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鈴がさくらの正体に気がついてから数日、教室の空気は一変した。鈴は、さくらに対して以前よりも一歩踏み込んだ質問をするようになった。
「ねぇ、さくらって、夜もちゃんと寝てる?なんかいつもレッスン明けみたいな顔してない?っていうか、そのバッグについてるキーホルダー、『Starlight Wish』の公式グッズの非売品だよね?なんで持ってんの?」
鈴はそう言って、さくらが慌てて隠したバッグから、小さなチェリーの形のキーホルダーを掴み出した。
さくらは汗をかきながら「あ、これ?えっと、友達がくれたお土産で!」と必死にごまかそうとする。
樹は相変わらず何も言わない。しかし、さくらがピンチになると、彼は必ずタイミングよく立ち上がり、教室の窓を開けるふりをして、さくらと鈴の間に一瞬の「間」を作る。さくらは、樹の無言のサポートに救われていた。
ある日、鈴はさくらの目の前で、タブレットを取り出した。画面には、鈴が作った「ちぇりーとさくらのそっくり比較動画」が再生されていた。
「これを見ても、違うって言える?」鈴は真剣な眼差しでさくらを見つめた。
さくらは観念したように、小さく頷いた。「…うん。私だよ。日向さくらが、ちぇりーだよ。…でも、お願い、学校では『さくら』でいさせて」
鈴は大きく息を吐き、微笑んだ。「知ってたよ!まさかうちのクラスに最強アイドルがいたなんて!最高すぎる!」
彼女の目はキラキラと輝いていたが、次の瞬間、鈴は真顔に戻った。「でも、わかってる。私たち、さくらの秘密を守るよ。さくらが普通の学校生活を望むなら。ごめんね、今までそんなの知らなくて、ほんとごめんね」
鈴が秘密を知ってから、数時間後にはもうクラス中に広まっていた。鈴が誰かに話したわけではない。
さくらの普段の仕草や、レッスンで鍛えられた立ち姿、そして何より「ちぇりー」としてテレビで見た光るようなオーラが、噂を真実へと変えていったのだ。
「マジでちぇりーなんだ!」「やばい、握手してほしい」「教科書にサイン頼む!」
休み時間になると、さくらの席の周りには、他クラスの生徒まで押し寄せるようになった。さくらは戸惑い、教室の隅で身を縮めた。
そして翌日、事件は起こった。学校の中庭の掲示板に、手書きの大きなポスターが貼られたのだ。
【日向さくら(ちぇりー)非公式ファンクラブ】
会員大募集!我らの天使、ちぇりー様を全力でサポートせよ!
校内は祭り状態となり、さくらは完全にパニックに陥った。トイレに行くにも、体育館に向かうにも、熱狂的な視線と、遠巻きからの写真撮影のフラッシュに晒された。
昼休み、さくらは騒ぎを避けるため、樹と鈴に誘導され、屋上へと逃げ込んだ。
「ごめんね、鈴。秘密を守るって言ってくれたのに、すぐバレちゃった」さくらは、涙声で謝った。
鈴はさくらの手を強く握った。「謝る必要ない!さくらのオーラが強すぎるんだよ!ねぇ、諦めないで。私たちは、さくらが望む『普通』を、ここで作ってあげる」
そして、いつも寡黙な樹が、初めて具体的な行動を提案した。
「さくら。明日から、俺と鈴が『境界線(バウンダリー)』になる。休み時間は、必ず三人でいる。移動するときは、俺が前、鈴が後ろ。お前はただ、俺たちの間を歩け。誰も、境界線を越えてお前に触れさせない」
樹は、さくらの混乱した視線から逃げることなく、まっすぐ彼女を見つめた。
「俺たちの前では、ちぇりーじゃなくていい。ただの、少しうるさい韓国から来た転校生、さくらでいろ。そっちの方が、俺たちにとってはよっぽど価値がある」
鈴も頷き、「そうだよ。私たちがさくらの学校生活マネージャーね!教室では『普通の女子中学生』として行動する訓練をするよ!」
さくらは、静かに涙を流した。芸能界の光が強ければ強いほど、学校という日常の場所で、この二人が作ってくれた「普通の居場所」が、どれほど温かいかを感じていた。
「ありがとう…二人とも。本当に、心の底から」
さくらの二重生活は、樹と鈴という強固な「盾」を得て、ようやく安定した一歩を踏み出した。
しかし、アイドル「ちぇりー」としての活動は、これからさらに激化していくのだった。