テラーノベル
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教室に入った瞬間、私は空気の“質”が変わったのを感じた。
(……あれ?)
誰も私を見ていない。
別に、露骨に避けられてるわけじゃない。
ただ、“誰の視界にも入ってない”ような感覚。
(これまで私がしてきたことと、同じ)
私は気づく。
“空気”が、私を無視している。
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1限目の数学。
先生の問いかけに、誰かが答える。
その答えに、小さく笑い声が起きる。
……その輪の中に、私はいない。
黒板を見つめるふりをして、ノートにペンを走らせる。
(おかしい。これは、おかしい)
私は何も失敗してない。
完璧に進めてきた。
支配していた。見抜いていた。
なのに。
(なんで……誰も、私を見ないの?)
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昼休み、机の上にあったプリントが消えていた。
代わりに、誰かが落としたらしいプリントが重ねられている。
私のじゃない。名前も違う。
でも、誰も気にしていない。
誰かに言おうとして、口を開きかけて――やめた。
この空気の中で「それ、私のです」と言ったら、
なぜか“異物”になってしまいそうで。
それが怖かった。
(……え? 怖い?)
その言葉に、自分で驚いた。
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放課後。
廊下を歩いていると、西園寺が前からやってきた。
彼は、すれ違いざまに小さくつぶやいた。
「そろそろ、“きみの空気”じゃなくなってきたね」
私は振り返った。
けれど彼は、もう遠くで、他の生徒と笑い合っていた。
嘘。
そんな姿、今まで見たことなかったのに。
(まさか……西園寺、今、“空気”の中にいるの?)
ぐらり、と世界が歪む。
私はふらつきながら、壁に手をついた。
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夜、自室。
SNSを開くと、何の通知も来ていなかった。
ただ、見覚えのない匿名投稿が目に入った**。**
《クラスで一番怖いのって、目を合わせないあの子じゃない?》
《話しかけても絶対“感情”出さないし》
《てかさ、空気じゃなくて、空洞って感じ》
(……私のこと?)
違う。違う。違う。
私は空気を“作って”た。
無視される側じゃない。
されるわけがない。
される……わけ……
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息ができなくなった。
スマホを放り出して、ベッドに倒れこむ。
鼓動がうるさい。
耳鳴りみたいに、心臓が叫んでる。
(感情、なんて。捨てたはずなのに)
(どうして今、こんなに苦しいの?)
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その夜、夢を見た。
教室に私一人。
誰もいないのに、椅子のきしむ音だけが響いている。
黒板には、大きな赤文字でこう書かれていた**。**
《空気は、きみを選ばなかった》
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