テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
記憶の中の彼らの顔にはモヤがかかったかのように、黒いクレヨンで塗りつぶされたかのようになっていて全く思い出せない。
だから、目の前に立つ3人がその記憶の中の人物達だと認識できなかった。
自分が何者で、何をしていたのかは分かるのに。
彼ら以外の人たちも分かるのに、何故か悲しい顔をするこの3人が分からない。
どうして悲しい顔をしてるのかも。
ただ、自分がそうさせてしまってるのだろうと、他人事のように思う俺は酷い人間なのだろうか。
傷付けていると、悲しませてると知覚はしているが、理由が分からないからやはり理解はできなかった。
「とりあえず、トラゾーはしばらく休養な。働きすぎだったし」
この片目を隠す黄色い髪の快活そうな男の人は”ぺいんと”さんと言うらしい。
遊撃班の師団長をしてる人。
「そうですね。ゆっくり休まないとダメですよ、トラゾーさん」
この紫髪の可愛らしい顔立ちの男の人は”しにがみ”さんと言うらしい。
医療班の室長をしている人。
「トラゾーは働きすぎだからね」
この薄水色の髪の優しげな男の人は”クロノア”さんと言うらしい。
この国の一番偉い人。総統らしい。
俺を助け出してくれた人らしいが、その辺りもモヤがかかったかのように記憶にない。
悲しそうな顔ばかりさせてしまっているけど、俺にはそうなる理由が分からなかった。
「はぁ…そう、なんですかね」
潜入とか色々するのは確かに疲れるけども。
それは任務であり、仕事で仕方のないことだ。
「先生にも休みなさいって言われてただろ」
あの時、見慣れた先生は曖昧に笑っていた。
自分の記憶が戻るのか戻らないのか、一対一で聞いた時彼は首を横に振っていた。
『君が思い出したいか、忘れたままでいたいかのどちらかだよ。人間、嫌な記憶っていうのはいつまでも残る。けど、今回君は彼らのことを綺麗に忘れてしまっている。大切なものというのは案外、当たり前のように感じて簡単に手から零れ落ちていくものなんだ。それに気付けるか気付かないままか…大事なものだったからこそ、傷付けられた時の反動が大きいからね……無理をして思い出す必要はない。トラゾーくんだけが傷付く必要はないんだよ』
何故か彼らを傷付けたままにしておくことに気が引けた。
でも、それを拒否している自分もいた。
「じっとしてるのは性に合わないんだけどな…」
仕事がなければ俺は何にもない、ただの役立たずだ。
俺の存在意義がなくなってしまう。
そうぽつりと呟いた言葉を目の前に座る人に拾われた。
「…じゃあ俺の手伝いしてくれる?」
“クロノア”さんにそう言われた。
「手伝い……何をしたらいいですか?」
「……書類整理、俺1人じゃうまくできなくてね」
ちらりと”ぺいんと”さんを見る。
それくらいは良いかを目で聞く。
「…まぁ、そんくらいなら…」
渋々といった感じで頷く”ぺいんと”さん。
「じゃあ、行こうかトラゾー」
手を引かれて歩き出す。
自分の腕が強張るのが分かる。
それが他人に触れられることによる拒絶からくるものなのか、単純に驚いただけなのか。
“クロノア”さんは一瞬、傷付いた顔をしていた。
すぐに柔らかい表情に戻ったけど。
何故、そう思わせたのかはやっぱり全く分からなかった。