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西暦2067年。世界秩序は崩壊した。
2020年代、ヨーロッパ東部で巻き起こった紛争は徐々に周辺の諸国を巻き込み、世界は再び東西2大勢力に分裂した。その戦火はヨーロッパを出で、中東、アジア、果てはラテンアメリカ、オセアニアを巻き込んだ巨大な対立へと飛び火する。
1991年のソビエト連邦崩壊以来、人類が数十年かけて築き上げてきた世界。その平和は、人類の欲望のもとに呆気なく崩れ去り、冷戦当時…いや、それよりも悪い状況へ逆戻りした。
67年3月18日。
アメリカ/カナダ極右勢力のエージェントが、当時のロシア政府の大統領であったラトシチョフをシベリア鉄道上にて爆殺。これを受けたロシア政府は、史上最悪の焦土作戦、通称「ノー・リターン作戦」を開始する。
大統領死亡の報が入った2時間後、核弾頭を搭載した弾道ミサイルが一斉に発射される。その目標は世界の主要都市。
ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス、オタワ、バンクーバー、ロンドン、パリ、ベルリン、ブリュッセル、ウィーン、ローマ、アムステルダム、イスタンブール、アブダビ、マドリード、北京、香港、シドニー、東京。そして自らの都市、モスクワ、ペテルブルクさえも。
1945年、日本の広島に投下された原子爆弾、いわゆるヒロシマ型原爆の実に20倍以上の威力を持つ「イスカンデル」核弾頭は、世界のほとんどを焦土に変えた。
いわゆる、「大厄災」である。
着弾点から半径500kmを焼き尽くしたロシアの最後の一手は、世界人口の実に65%を殺害。うち半分は熱波により即死。もう半分は放射性曝露により数日から数年をかけてゆっくりと蝕まれ、死んでいった。
半ば死に体となった東西勢力は、停戦の共同声明を発表。世界の覇権をめぐる争いに勝者はなく、そこには非汚染地域で細々と生き延びる人々と、かつての大都市の痕跡だけが残った。
力を失った「国家」という枠組みは、次々と解体。世界全体に勢力を伸ばし壊滅的被害を免れた「企業」が世界を支配するようになった。
そして、世界秩序の破滅、そして国家戦争と言う概念の消滅を呼んだ大厄災は、世界に新たな火種となる新資源を生み出す。
都市の建材として多く使われていたコンクリート、鉄筋などが数万度の熱線、強烈な放射線にさらされることで分子構造が変化。無色半透明の固体_いわゆる「プリズム」である。
のちにアドバンスト機体の燃料として使用されるそれは、石油や鉄鉱石に並ぶ重要なエネルギー資源として嘱望された。
顔を洗い、頬唇に付いた血を拭う。こめかみの部分に埋め込まれた接続用プラグに、わずかに血が染み込んでいる。
いつからだろう、こんな不満足な生活が始まったのは。
そんなことを考えつつ、プラグの差し込み口まで丁寧に濯ぐ。体内に異物を埋め込まれている違和感にも、もう慣れてきた。
「どうした莉犬?幽霊でも見たような顔だぞ」
「やっぱり気づくか…ただの夢だよ」
ドアを開けた俺は、よっぽど酷い顔色だったらしい。ただでさえ苦労人のさとみになるべく心配をかけないよう、無理な笑いを作って誤魔化す。
…まぁ、さとちゃんには何したってお見通しなんだろうけど。
「で、どうしたんだよ?」
2人で並んで歩きながら、寝ぼけた声でそう声をかける。
「アーク勢力に動きが見られる。インドシナ地域侵攻に向けて動き出しているらしい。」
「知っての通りだが、俺たち企業には東方戦線の手駒が乏しい…。アークに対して現状で動かせるアドバンストは、お前と”隊長”機含めて全体で20機ほどだそうだ。」
ナショナルアーク。通称「アーク」。勢力を拡大する企業勢力をよく思わず、俺たちに反抗するレジスタンスのような武装組織。
