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いつもなら大通りをゆっくり歩いて帰るはずなのに、誰かに追われるように、ものすごい速さで走る。
セドリック様に掴まれている手首が痛いぐらい引っ張られるけど、一緒に必死になって走る。そのうち、自然とお互いの手を握り合った。
人影もなく、気配もわからなかったけど、誰かに追われている感じだ。
しばらく走ると、人通りも少なくなり、やがて通りは暗くなり、最後には市壁が見えてきて人がいなくなった。
市壁を出ると、その先は大きな河川と農地が広がっている。
セドリック様は躊躇することなく市壁の外に出て、まだ走り続けた。
大きな河川に架かる橋は上り坂のように緩やかに勾配がついていて、ちょうどその1番高いところ、つまり橋のど真ん中でようやくセドリック様は止まってくれた。
360度見渡す限り、夜の闇に包まれた河川と農地しかない。
静寂の中、水が流れる音だけが聞こえる。
ゼエゼエとお互い息があがっているけど、聞かずにはいられない。
「セ、セドリック様。一体なにが?」
「シェリー、引っ張って申し訳なかった。でも、説明するにはこれが1番手っ取り早いんだ」
(説明?)
そう言って、セドリック様はわたしと握り合っている手とは別の手で、先程走って来た市壁の方を指さすと、男の人がひとりこちらに向かって全速力で走ってきているのが見えた。
「???」
セドリック様は全速力で走ってくる男性を手招きすると、その人は大きく頷き、こちらにやってきた。
「影の方ですよね。急に走らせて申し訳なかった。でも怪しい者を振り切るためと、360度見渡せる状況が1番安全かと思いまして」
「そうですね。ここだと人通りもありませんから誰にも見られませんし、我々のような者が身を隠せる建物もないですから、安全と言えば安全ですね。話しをするには意外にこの場所は1番良いかも知れませんね」
セドリック様とわたしを追ってきた「影」と呼ばれる人は少しも息を切らしておらず、むしろ爽やかそのものだ。
そして、セドリック様とは面識があるようだった。
「セドリック様、こちらの方は?」
「プジョル公爵家の影の方だよ」
それを聞いて、仰け反りそうになるのを堪えて、慌てて頭を下げる。
「公爵家に仕える方がなぜ私達を追って来られ…」
途中まで話して、いままでの出来事の点と点が線でつながった。
プジョル様とふたりでミクパ国のチーズが置いてある店に行って話を聞いた時にプジョル様が懸念されていたこと、皇太子殿下が急にミクパ国のレセプションを開催されること、セドリック様がわたしがミクパ国のレセプションがあると言った時に、驚くというよりも目を見開きわたしの様子を観察するようだったこと、そしてセドリック様と例の女性のこと。
「私達はもしやミクパ国の誰かに狙われている?」
「やっぱりシェリーは聡いね」
セドリック様がメガネをクイッとしながら、優しく微笑む。
「詳しい事情は後からシェリーに説明するが、しばらくの間はこの方がシェリーを見守ってくださる」
「シェリー•アトレイです。よろしくお願いします」
「アトレイ夫人、ご安心ください。必ず私が忙しい私の主人に代わりましてお守りさせていただきます」
「主人って…プジョル様?」
「そのとおり。シェリーの上司のプジョル殿。プジョル殿のご配慮だ。他に儀典室の面々にも王家の影がつくことになった」
セドリック様は穏やかに話しているが、暗くてよく見えないけど、セドリック様の目は笑っていない気がする。
セドリック様が横を向いてボソッと「愛が重すぎるよな」と呟いたのは、聞かなかったことにしよう。
その後は、3人でレセプションまでのスケジュールや日常生活の大体の行動の情報共有を行った。
橋の真上で暗闇に紛れ、話し合う声も水の音に消させるように。
それだけでも、緊急事態であることがわかったけど、セドリック様と握り合っていた手は最後に家に帰るまで一度も離してもらえずだったことから、深刻な事態であることは重々に理解した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「シェリー、今日は申し訳なかった。材料を買いに行こうとか言って騙すように、プジョル公爵家の影の方と会ってもらって」
結局、ミクパ国の料理の材料は買えず、翌日に一緒に買いに行くこととなった。
いまはベットのなかだ。
「事態が事態だけに良いですよ。それよりも詳しい事情と言うのをそろそろ教えて頂きたいのですが」
あれからはすぐに屋敷に帰ってきて、ようやくふたりきりになり落ち着いた。
「では誰にも聞かれないようにするぞ」
セドリック様はそう言うと、ふたりで肩まで掛けていたブランケットを引っ張って、ガバッと頭から覆い尽くした。
ブランケットの中で、ふたりだけの小さな小さな密室が出来上がりだ。
向かい合っていたので、照れて上手く呼吸が出来なくなるぐらいの近さだ。
セドリック様と目が合った。