雨の降る、午後7時頃―。
辺りがすっかり薄暗くなってきたこの時間帯に、河内組では一枚の画像が出回っていた。
組員A「なぁ、お前…これって…」
組員B「うん…間違いねぇ…まさかこんな人だったなんてな」
―伊武の兄貴、あんたが…なぁ―。
カチコミを終え、俺が組に戻ってくると、心なしか自分を見る組員の視線が冷たいような気がした。
伊武「…?」
気のせいではない。あれは確実に幻滅したような、人を軽蔑しているときの目だ。
阿蒜「あの…、伊武の兄貴!」
底知れない異様な雰囲気に戸惑っていると、阿蒜が話しかけてきた。
伊武「何だ」
阿蒜「えっと、多分…これ見れば分かると思います」
そう言ってスマホを取り出し、俺に見せる阿蒜。そこに表示された一枚の画像に、俺は血の気が引いていくのが分かった。
伊武「っ…?!何…だ、これ…?!」
そこには、俺が写っていた。画像の中の自分が、見知らぬ男を連れてホテルに入ろうとしていたのだ。
伊武「どういうことだ…?俺は、こんなことしてない…」
阿蒜「分かってます。俺は信じてないんすけど、皆兄貴に疑問を抱いてるんです。だってあんたは…」
伊武「もういい、阿蒜」
そう―、阿蒜が言いたい通りだ。
俺は今現在、組内屈指の武闘派、龍本の兄貴と恋仲にある。こんな画像が出回れば、組員が俺を訝しげな目で見るのも無理はない。けれど、それよりも俺には一つ気がかりなことがあった。
伊武「…龍本の兄貴は…?」
阿蒜「え?」
このままでは兄貴に誤解されてしまう。俺にはあの人しかいないのに、こんなことで兄貴に嫌われてしまうのだけは避けたかった。
伊武「…少し用事ができた。行ってくる」
阿蒜「え?あ、ちょっと、兄貴!」
俺は半ば奪い取るように阿蒜のスマホを手に取ると、一目散に駆け出した。
阿蒜「あぁぁ!!俺のスマホぉぉぉぉぉ!!!!」
後ろで阿蒜の泣き叫ぶ声が聞こえる。悪い、もう少し待ってくれ。必ず返すから!
外は雨が降り続いていた。町を照らすネオンも雫がついて、ぼやけている。俺はその中をただ走り続けた。
伊武「兄貴…!…兄貴っ…!!」
お願いだ。行かないでくれ。ずっと、俺のそばにいてくれ。
俺の髪はいつしか濡れて崩れ、顎から雫が滴る。それが雨なのか、はたまた別のものなのかは分からない。それでも、俺は走り続けた。
走りに走り続けて、俺は一つのマンションの部屋に行き着いた。今日は、怪我の影響で組には顔を出していなかったはずだから。
インターホンを押すと、しばらく経ってから一人の人物が顔を出した。
龍本「?!…伊武、お前…びしょ濡れじゃねぇか!」
龍本の兄貴は開口一番、驚きの声を上げた。舎弟がこんな姿で家に来たんだから、当然だ。
息を荒らげながら、俺は口を開いた。
伊武「少し…話があります」
伊武「すみません、シャワーまで浴びさせてもらって…」
龍本「全くだ、マジで吃驚したよ」
困ったように笑いながら、龍本の兄貴は俺を出迎えた。
龍本「それで、話って何だ」
伊武「…これを」
直前に阿蒜から奪っ…いや、借りてきたスマホから画像を開き、兄貴に見せる。
龍本「は…?何だこれ」
伊武「その画像が、何故か今組内で出回ってて…」
兄貴がいつになく不安げな目で俺を見る。
龍本「伊武…お前」
やっぱり、疑われるだろうか。仕方がないとはいえ、愛する人にまで疑われるのは悲しい。その思いと共に目から熱いものが溢れて、頬を伝った。
伊武「この画像がもっと広く出回っていけば、俺は眉済派にもいられなくなる。…でも…何よりも、俺は…あなたに、嫌われたくなかったから…ッ」
視界が潤んでぼやけ、見えなくなる。…そんな中、俺の身体を何かが包むような感覚が襲った。それは何よりも温かくて、優しく俺を抱き込む。
龍本「…そうか」
伊武「ッ…うぅ…」
俺は思わずその胸に額を寄せる。愛おしげに顔をうずめた。
兄貴は俺の頭を優しく撫でると、俺の肩を掴んで、正面から向き合った。
龍本「もうそんな顔すんな、伊武。…分かってっから」
そう言って俺の涙を拭いてくれた。
伊武「俺を…疑わないんですか?」
龍本「当然だろ」
伊武「信じて…くれるんですか」
龍本「…証明してやろうか」
その刹那、兄貴は俺にキスをしてきた。それも、口にしてくれて。
今までは恥ずかしいとか言って、ハグで止まってたのに…
龍本「いいか、よく聞けよ。俺は…お前のことが、誰よりも好きだ。だから、何があってもお前のことを信じてるし、お前だけを見てる。…こんな画像なんかで、心動かされたりしねぇよ」
見た目に反して兄貴の声は緊張で少し震えている。それなのに、何故か何よりも力強かった。それがおかしくて、思わず笑みが零れる。
伊武「…ふふ」
龍本「あ、笑った」
それを見て、兄貴も微笑する。
龍本「やっぱ笑ってるときが一番美人だよ、お前は」
伊武「まっ…!」
兄貴の一言で一瞬にして俺の顔に熱が集まる。
伊武「…ん」
龍本「お」
それでも、嬉しくてたまらなくなって、俺は兄貴に抱きついた。
伊武「…大好き…兄貴」
龍本「…俺も」
その後、画像は捏造であると証明され、河内組と関わりの深い天才ハッカーによって削除された。また、画像をばらまいたのは黒澤派の組員であることが判明し、現在消息不明となっているらしい。
阿蒜「兄貴ー!スマホ返してください!!どこ行ったんすかーー!!」
その頃、町で若い青年が自分のスマホを探してさまよっているのを、何人かの人が目撃していたという。
コメント
18件
えっ、最高すぎるやろ?このヌッシー様は天才か?
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙最高すぎるぅぅぅぅ!私さ…この人小説家になれるぐらい天才やと思う☆
毎度ありです!あんたも好きねぇ♪(*^ー^)ノ♪