構成員は国家に属していた軍人の生き残りがほとんどだけど、その勢力も次第に削がれている。
俺とさとみは…そうだね、雇われ、とでも言っておこうか。基本的に身分が自由である傭兵の身だけど、企業に囲い込まれ戦力として長期雇用されている。
「つい先ほど…こちらの哨戒艦隊が太平洋にて攻撃を受け、壊滅した。同時に、我々の主戦力である第五艦隊がアーク勢力と交戦を開始した。」
「…それの支援に向かえ、と」
「勘がいいな莉犬。ヘリは手配してある。ガレージで機体の準備をしろ、詳しくは出撃してから説明する」
「了解」
さとみとともに、機体の格納庫まで小走りで向かう。ちなみに、アドバンストのパイロットというのは組織内でもかなり扱いが高い。通りすがりのイカついおっちゃんがこっちに向き直って敬礼してきたりするが、慣れないしどう反応していいか未だにわかんないからやめてほしい。
格納庫に入り、梯子を駆け上がり機体に乗り込む。ヘリに吊るされた、少々ゴツい見た目の赤い軽量機体。”Jasmine Hound”、これが俺の愛機の名前だ。
-MAIN SYSTEM ACTIVATED-
Welcome Back
Pilot Name: RINU
ADVANCED Name: Jasmine Hound
Vital Signal Verified
Logging-in Completed
License ID: **********
コックピットで機体を起動すると、ディスプレイに次々と認証情報が表示される。一応、俺以外は起動できないようになってるらしい。というか、「適性」がないと起動できても動かせないんだけど。
…そう、アドバンスト機体を駆れるパイロットが異常に少ないのは、この「適性」とやらのせい。
機体は動力および制御導体として、ジェネレータで気化させた「プリズム」を使用する。それもただ電気信号を送れば動くというわけではなく、接続によるパイロットと機体との同調が必要なんだよねぇ。
そのために、手術をする。脳内に機体と同期するための機械(脳深部プリズム管理デバイスとか言った気がする)を埋め込む。アドバンストを動かす全パイロットは、その手術を受けているはず。そして、「適性」とはプリズムとの同調具合と言ったところかな。それが結構高い人間でないと動かせない、アドバンストはそんなピーキーな兵器。
体がふわっと浮く感覚を覚える。俺の機体を吊るしたヘリコプターが、離陸したようだ。
<<気化プリズム、流動圧正常>>
<<エンジン出力安定>>
機体システムの合成音声が無機質にそう伝える。適性がなんだかんだ言ってるうちに起動した。
…あとは俺と機体を接続するだけ。体のあちこちに埋め込まれたプラグにケーブルを接続する。若干グロテスクだけど、普段は隠されているのでまぁ…モーマンタイ。
<<脳深部プリズム管理デバイスを起動>>
<<脳波確認…正常>>
<<機体との同期を開始します>>
脳波との同調というとちょっと怖いけど、別にそんな大したものじゃない。若干頭の中がゾワっとする程度。技術の進歩ってのはすごい。
PRISM Sync: 68%..
ディスプレイに表示される数字がどんどん増えていく。
PRISM Sync: Completed
ガチャっ、ピー!
ちょっとやかましい音をコックピットに響かせながら、機体と俺の同期が完了する。
コックピットにカメラ映像が映され、ヘリに吊るされた機体から、地面が遠い。
-COMMENCE OPERATION-
ディスプレイに「作戦開始」の文字が表示され、俺の操作で機体を動かせるようになる。
『聞こえるか?』
無線越しにさとみが声をかけてくる。
「ああ、はっきり聞こえる。」
『あと2分で機体を投下する。戦闘に備えておけ。』
ババババババババ…とヘリコプターの音が、徐々に耳に入ってくる。
『行くぞ、莉犬』
さとみの声に身構えた、刹那。
ガコンッ!!
