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1 - 第1話「アンタは前世の恋人だ」

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2021年10月05日

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第1話 アンタは前世の恋人だ

「今日は……平和だったなぁ……」

授業が終わり、放課後。

教室内はすでに騒がしく、この後の予定のために教室を飛び出したり、のんびりおしゃべりしていたりと、それぞれの放課後を過ごしている。

入学式が終わってから数週間、新一年生たちは徐々に高校生活に慣れつつあった。

そんな中。

「じゃ、また明日!」

クセのある赤みがかった長い髪を、サイドポニーテールにまとめた女子生徒――鈴野 綾菜(すずの あやな)は、高らかに宣伝するかのような大声でクラスメイトに挨拶すると、荷物を持って教室を飛び出した。

(……そうだ。休み時間とか教室移動が平和だったということは……)

ある思い出したくないことを思い出してしまった綾菜は、早足で廊下を進む。

「そういえば……今日、まだうちのクラス来てないよね? ってことは鈴野さんと『彼』のいつものやつ、これからじゃない?」

「毎日毎日よくやるねー」

すでに廊下に出ていたクラスメイトたちの、ひそひそ声がする。

決して悪意あるものではなく――イベント前のそわそわした感じに近かった。

(今! 襲撃に来る可能性大! 遭遇したらたまったもんじゃない……逃げるが勝ち!)

「あ、飛鳥馬(あすま)くんだ!」

「!」

綾菜が今あまり聞きたくない名前が背中のほうから聞こえ、一瞬硬直する。

「今日これから練習試合すんだけど、飛鳥馬来られるか?」

「今日はパス! また今度!」

「なんだよつまんねー!」

「今度サッカーするとき、見に行くねー!」

「おー! 俺のアシスト殺法に請う、ご期待!」

「あーそうか、今日はまだ行ってなかったんだっけか」

「おー! 今日こそ落としてみせるぜ!」

ひと際大きく、自信満々で調子のいい声が響くと、すでに放課後で人が多い廊下で「おお」とどよめきが起こる。

(……無視! ムシ! 私は無関係です!)

自分に言い聞かせるように内心で唱えつつ、こそこそと廊下を進む。

すると。

「斎賀(さいが)ぁ、今日これからどうするー?」

「!」

その声と同時に、綾菜の視界に飛び込んできた人影に、ピタリと歩みが止まる。

(斎賀くんだ! ここで会えるなんて……知らない仲じゃないんだし挨拶くらいは……)

「あーやの!」

瞬間、綾菜の早足再開、逃げるの優先。

(したい! けど! 顔が合わせたわけじゃないのに、いきなり挨拶したらびっくりさせるし……今は捕まりたくない……!)

「あーやのったら! 聞こえてんだろ!」

(聞こえない聞こえない!)

鉄の心で唱えながら廊下を進む綾菜だったが――

「鈴野さん」

「ふぇあ!? あ、な、なに?」

いつの間にかにそばに来ていた、綾菜のクラスメイトが声をかけてきた。

「飛鳥馬くん、さっきから呼んでるよ……?」

「!」

申し訳なさそうな顔の女子生徒が指さした先には、一人の男子生徒。

毛先が肩に触れるほどの長さの黒髪は、男子にしては珍しい長さだ。

だが髪には艶(つや)があり、きちんとスタイリングされ整っている。

同年代からは抜きん出た存在感がある男子生徒。

「よぉ!」

飛鳥馬司郎(しろう)はへらーっと呑気そうな笑顔で手を挙げている。

(頑張って聞こえないフリしてたのに……! クラスの子使ってスルーさせないとは……!)

そんなことを考えている間に、綾菜のそばまで歩み寄ってくる司郎。

「佐藤(さとう)さん、わざわざありがとなー!」

「ど、どういたしまして! 私が勝手にやってることだから」

(しかも、自分で言わせてるんじゃなくて、自主的に言うようにしてしまうというのがまた……!)

女子生徒(佐藤)はそのまま綾菜から離れたところまで移動すると、見守るように視線を向けてくる。

そして彼女だけではなく――まばらではあるが、ギャラリーのように二人を見守る生徒たちの姿があった。

(ああー! また今日も……!)

逃げられない――そう綾菜が悟った瞬間。

「よし、今日こそどうだ! 俺のこと好きになった!?」

「なってない! 昨日の今日でそう簡単に変わるかい!」

司郎からの言葉を、綾菜は秒で切り捨てた。

ギャラリーはどよめき「あー、まーた飛鳥馬振られてるよー」「よくやるよなー」と男子の呆れとも励ましとも言える声が飛ぶ。

「公衆の面前で毎回こういうことをするのもどうかと思うけどな……」

(田之上(たのうえ)くんだけが良心……! あんまり話したことないけど!)

綾菜が感動したのもつかの間、「でも鈴野さんの、あの清々しいくらいの切り捨てっぷりすごいよね……」「あんな二人がくっついたら……ドラマチックだよねー」と女子からの声に再びうんざりする。

そんな綾菜の心情や周りの様子など気にもせず、

「そっかー、まだダメかー」

綾菜の心情など関係なく、司郎は肩を大きく竦(すく)め、残念とばかりに苦笑する。

だが落胆しているというよりは、最初からわかっていたと言わんばかりの反応だった。

その証拠に――

「けどなー、今こんなこと言ってるけど――そのうち落とすんでよろしく!」

と、周りに宣伝するかの如(ごと)く、自信満々に言い切るのだった。

一瞬廊下がしんと静まり返ると、すぐに「おお!」「よく言った!」「めげないよなぁ……オレだったらあそこまで言われたら……諦めるしかないよ」「イケメンでもダメなもんはダメなんだな……」と、声を上げつつしみじみしている男子。

女子は女子で「でもそれでもあきらめないところ、いいよね!」「いいなあ鈴野さん」と羨望の眼差しと共に盛り上がっている。

「迷惑というのも、もう少し考えたほうがいいと思うんだが……」

ざわつくギャラリーの中に、田之上の声はあっさりかき消えるのだった。

――ここまでテンプレ、というくらい、ここ数週の恒例行事と化していた。

(あああ面倒くさぁぁぁぁい!)

堂々としている司郎に対し、今にも膝を折りそうなほど脱力している綾菜。

(どうしてこんなことに……でもあんなこと言われて好きになるとか、普通ありえない!)

現実逃避のため――綾菜の思考は、入学式直後まで飛んでいた。


入学式という晴れの日に相応しい青空。

連日の雨も何とか持ちこたえた桜が、中庭をピンク色に彩っていた。

大半の生徒は、明日からの高校生活に胸を躍らせ帰路につくか、すでに意気投合した友人同士で午後の街に繰り出している。

「ここならいいだろ」

そんな中、入学式を終えたばかりの綾菜は、今日初めて会ったばかりの同じ新入生男子――司郎に、中庭まで連れてこられた。

「それで……私に何か用かな?」

「もちろん。ちょーっと驚くかもしんないんだけどさ――」

少しだけ間を空けて、司郎は続く言葉を口にした。

「アンタは、俺の前世の恋人なんだよね」

「……は?」

次回へつづく

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