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「それに、航平の件くらいだろう? 君が俺といて得することなんて。だったらここに迎えにきてるのが一番手っ取り早い」
そう付け加えて、笑う優陽を見て。
会話は噛み合っているはずなのだけれど、なんでだろう。
何かが噛み合っていなくて違和感が残る。
だってこれじゃあフェアじゃない。
「はあ、まあ、そうなんですけど。その為にわざわざ忙しい合間を……」
不服そうな答えに気が付いたのか、赤信号で止まった優陽は柚を見据えた。
「大丈夫。俺は俺で好きにしてるから、君も存分に俺を使うといいよ」
「と、言われましても」
「試しに何か相談してみたら? 優陽さんのことがよくわからないんです〜! 不安です〜!とか可愛い声で」
再び、ゆっくりと動き出した車。 彼の視線が正面に戻る。
どうにも優陽にじっと見られるのは、特別嫌だ。
目力の問題なのかなんなのか。落ち着かない気持ちになってしまうのだ。
「相談ですか?」
「うん、普通に仕事の話ししてるより男と女って意識しない? 男女の相談持ちかけると」
男女の、という単語に何故か生々しさを感じ恥ずかしさからギュっとカバンを握る。
「し、しませんよ……ひとつ嘘ついてるだけで精一杯なんですから」
「案外嘘でもないでしょ? 君は俺のことよくわからないって顔で、見てる」
「そ、そりゃ、優陽さんはよくわからない人だけど、別に何ら不安はありませんから」
「え? そうなの? 俺すんごい怪しい奴だと思うけどなぁ。あ、でもある意味身元がはっきりしてるか」
また驚いた顔。
次には納得したように笑顔を見せて。
今日は昨日よりも、表情が動いてる。
取ってつけたような綺麗な笑顔よりかは幾分安心だ。
「はい、基本的に謎なんですけど……でも、天気の悪い日にこうして送ってくれるのは素直に嬉しいです、ありがとうございます」
そう言って気持ちを伝えると、横目で僅かにこちらを確認していた優陽は突然黙り込んでしまう。
「あ、あの、すみませんご迷惑かけてるのに、その」
しまった。と思った。別に優陽はボランティアで今この時を柚と一緒にいるわけではない。彼は彼なりの……いまだ理解はしきれないが理由があるわけで。
自然と笑顔になってしまっていた顔面を慌てて引き締めた。
そして優陽の方へと向けていた身体を正面に戻し、小さくなっていく声で謝罪をしたのだが。
少しの沈黙のあと、ゴホン、と何だかわざとらしい咳払いの後に彼は言った。
「……ああ、違う。 ごめん、君は笑うとやっぱ可愛いなと思って」
横目に、柔らかく目が細められたことがわかった。
「はい?」
「うん。やっぱいいなぁ、近くで見るとさ。思わずなごんじゃう笑顔かぁ」
優陽はもうこちらなど確認することもなく前方だけを見て。
ううん、きっと。
どこかきっともっと遠くを見て。
切なそうな笑顔を、浮かべた。
いつもの、胡散臭い笑顔なんかじゃなくて。
瞳が、まとう空気が、誰かのことを愛しい、と。
静かな表情の内、叫んでるみたいに。
『やっぱりってどういうことですか?』
喉に引っかかった言葉は、出てこない。
これはきっと、踏み込む言葉。
自分はいつだって、それを越えることを恐れる人間だから。
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