今日もどこかで死の呪を歌う君へ
これが最大限の贖罪だと君がのなら
君のために今日も歌おう
「ねぇ、君。」
人の声とは思えない、機械音のようなものが俺を呼んだ
気がした
名前を呼ばれたわけでも無い
廊下にはこんなにも多くの人が
そんな中、その『君』が自分だと決めつけるには難しい
「君だよ、その、私の十歩前を歩いている」
この機械音が与える情報は確かでないものばかりだ
俺より後ろにいるのならば、俺が気付くのも難しいだろう
俺は年の立っめに後ろを向いた
後ろには、俺の十歩程後ろのソファーに、座り込んでいる女性が居た
俯いていた女性はパッと俺に目線を向け、にっこりと笑みを浮かべる
「間違っていたらすまない。君、加藤ハジメ君で合ってるかな」
加藤ハジメ
俺の名前で間違えない
だが、彼女とは面識がない
でも、問に答えず逃げるのは、怪しまれるかも知れない
とりあえず合っていることを教えよう
「そうです。 けど、なんで俺の名前知ってるんですか」
不思議に思うのにも仕方がないだろう
面識が無いのは、事実だ
多分
俺は、人の名前を覚えないし、顔も覚えないが、同級生のことぐらいは記憶にインプットされている
彼女を見る限り、俺と同じぐらいの齢だろう
1つや2つ違うとして、面識が少しあったとしても、覚えていないなら仕方がない
「不思議に思うのも仕方がないね。確かに私と君は初対面だもの。」
彼女はだから何だと言わんばかりのドヤ顔で主張する
未だに機械の高い音が癇に障り、内容がいまいち入ってこない
キャスター付きの机に空いた穴に点滴を入れ、俺から見て左手の3本指で矢印キーを動かしながら、音を発する
彼女は機械音と口の動きを合わせているつもりかも知れないが、口の動きが微かに遅い
「どうして、言葉を発さないの。」
つい、口に出してしまった
言うつもりは無かったが、脳に直接突き刺さる甲高い声が
気になり、口パクをする彼女が不思議でしょうがなかったのだ
機械で言葉を発するのなら、無理をして口パクをする必要など無い
だが、口の形と発している言葉が合っていない気がする
耳が聞こえないのだろうか
でも、俺の声は聞こえていた
何一つ食い違いのない回答を返してきた
「いや、忘れて。」
俺は、顔の動きを止めた彼女を見て、目を逸らしながら撤回する
「どうして?」
嫌じゃなかったのでは
嫌だから、言葉を出さなかったのでは
どうして、聞き返すのだろうか
嫌なら、気を使わずに嫌だといえば良い癖に
こういう対応は嫌いだ
吐き気がする
「嫌なら嫌って、言えば良い」
今度は、彼女に聞こえないように、掠れた声で
彼女は俺の顔を覗き込み、
「大丈夫?」
と声を掛ける
俺は声を出すことも出来ず、声にならない声で返事をする
俺は、俺が情けなかった
分かっていたのに
此処に居る時点で、点滴をしている時点で、重要患者用の病衣の時点で、声が出ない時点で、必死に普通を取り繕っている時点で
「ごめん、分かってたのに」
俺は、さっきと違うちゃんと彼女にも分かる声量で謝った
彼女が何も発しないので、どうしたものかと俺が顔色を伺うと、彼女は出会ったときの柔らかい笑顔とは違い、
鋭い目付きで俺を睨んだ
俺は彼女の圧により、また声が出なくなる
➮自由気ままにNext Story
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!