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7月31日。
朝から、少しだけ落ち着かなかった。
目が覚めた瞬間、今日が夏祭りの日だと思い出す。
カーテンを開けると、夏らしい青空が広がっていた。
蝉の声。
照りつける太陽。
どこにでもある、普通の夏の日。
なのに。
なぜか今日は、少しだけ特別に感じた。
スマホを見ると、勇斗からメッセージが届いていた。
🩷「起きてる?」
🤍「起きてる」
すぐに返信が来る。
🩷「よかった」
🤍「何が」
🩷「いや、寝坊して来ないかと思った」
🤍「はやちゃんじゃないんだから」
🩷「ひどい」
思わず笑う。
いつものやり取り。
いつもの朝。
それだけなのに、胸の奥が温かくなった。
夕方。
約束の時間より少し早く家を出る。
待ち合わせ場所に着くと、そこにはもう勇斗がいた。
🩷「柔太朗!」
🤍「早いじゃん」
🩷「楽しみだったから」
迷いなく言う勇斗に、少し笑ってしまう。
🤍「子供みたい」
🩷「今日二回目」
🤍「だって本当だから」
勇斗は少し不満そうな顔をしたあと、すぐに笑った。
🩷「行こう」
その一言で、歩き出す。
夏祭り会場は、人でいっぱいだった。
屋台の明かり。
楽しそうな声。
焼きそばの匂い。
金魚すくい。
射的。
全部が夏祭りらしくて、少しだけ浮かれる。
勇斗は昔からこういう場所が好きだった。
🩷「すごい」
🩷「綺麗」
🩷「柔太朗、あれ見て」
何度も俺の名前を呼ぶ。
その度に思う。
この声を聞くのが好きだな、と。
🩷「柔太朗、これ食べる?」
🤍「りんご飴」
🩷「甘すぎる」
🤍「いいじゃん、夏祭りだぞ?」
🩷「今日それ何回言うの」
🤍「大事なことだから」
そんなくだらない会話をしながら歩く。
楽しかった。
本当に。
少し休憩しようと、川沿いへ向かった。
昼間とは違う景色。
遠くでは花火の準備をしている音が聞こえる。
隣に座る勇斗が、空を見上げた。
🩷「なあ」
🤍「ん?」
🩷「覚えてる?」
🤍「何を」
🩷「昔、ここで夏祭りの花火見たこと」
思い出す。
まだ小学生だった頃。
二人でここに座って、打ち上がる花火を見た。
🩷「あの時さ」
🤍「うん」
🩷「来年も一緒に見ようって言ったんだよ」
🤍「覚えてる」
🩷「本当に毎年来てるな」
勇斗は笑った。
その笑顔を見て、俺も笑う。
当たり前だと思っていた。
来年も。
再来年も。
ずっと。
夜。
花火の時間が近づく。
周りが少しずつ静かになる。
そして。
誰かが話していた噂を思い出す。
「一番大きな花火が上がった瞬間に、好きな人へ告白すると恋が叶う」
そんな話。
くだらないと思っていた。
でも。
なぜか少しだけ意識してしまう。
隣にいる勇斗を見る。
楽しそうに花火を待っている。
言葉にできない何かが胸に広がった。
俺は、この時間が好きだった。
勇斗の隣にいることが。
夜空に、一つ目の花火が上がる。
歓声が響く。
🩷「綺麗だな」
🤍「うん」
次々に花火が上がる。
大きな音。
明るい光。
その瞬間。
勇斗が俺を見る。
🩷「柔太朗」
🤍「ん?」
勇斗は何か言おうとして、少しだけ迷った。
でも。
その時だった。
空気が裂けた。
低い唸り声が近い。
振り向く前に、白い光が視界を刺した。
ヘッドライト。
眩しい。
大きい。
ブレーキ音が鳴る。
甲高く、長い。
止まらない。
悲鳴が上がる。
足元が揺れた。
誰かに肩をぶつけられる。
熱い息が喉に詰まる。
勇斗の手が、すぐそこにあった。
掴まなきゃ。
そう思ったのに、間に合わない。
黒い車体が迫る。
速い。
近い。
逃げ場がない。
勇斗が息を呑む。
🩷「――っ」
声が切れた。
反射で腕を伸ばした。
