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「はぁ、今日も委員会で遅くなっちゃったな…全く、遥斗くんったら委員会なんて放って帰るんだから…」
雨が降り頻る6月、図書委員の仕事を押し付けられた私はため息を付きながら、校舎を歩いていた。
私の名前は近藤茉奈。市立第一中学校2−Aに通う中学2年生だ。
中学2年になって、図書委員会の副委員長になったは良いものの、3年生の先輩は受験勉強が忙しくてほとんど委員会には顔を出さない。かといって誰かが私を手伝うわけでもなくて、結局委員会の委員長の仕事はほとんど私が行っている。
一応、委員会は各クラスで2人ずつなので、もう一人「田島遥斗」という生徒が居るのだけれど、サッカー部の練習に忙しいらしく、かといって部活が休みの日も手伝う気はなく…
「結局、一人なんだよね…」
私は苦笑いしながら、本を片付けていく。
返却された本を片付けていると、オカルト系や怖い話についてが多い。
じめっとした梅雨時だから、こういった話を求めるのか、はたまたこれから暑くなるのに備えて話のネタでも蓄えているのか…
どちらにしろ、所詮こんなの子供だましだ。
そうと分かっていても、無性に気になってしまうのが人間というもので。
「実録!経験者のインタビュー付き!本当にあった怖い話」
という、いかにも、というようなタイトルの本を、ぺらっとめくる。
「〇〇県 S市 △△小学校 Kさん (女性) 4時44分の鏡の噂」
私の通っている小学校には、4時44分に鏡を絶対に覗いてはいけないという噂があります。
覗いていてしまうと、異世界に連れて行かれて、もう戻ってこれなくなると言われているんです。
でも、ある日私はその時間に、鏡を覗いてしまったんです。
その日の放課後、私は友達とグラウンドで遊んでいました。
遊びすぎて、夕暮れの時間になったのにも気が付かなかったんです。
時計を見て驚いた私は、急いで帰ろうとしたんですけど、急にトイレに行きたくなっちゃって。
小学校のトイレに行ったんです。最後に見たのは、4時40分の時計でした。
トイレから戻って、手を洗って、ふと鏡を見た瞬間でした。
頭がぐわんぐわんして、手足がじりじり痺れて、目の前が真っ暗になったんです。
私はそのまま倒れてしまいました。
そして目を覚ますと、そこはトイレの床でした。
そして、ふらふらと外に出て、教室の時計を見ると4時45分。
でも…日付を見ると、もう1週間も経っていたんです。
そしてすぐ、大人たちがやってきました。
お母さんに叱られたけど、私はなにも分からなくて、ただただ泣いていました。
そして、家に帰っておじいちゃんにこの話をすると、「異世界に連れて行かれたのかもなぁ」って。
聞く所によれば、私は1週間、忽然と姿を消していたそうです。
トイレの床になんて、私は居なかった…
怖くて、怖くて、しばらく学校のトイレにはいけませんでした…
「よくある怖い話じゃん…ええと、これで最後かな〜」
今読んでいた本で、返却されて戻さなければならない本は終わりだった。
本を戻して、図書室の鍵を閉める。
「鍵、図書室に返さなきゃ…その前にトイレ行こっかな…」
トイレを済ませ、手を洗う。
ハンカチを取り出して、手を拭いた時、ふとさっき読んだ話が蘇ってきた。
何故か鳥肌が立ち、腕時計を見た。
4時43分56秒…?!
ぞっとして、その場から走り去ろうとする。
すると、教職員以外誰も居ないはずの校舎に、校内放送が響き渡った。
3階の図書室って…さっきまで私が居た所?!
