わたしは隠れるように、さらに陰によった。
「てかなーんか見たことある気がするんだよねー…。この前雑誌で…そう海外デザイナーのショーの特集でだ」
「あーあんたがいつも買ってる海外ブランド系雑誌?」
「そう。んー…確か名前があったはず…。日本人なのになにこのコ!?って思ったから覚えてたんだけど…」
ほんの五分くらい出ただけ、って言ってたのに、そこまで乗ってたなんてすごいな…彪斗くん…。
「そこまで、出かかってるんだけど、思い出せないなぁああ!」
「えーでもさぁ、ショーに出るようなモデルだとしても…なんであんな地味子と一緒にいたわけ?」
どき。
息を殺していたわたしの胸が、チクリと高鳴った。
「あーさっきいたよね!すんごいダサいメガネかけたブス子!」
「なんであんなの連れてんだろうね?…あっは、もしかしてブス専だったりして」
「うわひくっ!え、てか、そーなら、あたしにもチャンスありってこと!?」
「あははは!ヤだーそれチョー自虐―っ!」
けらけら、と笑い声が聞こえる。
けど、不意に声がぴたっととまった。
「おい優羽。なにそんなところに隠れてんだよ」
いつの間にか、ソフトクリームを両手に持った彪斗くんがそばに立っていた。
うわ、彪斗くん…!
おねーさんたちの前を堂々と通り過ぎて来たの…?
というか…今ばっかりは話しかけないで欲しかったな…。
おねーさんたちは、露骨に気まずそうな表情を浮かべて、そそくさと行ってしまった。
ああもう…穴があったら入りたい…。
「ここじゃ座れないから、行くぞ、優羽」
「ん…」
でも、急に怖くなって、わたしは影から出て行けなくなってしまった。
だめだよ、彪斗くん…。
わたしなんかと一緒にいたら、彪斗くんに恥かかせ―――
「早く来い、優羽。ソフトクリームが溶けちまうだろ」
有無を言わさぬ強い口調に、わたしはしぶしぶソフトクリームを受け取って陰から出た。
それから少し距離をおいて、彪斗くんのあとをついていく…。
少し行った先にベンチがあったので、わたしたちはそこに座って溶けかかったソフトクリームに口を付けた。
甘くて冷たい味。
でも、美味しいはずなのに、わたしの心は無反応だった。
彪斗くんはパクパクとおっきな口であっという間に食べてしまうと、ノロノロと食べているわたしを見つめていた。
「優羽。手についてるぞ」
「え…っ」
「ほら、垂れるって…!」
「あっ…」
ちゅ…
彪斗くんの唇が、わたしの小指をそっと、吸った。
「あっ、あああ、ごめん、なさいっ…!」
パニックになりながらティッシュをコーンに巻いて、わたしは食べるのに集中する。
彪斗くんの唇の感触が…まだ小指に残ってるよ…!
ドキドキしながら、気まずくてひたすら食べるのに集中すると、あっという間に食べ終えてしまった。
「ちゃんと味わって食ったのか?せっかく買って来てやったのに、ぼさっとしながら食いやがって」
「ごめんなさい…」
「…それと、さっきのあのおばはんどもの言ったことは、気にすんなよ」
…やっぱり、聞こえてたんだ…。
「おまえは可愛いよ、十分に」
どき、と高鳴る胸…。
でもだめだ。
彪斗くんは、わたしをはげまそうとして言ってくれてるだけで、わたしなんか――
「おまえ、もっと自分に自信持てよ」
叱りつけるような声に身を縮めた。
ぶっきらぼうに、彪斗くんは続ける。
「確かにメガネはだせぇけど、それ買ってやったのは俺だろ。おまえをブスにみせてんのは俺だ。…本当のおまえを、他のヤツに見られたくねぇんだよ」
本当のわたし…?
「雪矢のマネするみたいで嫌だけど。おまえは確かに「ダイヤの原石」だ。みかけだけじゃなくて、素質も才能も…おまえは特別なんだ。…おまえ、歌うの好きだろ」
「ん…」
「可愛いって言われるのが、「ダイヤの原石」って言われるのが、どうしてかわからなくても、『歌うの好き』って気持ちだけは、はっきりわかるだろ。なら、まずは自分のそこだけは自信持てよ。そこだけ譲らなければ、だんだんわかってくるよ。必ず見えてくるものが、あるから。だから、わたしなんか、って思うな」
「……」
「…ほら行くぞ。動物とでもふれあって、気分転換しろよ」
おそるおそる伸ばした手を、彪斗くんの力強い手が引っ張ってくれた。
彪斗くんの言ってくれたことの意味は、まだわたしにはよくわからない。
けど、この手は離してはいけないんだ。
それだけは強く思えた…。
※
「ついたぞ優羽」
そうして歩いていたら、『ふれあい広場』って書かれている小さな門の前に来た。
小動物に直接さわれたり、エサをあげたりできるところみたいで、門をくぐった早々、たくさんのウサギたちがわたしたちを出迎えてくれた。
真っ白な子や、耳の垂れた子、うたた寝している子、もりもりエサをもらっている子。
どの子も愛くるしくて、沈んでいた気持ちも吹き飛んでしまう。
思う存分ふれあった後は、彪斗くんと広場の奥まで言って、小高い丘を登った。
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