テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ハートありがとうございます
それではどうぞ
レイジの自宅兼アジトである地下室は、常に摂氏20度、湿度50%に保たれている。それは彼が愛用するスナイパーライフルのメンテナンスと、劇薬の保管に最適な環境だからだ。 しかし今、その冷徹な空間の片隅に、場違いなプラスチック製の哺乳瓶と粉ミルクの缶が転がっていた。「……計算が合わない」 ステンレス製の作業台の上で、レイジは眉をひそめていた。 彼の前には、電子天秤、温度計、そして沸騰させた蒸留水。まるで新しい毒薬を調合するかのような精密さで、彼は粉ミルクの計量を行っていた。 説明書には『一度沸騰させた70度以上のお湯で溶かし、人肌(約38度)まで冷ます』とある。人体の構造を知り尽くしたレイジにとって、38度という温度は、人間が失血死する直前の、徐々に冷えていく内臓の温度と同じだった。「ギャーー、ギャーー」 部屋の隅の簡易ベッドから、耳を裂くような高音が響く。 アカリが鳴いていた。それは「泣く」という人間らしい感情の表出ではなく、ただ「燃料切れ」を告げる機械の警報音に酷似していた。涙は一滴も出ていない。ただ、真っ黒な瞳を天井の一点に固定したまま、大きく口を開けて音を排出し続けているのだ。「騒音は思考を鈍らせる」 レイジは冷ややかに呟き、完璧に38度へと冷ました哺乳瓶をアカリの口元に突き刺した。 次の瞬間、部屋から音が消えた。 アカリは猛烈な勢いで乳首を吸い始めた。ごく、ごく、と喉が鳴る音が、静まり返った地下室に不気味に響く。 驚くべきは、その目だった。アカリはミルクを飲みながらも、その底知れない両眸(りょうぼう)で、じっとレイジの顔を凝視し続けていた。通常の乳児が見せる、親への甘えや安らぎの光はそこにはない。それは、自分に餌を与える上位の捕食者を品定めするような、冷徹な観察の視線だった。「……ふむ」 レイジは顎に手を当て、アカリの顔を覗き込んだ。 彼は実験動物を見る目でアカリを観察していた。普通、この年齢の子供は親の笑顔を模倣するものだが、アカリが見せる笑みは、第1話のあの夜から変わらず、どこか「作り物」の気配を孕んでいる。口角だけが不自然に吊り上がり、目は一切笑っていない。 ミルクが空になると、アカリは満足することなく、今度はレイジが差し出していた人差し指を小さな両手で掴んだ。 驚くべき怪力だった。赤ん坊のそれとは思えない握力で指を固定すると、アカリは躊躇なくレイジの指を口に含み、鋭い歯茎で思い切り噛み締めた。 ぷつり、と皮膚が裂ける微かな音がした。 レイジの指先から、じわりと赤い鮮血が滲み出る。 アカリはその血を拒むどころか、 恍惚とした表情でペロリと舐め取った。そして、血の混じった涎を垂らしながら、再び「にたぁ」と完璧な笑顔を作った。「私の血が、美味いか」 レイジは指を引き抜くこともせず、その光景を冷然と見つめていた。 普通の親なら、我が子のこの異常性に恐怖し、神に祈るか、あるいは病院へ駆け込むだろう。しかし、レイジの胸に去来したのは、歪んだ歓喜だった。「素晴らしい。お前はやはり、人間の皮を被っただけの『まがい物』だ。私と同じ、血の匂いを好む怪物だ」 レイジは血の滲む指で、アカリの柔らかい頬を優しく、しかしどこか締め上げるような強さで撫でた。 この地下室で、殺人鬼の手によって育てられる天使。それがどのような化け物に仕上がるのか、レイジは人生で初めて、未来というものに興味を抱き始めていた。
5♡で
続き書きます
コメント
1件
ゆめかだよ〜!第2話読了したよ😭💕 レイジがミルクの温度を精密に38度に調合してるシーン、殺人鬼の完璧主義が逆に育児に活かされててゾクゾクした……。アカリの怪力で噛まれて血を♡♡♡シーン、マジで鳥肌立ったよ!「血の匂いを好む怪物」ってレイジが言うところ、歪みすぎててエモすぎる……続きが気になりすぎて夜しか眠れない⋆♡
山根利広
40
124
ロボットの王
2,564