丘の上は空と湖とそれを囲う豊かな森を一望できるスポットで、野鳥を観察できることでも有名の場所らしい。
「この地域は野鳥たちが好きなエサが豊富で、かつ天敵も少ないんですね。ですので彼らの楽園と言われています」
飼育員さんが、何組かの家族連れを相手にして話していた。
へぇそうなんだ。ここはずいぶん小鳥たちが多いな、って思ってたけど、そういうわけなのか。
こんなきれいな所にすめて、エサも豊富でこわい敵もいないなんて、しあわせな子たちだなぁ。
「ちちちちち」
よかったね。
って、囁くようにさえずると、耳の良い子がひとり、空からわたしの指へと降りてきてくれた。
「わぁ、おねえちゃんすごーい…」
すると、そばにいた小さな女の子が感心しきった声をあげた。
「ね、おねーちゃんもっかいやって!」
「ん…?来てくれるかわからないよ…?」
「ねーやってやって!」
女の子のキラキラした瞳に負けて、わたしはもう一度さえずってみた。
すると、一羽、二羽、降りて、柵にとまった。
ここの子たちは、ほんとに人懐っこいなぁ。
「へぇ、すごいですねぇ!野鳥を呼び寄せてしまうなんて。なにか訓練でも受けているんですか?」
飼育員さんも興味津々で話し掛けてきた。
「いえ…。ただちょっと小さい頃から得意で」
「はぁ。じゃあきっと、あなたの声に特質があるからですね。よく言われてますけど、世界的に有名な歌手には、小鳥の鳴声と同じ波長の声を持つ人がいるそうですよ。だから歌うと、仲間と思い込んで鳥たちが呼応するようにさえずったりするんだそうです。でもこうして野生の鳥が近寄ってくるってまでは、聞いたことが無いですね。きっと、あなたがそれだけ安心させる雰囲気をはなっている、ということですよ」
「ふぅん。つまりお前は小動物と同レベルに見られてるってことか。おまえもここで飼ってもらったほうがいいんじゃないのか?」
もう彪斗くんは!またイジワル言って!
膨れつらでにらむと、彪斗くんはイタズラっ子みたいな笑みを浮かべた
「こいつのこの得意技、こんなもんじゃないっすよ。その気になれば、映画みたいなシーン、見せれますよ」
「あ…彪斗くんっ…!」
なんてことを言うの?
と拒もうとしたけど、
「ほんと?見てみたーい!」
さっきの女の子がいっそう目を輝かせて見上げてくる。
飼育員さんも他のお客さんも、興味津々という顔だ…。
「歌ってみろよ、優羽。学校の庭で歌っていた時のやつ」
「そんな、無理だよ…」
「さっき俺が言ったこと、もう忘れたか。歌え、小鳥」
『見えてくるものがあるから』
彪斗くんはわたしに見せてくれようとしてるんだろうか。
新しい自分になるための、道筋を―――。
彪斗くんが導いてくれる道なら…わたし、見てみたい気がする…。
大きく息を吸って、わたしは目を閉じた。
そして歌った。
お父さんがわたしのために作ってくれた、特別な歌を。
お父さんもわたしのこの得意技には感激していたみたいで、わたしがもっと小鳥たちと仲良しになれるようにって、色んな曲を作ってくれた。
中でもこの歌はとびきり。
高く、細く―――。
やさしくて繊細な曲調に対して、とても難しい曲なのだけれど、歌うと、とても楽しい。
まるで、自分も小鳥になったように、歌っていると心がのびやかになって、空を羽ばたいているような気持ち良さに、ひたることができる。
うん。
そうだね、彪斗くん。
わたしはやっぱり、歌うのが大好き。
ずっとずっと歌って生きていけたら、これほどしあわせなことはない。
そんなわたしを、彪斗くんはとっくに見抜いてくれてたんだね。
わがままで、俺サマな王様、彪斗くん。
でもわたしのことを大事に思ってくれて、そしてその力強い腕で、わたしを導いてくれる。
彪斗くんを信じて羽ばたいていけば、わたし新しい世界に行けるかな。
素敵で光り輝く世界へ、飛んでいけるかな…。
そっと目を開けて、わたしは息を飲んだ。
小さな丘に、いつしか人がいっぱいに集まっていた。
家族連れやカップル。
広場中の人が集まってるんじゃない、すごい人の数。
その中には、さっきのおねーさん方もいて、びっくりしたようにわたしを見ている。
そして、飛び交う無数の小鳥たち。
歌い続けるわたしに続くように、さえずっている。
やっぱり、ここの子はやさしい子ばかり。
みんなわたしのために集まってくれたんだね。
みんなわたしを見ている。
そう考えたら、ゾクリゾクリと胸がくすぐったくなる。
緊張に似ているけど、こわいとは、ちっと思わない。
この不思議な心地は、なに?
けど、不意にいやな気持が沸き起こった。
夢でも見ているかのように茫然としている人々が、はっとしたように、カメラやスマホを掲げはじめた。
映される?みんな、わたしなんか撮って、どうするつもりなの…。
「すみませーん」
不意に、わたしを隠すように人影が立った。
「勝手に撮んないでもらえます?このコ別に歌手でもなんでもないんで、肖像権のなんたらです、てか、俺のもんなんで」
彪斗くん…。
ちら、と首を傾けると、
「逃げるぞ、優羽」
小さく彪斗くんが言った。
「やっと思い出した!『あやちゃん』!!!元子役で作曲家でモデルの、惣領彪斗だっ!!きゃー!!」
その時急に、さっきのおねーさんが大声を上げた。
「え、あの『あやちゃん』?うっそ、ちょーかっこいい!」
「惣領彪斗って、今すごい売れっ子作曲家の『A』でしょ?前雑誌で見たことある」
わーわー
みんな口々に叫んで大騒ぎだ。
小鳥たちもみんな逃げてしまったよ…。
みんな、ごめんね…。
「てゆーか、その女の子とはどういう関係?新人?それとも」
「ね、彪斗くん、その子なんて名前なの?曲出たら買うからー!!」
「ね、あなたもう一曲歌ってよ!ファンになっちゃった!」
「だから歌手じゃないんスけど…ってダメだ、聞こえてない。…やばいな」
「あ、彪斗くん…」
わたしは彪斗くんのシャツをくいくいと引っ張った。
「やっぱり彪斗くん、すごい人気なんだね…。大丈夫…?わたし離れたほうが…ヘンな噂になっちゃ」
「バッカかおまえ!」
ものすごい怒鳴り声に、わたしは一蹴された。
「俺じゃねぇ!こいつら、おまえを見てんだよ!!」
くっそ、予想外だった…
なんて舌打ちすると、彪斗くんはわたしの手を引いて、無理矢理人混みをかき分けた。
「手、絶対離すなよ、優羽!」
「は、はい…!」
都会の満員電車を思い出すような人の群れにもみくちゃにされながら、わたしと彪斗くんは、どうにかこうにかその場から逃げ出したのだった。
※
走って、走って。
追いかけてくる人もいたけど、とにかく走って、どうにか完全に逃げきることに成功した。
はぇ…何度も思うけど、ほんとに芸能人って大変なんだなぁ…。
彪斗くんが脚を突っ込みたくないって言うの、十分解かったよ…。
わたしたちは人から目のつきにくい、少し森の奥にあるベンチに座った。
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