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同い歳ぐらいの若者が行き交う大学キャンパス。
お洒落なファッションに身を包み、活き活きとした笑顔で歩く学生たちに道を譲りつつ、私は掃除道具を両手に足早に歩く。
「よっし次は階段ね」
時限の合間は通行人が多くて拭きにくいから、講義に入った直後が始め時だ。
最上階から一階まで、この時限内に一気に拭き終わらせたら、次は図書館。
私が一番好きな場所だ。
午前の早い時間の今は、図書館もまだ人がまばらだった。
大量の本や図表や写真集やらが整然と本棚に収められ、圧巻の眺めを見せてくれている。
息が詰まる、と言う人もいるけれど、わくわくさせてくれる知識の宝庫とも言えるこの場所が、私は大好きで、小さい頃から、図書館に通うのが日課だった。
そして成長してからは、この大学の図書館に通うのを夢見ていた。
私が清掃を担当しているこの大正学院大学は、指折りの一流大学でもあり、古き良き歴史を持つ伝統校でもある。
貴重な文献書籍を数多く所蔵し、中には国宝指定されたものも保管している。
特に魅力なのは、明治初期から英文学部を創設した経緯で、英語書籍が多いことだった。
「わぁ、今週も新しいのが入ってる」
思わず呟いて、新刊コーナーに目が釘付けになる。
各国から直輸入された英語の絵本が並んでいた。
かわいい……。
そう見入りながら、フローリングにモップ掛けを始める。
あれは仕掛け絵本かな。
あっちは絵がすごく綺麗。
手に取って、見てみたい……。
なんて気を取られていたせいで、手元はほとんどおざなりだった。
どん。
「あっ……」
自習用の机の脚に、モップの柄がぶつかってしまった。
そこでは女学生さんが書籍やノートパソコンを開いてレポートを作成していた。
邪魔をしてしまった……!
それだけでも問題なのに、ぶつかった拍子に机が揺れて、女生徒さんがかたわらに置いていた紙コップから飲み物が零れてしまった。
そしてそれが開いていたノートパソコンにかかってしまい、画面が動かなくなってしまった。
「ちょっと!? なにやってるのよ!」
「ご、ごめんなさい!」
静かな図書館に、女学生さんの悲鳴が響き渡る。
私はすぐにノートパソコンをきれいに拭いたけれども、画面は固まったまま。
何度クリックしても、カーソルが動かない。
「どうしてくれるのよ! 壊れちゃったじゃないのよ! 弁償してよ!」
大切なレポートを書いていたのかもしれない。
ほとんどヒステリックになりながら、女学生さんは私を責め立てる。
他の利用者からの視線が集まってくる。
これは、言われた通り弁償するしかないかもしれない……。
すっかり委縮してしまいながら「弁償させていただきます」と言おうとした、その時だった。
「強制シャットダウンして再起動はしてみたか?」
落ち着いた低い声が聞こえた。
背の高い男性が、私たちのそばに立って声を掛けてきた。