機体が急激に落下し、下方に投げ出される。推力最大で前方に飛行し、マーカーへ向かう。
『こちらの海軍戦力は、すでに交戦中だ。当方の戦力はイージス駆逐艦6隻、巡洋艦4隻、その他補助艦艇が12隻。』
『敵の戦力は現時点では不明、しかし我々と大きな違いはないようだ。莉犬のミッションは、これを全て破壊し、味方艦隊を支援することだ。』
「了解!」
ズシン、と海面へ着水する。ブースターが常時作動しているので、水没することはない。
全高8mほどの機体はブースターから炎を吹き、敵艦隊に向けて直進する。
右前方に、絶え間なくミサイルを発射する味方艦隊の姿が見える。
『トラックナンバー1-5-6-4、新規レーダーコンタクト!』
『アドバンストか!?識別急げ!!』
『こちら企業所属傭兵”莉犬”オペレータさとみだ。そちらの支援に向かう。』
『本当なら”隊長”が望みだが…この際誰でもいい!!支援頼む!!』
俺で悪かったな、と思いつつ突撃。敵艦隊まで、およそ5km。
「前方にアラート!?もうこっちに気付いたのか!?」
敵艦隊からこちらに向けてミサイルが発射される。
<<システム、スキャンモード>>
前方敵艦隊、識別…アーク所属、間違いない。イージス艦に…あれは戦艦か?
『厄介なのが出張ってやがる…コンステレーション級ミサイル戦艦、やれるか?莉犬』
「やってみるさ…」
ビィ!!ビィ!!
戦艦主砲の遠距離狙撃だ。
横方向にクイックブーストをかけ、直撃を回避する。
「あいつらあんなところから狙ってやがるのか!?」
飛んでくるミサイルを軽く横に避ける。そんなやけ打ちのミサイルが当たるわけがない。
距離1000m、間も無くだ。肩に乗せられたミサイルを、一番手前の艦に向けてぶっ放す。続いて横の目標にロックを移行し、大口径のアサルトライフル、レールガンを乱れ打ちする。
『敵機急接近!!レジスタンスのアドバンスト機体です!?』
『ミサイル接近、対空戦力を集中しろ!!』
そこらの対艦ミサイルくらいのサイズはあるミサイルが、6発ほど1目標に向かった。そんな大量の脅威を裁き切れるわけもなく。
「護衛艦、一隻無力化」
俺の侵入を探知できず、ほとんど不意を突かれた敵艦隊は、なし崩し的に崩れ落ちていく。クイックブーストを駆使し、ミサイルとライフル、レールガンを乱射する。
ある敵は艦橋を、ある敵は煙突を、ある敵は艦体を。次々と粉砕していく。
護衛のイージス艦たちを撃破しつつ、本丸の戦艦を狙う。
『戦艦だけは守り切るんだ!!』
「護衛艦、4隻無力化」
敵のバルカン対空砲がこちらを狙ってくるが、そこまで辛いダメージではない。若干は被弾覚悟で行くしかないか。
そのまま2分ほど。周囲の小型艦は大体片付けた。
<<システム スキャンモード>>
敵は…コンステレーション級戦艦6番艦「プリンシプル」。インド太平洋哨戒艦隊の旗艦…。
そろそろ手をつけるか。
『戦艦にエネルギー充填反応…注意しろ、当たれば即死だ』
「分かってら、っ!!」
ビィ!!ビィ!!