指先が触れる。
次の瞬間、体が勝手に動いていた。
勇斗を押す。
強く。
とっさに。
離れろ。
そう思った。
視界が白く弾ける。
衝撃が横から叩きつけた。
鈍い痛みが骨の奥まで走る。
息が抜ける。
声が出ない。
地面が近い。
冷たい。
硬い。
頬が擦れる。
痛い。
音が遠のく。
ブレーキ。
悲鳴。
全部が混ざって、溶けていく。
視界の端で、勇斗の姿が見えた。
転がるように倒れた俺を見て、顔が真っ青になる。
🩷「じゅう!!」
叫び声が震えている。
🩷「じゅう、やだ、じゅう!!」
泣いている。
勇斗が泣いている。
大きな涙が、頬を伝って落ちる。
🩷「じゅう、お願い、返事して……!」
声が、近い。
近すぎる。
でも、遠い。
耳の奥がじんじんする。
息を吸うたび、胸が痛い。
🩷「じゅう!!」
勇斗がしゃがみ込む気配。
震える手が、俺の頬に触れようとして止まる。
怖い。
怖くてたまらない。
その震えが、伝わってくる。
🩷「じゅう……っ、じゅう……!」
呼ばれるたびに、胸の奥が締めつけられる。
返事をしたい。
手を伸ばしたい。
なのに、指が動かない。
視界が滲む。
勇斗の顔が、ぼやける。
白い光。
黒い影。
赤い何か。
熱い。
冷たい。
痛い。
全部が混ざる。
🩷「じゅう、やだ……っ、やだよ……!」
泣きじゃくる声。
喉が裂けそうな声。
🩷「じゅう、見て、こっち見て……!」
見てる。
見えてる。
でも、もう、うまく見えない。
勇斗の手が、震えながら伸びてくる。
触れそうで、触れない。
その指先が、空を掴む。
息が浅い。
苦しい。
胸の奥が、ひどく冷たい。
それでも、どうにか声を絞り出した。
🤍「……はやちゃん」
かすれた声だった。
自分でも聞き取れないくらい弱い声。
でも、勇斗の肩がびくりと跳ねる。
🩷「じゅう……?」
🤍「……怪我、してない……?」
言葉にするだけで、喉が焼けるみたいに痛い。
それでも、どうしても確かめたかった。
勇斗が無事かどうか。
それだけが、頭の中にあった。
🩷「……っ」
勇斗は息を詰めたまま、何度も首を振る。
🩷「してない、してないよ……! だから、じゅうも……!」
声が震えている。
泣きながら、必死に俺を見ている。
勇斗の顔が、滲んでいく。
🩷「じゅう……っ、じゅう……!」
声だけが、やけに鮮明だった。
耳に刺さる。
離れない。
――暗い。
遠くで、誰かが呼んでいる気がした。
名前を呼ぶ声。
泣きそうな声。
それから、蝉の声。
目を開ける。
見慣れた天井。
朝の日差し。
スマホの日付。
7月1日。
俺は、しばらく動けなかった。
さっきまで、何をしていたんだっけ。
夏祭り。
花火。
勇斗の声。
そこまでは確かに覚えているのに、その先だけがどうしても掴めない。
胸の奥が、ひどくざわつく。
何か大切なものを、置き忘れてきたみたいだった。
でも、思い出せない。
ただひとつだけ、妙に鮮明だったのは、
「今日が、何かの始まりになる」
という、理由のない予感だった。
俺は、息を吸った。
ありえない。
でも、これは夢じゃない。
7月1日。
朝が、もう一度来ていた。
コメント
1件
読んだよ……最後のループ、すごく切なかった。夏祭りの温かさと、事故の衝撃、そして「また朝が来た」っていう不思議な余韻。柔太朗が勇斗を守るために体を張ったシーン、胸が苦しくなった。泣き叫ぶ勇斗の「じゅう!!」って声が耳に残ってる。まだ3話なのに、二人の距離感と想いがすごく伝わってくるよ。続きが気になる……🥀💔
#M!LK
はる☻
1,021
ゆゆ

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