テラーノベル
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まだ肌寒さが残る二月の暮れ。からっと晴れた空の下、【cafe Royal】には珍しく客の姿はなく、閑散としていた。
店内には、棚や出窓の上に置かれた花瓶の水を取り替える男と、その場を忙しなく歩き回る男とがいるだけである。
「どうしよう…オーナー、緊張して来たよ〜…」
「今日は見学するだけなんだから、ラウが緊張することなんて何もないでしょ?」
花をシンクの上に置き、花瓶をゆすぎながら、オーナーと呼ばれたその男、宮舘涼太は店の中をせかせかと歩き回る男、ラウールへ呆れたように返事をした。
ラウールは、宮舘に何を言われても気休めにしかならないといった風で、口を尖らせながら反論した。
「そうだけどー…自分ももうすぐこのお仕事するんだって思ったら、勉強したいことたくさんあって、ちゃんと全部吸収できるか不安なんだもん。」
「そんな今から全部詰め込まなくたっていいじゃない。」
「うーん…」
暖簾に腕押しな問答が続き、痺れを切らせた宮舘は肩をすくめて、新しい水を張った花瓶に花を挿し直して、棚へ戻した。
ふと、宮舘は思い出したようにラウールへ「あ、そうだ」と話しかけた。
「ラウールの緊張が解れるかはわからないけど、確か、今日撮影に来るカメラマンの子、ラウが4月から入社する式場で働いてたと思ったな」
宮舘の後出しの告白に、ラウールは愕然として、その場の床に膝をついてうずくまった。
「オーナー!!なんで今言うのぉー!!」
「今、思い出したんだもん」
「もんって!もう、、たまに抜けてるんだから…。それって、だって、、僕の先輩ってことじゃん!もっと緊張してきちゃったよー!!!」
「ごめんごめん。でも人当たりが良くて、明るくて、すごくいい子だから大丈夫だよ。今日のうちに挨拶しておいたら?」
「…お仕事の邪魔にならない程度にそうする…。はぁ…。」
ダンゴムシのように背中を丸めて、その場から動かなくなってしまったラウールを尻目に、宮舘はキッチン周りの整理整頓に取り掛かった。
調味料の詰め替えをしながら、「そろそろ着くはずだから、そこから移動してね。みんなに踏まれちゃうよ」と、ラウールへ声を掛けた。
ラウールの緊張は何一つ解けないまま、程なくして店のドアが開いた。
「だてー、邪魔すんで〜」
ドアベルの音に反応してラウールは飛び退き、思わず近くにあった柱へ身を隠した。
宮舘は手を止めて、パントリーの扉を開け、快活な声のする店の入り口の方へと、客人を出迎えに向かった。
「邪魔するなら帰ってくれるかな?」
「あいよ〜…って、なんでや!用があるから来てんねん!」
「ふふふっ、懐かしいね。このやり取り。」
「せやな、だてに教えた甲斐があったわ。関西ゆうたらこれは鉄板のネタやからな!生まれ変わったら、二人でコンビ組んでテッペン取ろうや!」
「ありがとう、丁重にお断りするね」
「そんな光の速さで断らんでもええやんか!ちょっとは考えてぇな。悲しいわ〜、フラれてもうたわ〜。」
オーナーとその男は、テンポよく言葉を交わしていたが、ふと、軽快な関西弁で話す男はこちらに注がれる視線を背中で感じて振り返った。
振り返ったその男の顔を見て、ラウールは息を呑んだ。
「……ん?だて、そん子誰や?」
「あぁ、うちで働いてくれてる子。4月から康二と同じ会社に入社するって、この間選考結果のメールが届いたんだよ。ほら、この間連絡したでしょ?見学させたい子がいるって。」
「あぁ!こないだ言うてた子か!」
「ほら、ラウ。いつまでも隠れてないで、こっちにおいで。先輩に挨拶するんでしょ?」
「…ぅん…。」
ラウールは素直に返事をして、重たい足取りで二人の元へ立った。
「村上、真都、、、ラウールです…。4月からお世話になりますっ!今日はよろしくお願いします!」
「君、背高くて格好ええなぁ!モデルにピッタリや!俺、向井康二いいます。これから、ひとつよろしゅう!」
「あ、、ぁ、、…っ」
明るい声で、人懐っこい笑顔で話すこの男、向井康二は、ラウールの目を見ながら、次の春から自身の職場に仲間入りする者へ歓迎の意を込めて、握手のつもりで手を前に差し出した。
しかし、ラウールは向井が話終わるや否や下を向いてしまい、意味を成さない一文字を吐き出すばかりだった。
「…だて、こん子、なんや固まってしもうたんやけど。」
「康二が来るまでもずっと緊張してたから、先輩が来てもっとガチガチになっちゃったかな?…ラウー?ラウ?」
