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木の幹に頭をぶつけ続ける皇太子の姿は、異様としか言えなかった。なぜ夜中に一人であんなことをしているのだろう。


(……この国はどうかしているわ)


自分の欲望のために他国を攻め滅ぼそうとする皇后。

皇后に頭が上がらないくせに、弱者には容赦のない第二皇子。

そして今、目の前で奇行を繰り広げている皇太子。


こんな皇族しかいない国が大帝国としてのさばっているなんて信じられない。

ルツィエは、やるせない気持ちを覚えながら窓辺を離れ、固い寝台に横たわるとそっと目を閉じた。



◇◇◇



翌日、貴族牢に入れられたルツィエのもとに第二皇子のヨーランがやって来た。部屋の中にずかずかと上がり込み、椅子に腰かけてルツィエをじろじろと見つめる。


何用かと思いながらも、お辞儀をして挨拶すれば、ヨーランは満足そうに口角を上げた。


「昨晩はよく眠れたか、ルツィエ?」

「……はい、多少は」

「食事は足りているか」

「はい、十分頂いています」


本当は慣れない場所でほとんど眠れなかったし、食事もわざと傷んだものを出されたせいで、数口しか食べられなかった。

でも、そのことをヨーランに訴えるのは憚られた。


ルツィエがこの国で生き抜くためには、不本意だがヨーランの力が必要だ。なるべく彼の機嫌を損ねるようなことはしたくなかった。


(まずは彼との距離感を掴まなくては)


ヨーランはルツィエを戦利品として連れ帰った。

皇后の前では、フローレンシアを円滑に統治するため捕虜にしたと言っていたが、あれは皇后を納得させるための建前だろう。こうして別棟まで様子を見にくる程度には、ルツィエに興味を抱いているはず。


彼との距離感を測り、ルツィエへの興味を上手く育ててやれば、捕虜としての待遇を多少改善できるかもしれない。


今の状況では復讐には程遠い。

あと少しの自由と力がほしい。


(それが叶えられるのは、今のところ第二皇子だけ……)


ルツィエはヨーランの金色の瞳を見つめ、躊躇いがちに口を開いた。


「殿下に一つだけお願いしたいことがあるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか」

「お願い? なんだ、言ってみろ」

「ありがとうございます。では、この国の礼儀作法の教本を読ませていただけないでしょうか。昨日、皇后陛下と皇太子殿下に拝謁した際、上手く振る舞えなかったことが心残りでした。皇后陛下もそれでお怒りだったのでしょう」

「……なんだ、お前はそう思っていたのか」


ルツィエのお願い事に、ヨーランは気を良くしたようだった。ルツィエの狙いどおり、皇后が「ヨーラン自身を気に入らなくて怒っていたのではない」と捉えられたことに安心したのだろう。


「いいだろう、我が国の礼法の教本を持って来させよう。よく学ぶといい」

「ありがとうございます、殿下」


その後もヨーランは特に大した話をするでもなく、椅子の座り心地が悪いだの、天井が低いだの文句ばかりを言って帰っていった。


彼と話している間、何度叫び出したくなったことだろう。

ルツィエと名前を呼ばれるたびに寒気が走った。

何とかして一矢報いてやりたくなった。


「……でも、今はまだ蓄えの時期よ」


植物は何十日、何か月と風雨を耐え、養分を蓄えてやっと美しい花を咲かせる。だから、ルツィエも完璧な復讐を遂げるために耐え忍ばなければ。


ルツィエは鉄格子越しの空を眺めて、拳を握った。



◇◇◇


ヨーランは貴族牢を出て私室に戻ると、使用人に礼法書を持ってくるよう命令した。

そして、先ほどのルツィエとの会話を思い出す。


彼女は、自分の礼儀作法が拙かったせいで皇后が不機嫌になったのだと考えたようだった。単にヨーランが邪険にされているのだとは思い至らなかったらしい。


「……やっぱりいい女だ」


ルツィエは文句なしに美しい女だ。

一目見たときにそう思った。

ノルデンフェルト帝国の令嬢をかき集めたとしても、ルツィエほど美人で気品のある女はいない。

そんな女を自分のものにできたら、どれほどいいだろう。

だから彼女だけは殺さずに戦利品として連れ帰った。


そして今日改めて話してみて、外見だけではなく中身まで自分に相応しい女だと思った。


(彼女は僕を下に見ない。この僕に感謝さえしている)


ルツィエは他国の王女だからか、ヨーランが皇族の落ちこぼれと噂されていることを知らないらしい。だから、ヨーランが叱責されるのは全てルツィエ自身のせいだと思ってくれる。


それに、祖国を滅ぼし家族を殺したヨーランに恨み言ひとつぶつけることなく、些細な願い事を叶えてやることに感謝するほどだった。


「これはきっと運命だ」


フローレンシアでは神宝花ディラ・フロールを見つけられず、王族の口も割らせられないまま怒り任せに殺してしまったが、それもルツィエを手に入れるためだったのかもしれない。


きっと帝国で理不尽に見下されている自分を神が憐れんでくれたのだろう。だからヨーランに最も相応しい伴侶と巡り合わせてくれた。


「ルツィエは僕のものだ……」


ヨーランは礼法書を持って来たばかりの使用人に、今度は別の用事を言いつけた。


「母上に会いに行く。先触れを送れ」


使用人が急いで部屋を出ていくと、ヨーランは姿見の前に立ち、上機嫌で身だしなみを整え始めた。


全てを失った悲劇の王女は敵国で微笑む

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