きだっただろうし、そんな事件がなければもしかしたら違う道を進んでいたのかも知れない。高嶺が、体力だけではどうにもならない警察官を目指そうと思った意思というか思いは、きっとそれらを全てなげうってでも叶えたいものだったのだろう。
でなければ、高嶺が警察官を目指すこと何てあり得ないと思ったのだ。
偏見ではあったが、そんな高嶺のことを思うと、やはり笑えないし、笑って済ませれるような内容ではなかった。
それに、まだ捕まっていないというのであれば尚更。
「まあ、忙しくてそれどころじゃないんだけどな。姉ちゃんは要領がいいから、仕事の合間に聞き込みや調査を個人的に行ってるみたいで……ほんと、尊敬する」
と、高嶺は言うと残りのビールを飲み干し、店員に大ジョッキ一つと注文を入れていた。
なんとも言えない空気にしたくせに、脳天気な奴だと呆れつつ、神津が「その、みお君の出来るお姉さんに会ってみたいな」という一言でこの話は終わりになった。
それから、俺達は他愛もない話をして飲み会は終わった。
「結局終電のがしちゃったじゃん。最悪ー」
会計を終えて外に出れば、冷たい風が頬に当たる。
店の中では暑かったため、上着を脱いでいたのだが流石にもう夜になると寒い。
結局高嶺のせいで、終電を逃し、返る術を失った俺たちは近くにあった公園のベンチで伸びていた。俺の稼ぎじゃタクシーなんて贅沢すぎるし、それならいっそ四人でタクシーに乗るなら安くすむのだろうが、酒臭い高嶺と一緒に乗るのは気が引けてしまい、どうするかと考えていれば、高嶺が近くのホテルにでも泊まれば良いんじゃね? とタクシーより、高くつくかつかないかという提案をしてきたため、俺達は顔を見合わせた。
「近くのホテルって言うと、ビジネスホテルと、格安……あーでもここ、心霊現象が起きるとか何とか書いてある。あとは……」
と、飲んでいないためかなり頭のきれている(ように思える)颯佐はタッタッとスマホを操作し、近場のホテルを探していた。酔っ払っている誰かと違って、その相棒は役に立つなあと感心する。
だが、少し嫌な予感もして、颯佐をみてみればにぃっと悪そうな笑みを浮べた。
「この格安なら、問題ないでしょ!」
そう言って、俺達にスマホを突きつけてきた颯佐は、画面に映ったホテルを凝視しろとでも言うように指さしてきた。俺と神津は仕方なく目が悪くなりそうなほど顔を近づければ、その画面に映っていたホテルをみて目を剥いた。
「って、ここ、ラブホじゃねえか!? お前何考えてんだ、颯佐!」
俺は、周りの目など気にせず颯佐の胸倉を掴んで揺さぶってやれば「近いし、安いし」と連呼するばかりで、感心した俺の気持ちを返せと思った。やはり、颯佐に任せたのが間違いだった。矢っ張り、ろくな事考えねえと。
(多分、素なんだろうけど……悪意も何も感じねえし、ほんとマジで近いと安いしかみてないのかもだが……だが……)
俺は、隣で何度も瞬きをしてその場に固まってしまった神津をみた。
俺と神津は付合っているというのに、どうして、そんな提案が出来るのかと。
(はあ……頭いてえ……)
そんな風に俺が頭を抑えていれば、ベンチで伸びていた高嶺が起き上がり俺達の方に歩いてきた。
「おぉ? 行き先決まったか?」