「っ!ごめんなさい!ぼーっとしてました!!よろしくお願いします!」
「お、おぉ…急に復活したなぁ…。まぁ、元気があってええね!今日はえぇ写真撮るから、ちゃんと見とってな!」
「はい!」
ラウールは、ハッとしたように、大きな声で返事をしながら差し出された向井の手を握り返した。
彼には気掛かりなことがあった。宮舘と向井の接点はなんなのか。てっきり宮舘と面識のない人が来るのだと思っていたし、こんなに親しげな様子にもまだ合点がいっていなかった。聞きづらいことでもないだろうと、ラウールはそのまま宮舘に尋ねた。
「オーナー、向井さんとは前から知り合いなの?」
「ん?あぁ、高校の時の後輩だよ。同じ部活に入ってたの」
「せやで!だては料理研究部の先輩やってん。俺が一年の時だてが三年生やったから、ほんまギリギリの巡り合わせやったな。」
「そうだったんだ!今でもお友達なんて素敵だね!」
「卒業した後も、康二が俺から離れてくれなかったからね」
「なに言うとんの!?だてやって、卒業した後も遊ぼう言うて、ちょくちょくご飯誘ってくれたやんか!」
するすると進んでいく小気味の良い会話に、いつの間にかラウールの緊張は解けたようで、目の前で交わされるやり取りに、独特の甲高い笑い声を響かせた。
「キャハハッ!!なんだかほんとにお笑いコンビの人たちみたい!面白い!」
「せやろ〜?俺とだてのお笑いの相性はバッチリやねん!」
「はいはい、そろそろお客さん来るんでしょ?準備しなくていいの?」
宮舘からの問いに、向井は自分の仕事を思い出したような顔をして、そそくさと肩にかけていた大きなカバンを床に置き、ファスナーを開けた。
その横顔からは、先ほどまでの飄々とした雰囲気が一変し、真剣な表情がはっきりと見て取れた。
「あかん、せやったな。長話が過ぎたな。堪忍やわ。…この辺、機材広げさしてもらうでー。」
「今日は貸切にしてあるから、好きに使って」
「ほんまおおきにな」
「お客様の幸せのためなら、お安い御用だよ。」
実際の撮影に入る前に、虚空を写しながらシャッターを試しで切って行く向井の横顔を見つめながら、ラウールは切なそうに目を細め、誰に言うでもなく一人呟いた。
「やっと会えた」
ラウールのその言葉は、シャッターの音に混ざり、陽の光の中へ消えていった。
タキシードとドレスに身を包み、幸せそうに微笑む新郎新婦の姿を、白く輝くフラッシュの光が包み込む。
人と人がどこかで出逢い、愛とすれ違いを繰り返した末に一生の誓いを交わす。その瞬間を一つのフレームに閉じ込める。その時間を、二人だけの永遠のものにするように、二人はただ、お互いだけを見つめて微笑み合っていた。
宮舘は、しみじみと感じ入るように、その常連客の姿を見ていた。
宮舘は視線を移動させ、撮影風景を観察しながら時折メモを取るラウールの方を見た。
彼は、かなりの集中力でとても熱心に勉強していた。宮舘は、彼の熱意と根性に改めて感心した。
しかし、それと同時に、宮舘は、どこかラウールの視線に引っかかるところがあるような気がして、自身の手を顎に置き、少し首を傾げた。
しばらくラウールの様子を見ていた宮舘は、ふと、あることに気付く。
ラウールの目にはこの空間の中から、吸収できるものはすべて自分の肥やしにしようとせんばかりの気迫が感じられるが、それは、新郎新婦へのみ向けられているものだった。
彼の瞳の先にある対象が、向井の方へ移動するたびに、その目は切なそうに細められた。
どこか懐かしむようなその視線は、一直線に向井の背中へ注がれていた。
ラウールのその様子に思い当たる節があり、宮舘はスマホを取り出して、とある人物へ連絡した。
「ほんなら、ラスト五枚撮っていきますんで、今日一番の笑顔こっちに下さい!…うん!いいです!とっても綺麗!新郎さん、新婦さんの方向いてみて下さい!あー、いい!…よし!バッチリです!最高の写真いっぱい撮れました!」
撮影は無事に終わり、着替えを済ませた新郎新婦は向井にお礼を言って帰っていった。
向井は店先まで出て、二人の姿が見えなくなるまでお辞儀をしたり、人懐っこく大きく手を振ったりしていた。
見送りを済ませ、再び中へ戻ってきた向井は、店内に広げていた撮影機材の片付けを始めた。大きい機材の骨組みを解体し、折りたたんでケースにしまい、カメラのレンズと本体を分解して、レンズを磨いていると、ラウールが向井に声を掛けた。
「向井さん、お疲れ様でした!お片付け、なにかお手伝いできることはありますか?」