思ったより戦艦主砲の追従が早い。機体を横滑りさせ、近距離狙撃を避ける。
「捉えたっ!!!」
戦艦の巨大な主砲に照準を合わせ、ありったけの火力を打ち込む。アサルトライフル、レールガン、ミサイル、グレネード。
主砲の重厚な装甲板に直撃した徹甲弾とグレネードは確実に目標にダメージを与え、そのまま砲台ごと吹き飛ばした。
『2番主砲、大破!!』
『ダメコン急げ!?』
これでも1機で戦場の均衡をひっくり返す能力を持つアドバンストである、俺の攻撃を前にあっけなく大砲の一つが爆散した。
『全砲門開け!!全ての対空火力をアドバンスト機に集中!!』
…奴ら本気になったらしい。ミサイル、対空砲、機関砲、ありとあらゆる火力が俺に向く。どうにかこうにかクイックブーストで回避するけど…エネルギーの限界も結構近い。
『莉犬、戦艦の主砲直下には弾薬庫があるはずだ、破壊した主砲の上からさらに火力を投射しろ』
「なるほど?」
…さとみのこーいう視点にはいつも驚かされる。確かに、主砲直下には大量の砲弾を溜め込んだ弾薬庫があるはずだ。そこに火をつければ…
<<耐久値: 残り50%>>
戦艦に満載された対空兵器が、一挙に俺に向けて火を吹く。気づかぬ間に、機体耐久値は残り4割ほど。
グレネードを再装填し、先ほど吹き飛んだ主砲の大穴の上からグレネードをぶち込んでやる。
着弾、刹那。巨大な戦艦が真っ二つに割れ、爆発した。
『戦艦プリンシプル、弾薬庫に誘爆、大破!!』
『艦長、もう持ちません!?』
「敵戦艦の撃破を確認!!」
『わーお、大爆発だな』
巨大な爆炎とともに、二つに割れた戦艦はゆっくりと海中へ没していく。
『傭兵風情が…ここまで…!…?』
『敵戦力の殲滅を確認。莉犬、作戦は終了だ。撤退しろ。』
「了解」
『1人来るだけでこの戦力だと…?』
味方艦隊が呆気に取られている声が無線越しに聞こえる。
『艦隊のスタンダード共、あの赤い機体しっかり目に焼き付けとけよ?』
「やめろって…笑」
そうして俺は、回収のヘリに吊り下げられ再び基地に帰還した。
『にしたって、良くやるな…。あんな大戦力を相手に…』
『まだそこまで実戦は経験ないだろ?なのに哨戒艦隊を軽く壊滅とか…』
さとみがヘリの操縦席から、俺のことをベタ褒めしてくる。
「どうしてだろうね、すっごくこう…機体の動きが張り付くというか。いい感じに機体と意思疎通ができるというか…。」
『俺はここ十数年…たくさんの傭兵を受け持ち、その度に死なせてきた。指揮の腕がいいなんて微塵も思わん。ただ…莉犬、あるいはお前ならば…』
神妙な声になるさとみ。自分の息子のように可愛がってきた傭兵を呆気なく殺されるその重責、察するに余りある。
「?」
『いや、やめておこう…。』
<<システム、通常モード>>
<<ハイバーネートに移行。パイロットとの同期を解除します>>
「さぁとちゃァ〜ん!そっちの様子、どんな感じ?」
無線の静寂をつんざく、やかましいハイテンションな声。作戦部主任、ころんだ。
俺は咄嗟に莉犬への無線をぶち切った。
「お前も見てただろ…アークの哨戒艦隊はひとまず排除。依頼は果たした」
「んなこた分かってるよ〜、そのデッカい耳ついた赤い傭兵の様子!」
「あぁ…。ここまでの大規模戦を初めてやった奴にしては悪くない。首尾バイタル異常もなく、調子は良さそうだが…」
今まで散々武装ゲリラ排除とかそんなくだらない戦闘ばかりしてきた莉犬を、突然こんな大規模戦に突っ込めと言われたことには驚いたが。
「なかなかやるじゃなぁ〜い?ちょっと時間かかったけどねぇ」
「ま、今はあんなもんカナ?まだ慣れてないしぃ〜」
「あぁ、まだまだ引き出せそうだ…あいつのポテンシャルは。」
俺は莉犬に、可能性を感じていた。
彼のプリズム同期適性がアドバンストパイロットたちの平均よりもかなり高いことは、俺と上層部の一部だけが知っている。少なくとも、本人は知らない。
それに、適性が高いからといってそれが直接戦闘能力の高さに繋がるわけでもない。
「主任、彼の様子は?」
無線の向こうで、ころんに呼びかける人間。作戦部主任補佐官、るぅとだ。
「あぁるぅちゃん…コレコレ。哨戒艦隊は全滅、作戦時間は6分38秒。まぁほとんど初戦にしては上々じゃないのぉ〜?…」
まぁ、何でもいいか。俺の仕事は莉犬を運び、指示し、助けることだ。今までもこれからも、変わることはない。