不気味な女の人の声は、妙に頭に残っている。
ぞわっと不快な風が吹き抜けた。
すっかり怖くなって、私は職員室まで一直線に走る。
肩で息をする私を見て心配したのか、応対した女性教師が声をかけてくれた。
「近藤さん、大丈夫?随分急いでるようだけど…」
「せ、先生、さっきの放送、聞こえました?」
「放送?そんなのあったかしら…放送室はもう鍵が閉まってるし、職員室からはだれもかけてないわよ…?」
「…え?!」
「きっと委員会で疲れてるのよ。しっかり休んで、また明日元気に登校して頂戴ね」
そう言って笑顔で玄関まで送ってくれた先生に、私はこれ以上食い下がるわけにも行かず外へ出た。
梅雨時の雨は冷たく、空は真夜中のように真っ暗だった。
その日はあの放送の声が頭に響いて、ずっと眠れなかった…
「え〜?!なにそれ。すっごい面白い話じゃん!スクープだよ、詳しく教えて!」
翌日、親友であり新聞部の「井村千鶴」にこの話をすると、すぐに食いついてきた。
全く、私は真剣に悩んでいるのだけれど…
そう思いながらまたあの本の内容を思い出す。
そうしていると隣から、不器用にアンケート用紙が差し出された。
遥斗からだ。
そういえば…図書委員会で「図書館に欲しい本アンケート」なんてものをやっていたんだった。
放課後、集計して図書室前の机に置いておかなきゃいけないんだ。
昨日の、あの放送のあった場所に…
そう思うと、急に心細くなる。
「遥斗くん、アンケートの集計、手伝ってくれない?」
「は?いつも通り一人でやればいいじゃん。図書室なんて半分お前の家みたいなものだろ」
案の定、参加する気のない遥斗を見て、溜め息を超えて苛立ちすら覚える。
図書室が家(不本意)なことを察して欲しい。
もともと、私は友達作りが苦手で図書室に籠りがちなタイプだった。
そんなに本好きなら図書委員になれば?と1年生の後期委員会決めで言われたのだ。
曖昧に頷いた結果図書委員になり、余ったものでいいと言っていた遥斗とペアになった。
そして繰り上がりで今年も…
ともあれ、放課後一人で図書室の前に行くなんて、絶対に無理だ。
「ちょっと遥斗!たまには茉奈の委員会手伝いなさいよ!今日は雨で部活は休みでしょ?」
「別に千鶴には関係ないだろ」
「あんたねぇ、どれだけ茉奈がいつも働いてるのか…」
外は相変わらずの雨。
千鶴の説得もあってか、遥斗は「ちっ」と舌打ちした後、「分かったって…やればいいんだろ!」と言ってなんとか了承してくれた。そして、千鶴も手伝ってくれるとかで、なんとか放課後一人…という事態は回避できた。
なんやかんやあって放課後、私たちはアンケート用紙の集計を始めた。
やけに多いオカルト、ホラーの注文…
本当になにが起こってるんだろう…
「こっち終わった。じゃあ俺は帰るから」
「待ちなさいよ!しっかり届けるところまで同行しなさい!」
「だから千鶴に言われる筋合い無ぇっての!」
2人はまた言い合いを始める。
その時、吹奏楽部の部員と思わしき女子生徒たちが、楽器片手に話していた話題が耳にとまった。
「ねぇ、聞いた?この前の放送の噂」
「知ってる知ってる。4時44分、特別な人にしか聞こえないんでしょ?」
「話によればさ、7つの怖い話を集めたら、なにか起こるんだって」
…え、嘘!
この噂を…知ってる人がいる?!
唖然としていると、背後から嫌々と遥斗が近づいてきた。
「俺、すぐ帰りたいから、とっとと行くぞ」
「う、うん…」
「てかさ、何で今日に限って教室でやるんだよ」
痛いところを突かれた私は、ぎくっと顔に出てしまった。
「ええっと…」
私は渋々と、噂の話を始めた。
また「そんなことでビビってんの?」って笑われそうだったから。
「ふーん…」
でも、予想に反して遥斗は特に反応もしなかった。
むしろ、真剣に考えているほどだ。
「とにかく、すぐ置いて、すぐ帰るぞ」
遥斗のその声で、私達は教室を後にした。
時計の針は、またも4時43分を指していた。
2年の教室は、書いて字のごとく2階にあるので、図書室までは1分と少しかかる。
雑談をしながらであればそれなりに時間も立つ。
その時だった。
「これ…昨日と同じ声…」
「ちょ、ガチで聞こえた…こっわ…」
震える私達を他所に、痺れを切らした遥斗は歩き続ける。
「放送なんかにいちいちビビってられっかよ。とっとと行くぞ」
がくがく震える足をなんとか動かしながら、私達は図書室に向かった。
アンケートを机の上に置き、足早にその場を立ち去ろうとする。
その瞬間、私は足元をなにかにすくわれて転んでしまった。
「茉奈ちゃん!」
駆け寄ってくれた千鶴の手を取り、なんとか立ち上がる。
その時だった。
背後から、
「ねぇ」
と声をかけられたのだ。
恐る恐る振り返ると、そこには第一中学校の旧制服を着た女の子が居た。
「貴方が近藤さんね」
そう言われた私は、頷くのが精一杯だった。
「あなた達を呼んだのはね、怖い話を集めてほしいから」
「怖い話ってなんだよ」と遥斗は口を挟む。
「勿論、この学校で流行ってるうわさ話だよ。そのお話を紙に書き込んで、投函ボックスに入れてね…」
いつの間にか、アンケート用紙は怖い話メモに、回収箱はそれの投函ボックスに変わり果てていた。
「1週間以内に、6つの噂を集めてね…じゃないと…呪っちゃうから…」
体中がぞくっとして、私はその場で立ちすくんでしまった。
呪っちゃうから…
その言葉だけが、私の頭を埋め尽くしたのだった。