「おぉ〜、お疲れさん!片付けまでやるんが仕事やから、大丈夫やで。気遣うてくれておおきにな! せや、そんなことより、どうやった?」
「すごかったです!新郎新婦さんの自然な笑顔をあんなに引き出せるなんて、尊敬です!」
「そう言ってくれるん、めっちゃ嬉しいわぁ。4月からは、村上くんもお二人をたくさん笑わせたるんやで?幸せな仕事なんやから、新郎新婦さまはもちろん、俺たちスタッフもいつでも笑顔でおらんとな」
「はい!ありがとうございました!」
「春から、よろしゅうな!」
「…っ、、はい……っ」
向井は健康的な笑顔を見せながら、ラウールの頭を撫でた。その微笑みは夕日に照らされ輝いていて、ラウールは焦ったように目を泳がせて、下を向きながら小さく返事をした。
撮影が終わった頃合いを見計らい、宮舘が二人の元へ戻ってきた。
「お疲れ様、素敵な写真撮れた?」
「おん、当たり前やん。俺が撮ってんねんで?それに、こないだ下見さしてもろうた時に、いいアングルの予習できたから、スムーズに行けたわ。今日はほんまおおきにな!」
「いえいえ、こちらこそ。もう帰るの?」
「この後、今撮ったデータ、パソコンに移さんとあかんからな。今日のところはこれで失礼すんで。」
「そっか。いつもみたいに編集に集中しすぎて、残業ばっかりにならないようにね?」
「ぎく。わかっとるて!」
「そうだ。今度、ラウールの就職祝いをここでしようと思ってるんだけど、康二もどうかな?康二的には歓迎会になるのかな?」
「えッ!?!!!?」
宮舘の提案に一番驚いたのはラウールだった。
聞いていないと言わんばかりに、ラウールは宮舘の顔を凝視するも、宮舘は何も気付いていないといった様子で、向井を見ていた。
一方で、向井は嬉しそうに笑って、「ええやん!俺も行きたいわ!いつ!?」とはしゃいでいた。
「今調整中なんだけど、三月中にできたらいいなって話してるとこ。」
「…それ、俺面識ない人ぎょうさんおりそうやけど、俺行ってええんか?」
「そういうの気にする人あんまりいないし、第一康二なんだから大丈夫でしょ」
「俺やからってなんやねん!」
「部活見学の時、初対面の俺に、十年来の友達かのように話しかけてきたこと、今でも覚えてるよ?それに、俺とラウールって知り合いが既にいるんだから、何も問題ないでしょ?」
「そう言われればそうやな。おし、日程決まったら教えてや!ほんなら、片付けも終わったし、俺帰るわ。ほなね!」
風のように向井が帰っていった後、ラウールは宮舘に飛び付いた。
「オーナー!就職祝いって何!?僕初めて聞いたよ!?しかも、なんで向井さん誘ったの!?」
「お祝いしたいねって話は、少し前から阿部と翔太となんとなく話してたよ?それに、ラウールは康二とこれから一緒にお仕事していくんだし、今のうちから仲良くなっておいた方がいいかと思って」
「聞いてないよぉ…」
「言ってなかったっけ?ごめんごめん」
「もう…ほんとに抜けてるんだから…。」
「たくさんいた方が楽しいし、まぁ、いいじゃない。」
宮舘は続けて「応援してるよ」とラウールの肩を叩いたが、その意味がわからずラウールは首を傾げるばかりだった。
定時間際の17時頃、一本の連絡が入った。
それはどうやらオーナーからだったようで、俺は休憩がてらスマホを片手に休憩室へと向かった。今日もきっと残業だから眠気覚ましにと、小銭を自販機の中に入れて、甘いコーヒーを買った。メッセージアプリを開き、スタンバイ中の画面に目をやりながら、缶のプルタブを開けた。
オーナーからは、シンプルにただ一言だけ送られてきていた。
「この間やろうって話してたラウの就職祝いだけど、メンバーが一人追加になりそうです。」
それは全然構わないのだが、どんな人なのかは少し気になったので、聞いてみることにした。
「そうなんですね!それは全然大丈夫ですよ!でも、どんな方なんですか?」
コーヒーを飲みながら、画面を見つめているとすぐに既読の文字が浮かび上がり、一分ほどで返事が返ってきた。
「ラウールの就職先で働いてる子で、同時に俺の高校時代の後輩の子。」
「それはまたすごい偶然ですね!」と返し、驚く顔をした虹のキャラクターのスタンプも一緒に送った。またすぐに返事が返ってきたが、ポンッと鳴る音と共に現れたその文面に、俺はここが職場であることも忘れて絶叫した。
「やっと再会できたみたい。見守っていたいっていう、ラウの好きな人に。」
To Be Continued………………
コメント
3件
舘様さすがです❤️❤️❤️❤️❤️
舘様さすが過ぎる👍👍
もうさすがすぎるオーナー。❤️