コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第2話 だって私じゃないから
「アンタは、俺の前世の恋人なんだよね」
「……は?」
「だから、アンタを迎えに来たんだよ」
「……」
予想の斜め上な司郎の発言に、綾菜の脳内は一瞬活動を停止しかけた。
「いやそれは……大丈夫?」
(その、頭が……)
「おう! 俺は全然問題なし! つーかそのためにここまで来たんだし!」
「あー、もしかして、男子の間では今そういうの、流行って……るのかな?」
(もし罰ゲームとかだったら……って入学式当日から罰ゲームって……かわいそう……本当にアレな人だったとしても変に刺激したらよくない!)
「あー、そのカンジ……もしかして記憶とか全然ない? まぁそりゃそうだよなぁー……俺は元魔術師だから記憶の引き継ぎ問題ないけど、フェイは違うもんな……」
「!」
(魔術師とか言い出した! ゲームやりすぎな人!? 弟たちもほどほどにさせないと将来こうなっちゃうのか!?)
内心血の気が引く綾菜だが、精いっぱい顔に出さないよう努める。
どんなに腹が立っても悲しくても、「長女だから」という理由で弟たちの所業を最低限我慢してきた、姉の鑑とも言える姿勢だった。
だが。
「まぁとりあえず話を」
家族でも何でもない、初対面の赤の他人の戯言に付き合い続けられるほど、綾菜も気が長いほうではなかった。
「うん! 色々何か事情があるとは思う……でも悪いけど、私はちょっと、そういうのには付き合えないわ!」
本当にお説教やら何やらを始めてしまう前に、精いっぱいの笑顔で言い切った。
「あ」
「他の人も困らせると思うから、こういうのはやめたほうがいいと思うよー! じゃあね!」
言うが早いか、綾菜は司郎をすり抜けるように、脱(だっ)兎(と)のごとく逃げだしたのだった。
――その日の夜。
入学式後のことなど忘れて、残りの日常を過ごした綾菜は、すでに眠っていた。
(……あ、これ夢だ)
(しかも、身体が動かない……誰かの目を通して見てるみたいな……)
綾菜の視界に映るのは、月明かりが優しく照らす薄暗い森と、開けた場所にある泉。
視界の主が、その泉を覗き込んだ。
(え)
水面に映る顔に、一瞬綾菜は思考停止する。
「……」
(――顔が、私!?)
長い髪を編み込みお団子のようにまとめた髪型も、髪の色も若干綾菜のものとは違う。
綾菜よりも少し細く、大人びた顔つきではあったが――確かにその顔は、綾菜にそっくりだった。
その身を包むのは、端的に表すなら――西洋風の鎧だ。
動きやすさのためか布の部分も多いが、肩や胸、関節などは金属製の武具で覆われている。
ゲームや物語以外では、一般的な現代日本人としては馴染みがないもの。
だが一瞬。
『――俺は元魔術師だから記憶の引き継ぎ問題ないけど――』
初対面の少年が言っていた言葉。
泉に映る姿は、綾菜の弟たちがハマっていたゲームに出てきた「剣士」や「騎士」を思い出させた。
(そんな、まさか)
その直後。
「……フェイ」
唐突に聞こえた――どこか聞き覚えのある声と同時に、視界は声のほうへ向いた。
身体を覆うように大きな布で作られた、それこそゲームや創作物に出てくる魔法使いが着ていそうな――ローブで、その身を頭からすっぽり覆っている。
(落ち着いてるけど、この声……まさか……!)
同時に、ローブ姿の人物は、頭を覆った布を外した。
この視界の人物のことを「フェイ」と呼んだのは。
昼間、綾菜に「お前は前世の恋人だ」と言っていた――飛鳥馬司郎の顔にそっくりな男だった。
(やっぱり……!)
髪は銀髪、表情豊かな司郎と違い無表情ではあるが――こちらもやはり、大人びた顔つきの司郎、というのがしっくり来る。
「ユーリ……!」
綾菜と同じ顔の女――フェイは、司郎と同じ顔をした男――ユーリに向かって小走りしていく。
そして――迷いなく、その胸に飛び込んでいった。
(え……えっ……!?)
フェイを通して感じる、人のぬくもり。
「……」
無表情だった顔つきに、ほんの少し笑みが浮かぶユーリ。
(これは……どう考えても……恋人の……雰囲気!?)
綾菜は戸惑いと気まずさで混乱したまま――気が付くと、朝を迎えていた。
――そんなことがあった、翌日。
普段は友人と待ち合わせしていたが、適当に理由をつけて一人で登校することにした綾菜。
少し遅めに家を出たので、校門の近くは綾菜と同じく登校する生徒の姿であふれていた。
「!」
そんな中、人の流れに逆らうように――綾菜の前に一人の生徒が立ち塞がった。
「よぉ」
白い花弁に、紫色の萼(がく)のついた花を数本持った、飛鳥馬司郎。
綾菜の目の前に現れた司郎は、へらっと笑っていた。
だが――その顔つきが、一瞬で真剣なものに変化する。
「おはよう、綾菜」
「おはよう、飛鳥馬くん」
互いに違う呼び方が、互いの距離感を物語る。
「昨日のあの感じだと、本気じゃないと思ったみたいだったからさ」
司郎は言いながら、持っていた紫の花を差し出した。
「この花と、今この場にいる全員に誓って――俺は真面目に言うよ。アンタが好きだ」
「!」
瞬間、周りにいる生徒たちがどよめき、好奇の目が綾菜と司郎に突き刺さる。
(ここで夢の話をするわけにはいかないよね)
少し考えてから、綾菜は口を開いた。
「……昨日言ってたことが、嘘じゃないしふざけてないのも、何が言いたいのかもわかった」
「そりゃよかった」
目的を達成できたからか、司郎の声の調子が軽くなる。
だが――綾菜は真剣な目つきで続けた。
「でもさ、そんなこと急に言われても……はい嬉しいです、なんて言えないよ」
「……その感じだと全部を思い出してるんじゃねーな?」
「思い出してるっていうか……」
(こんな人がいっぱいいるところで、前世だなんだなんて言えないんだけど!)
仕方なく司郎の近くに歩み寄り、なるべく周りに聞こえないよう、微かな声で囁きかけた。
「――当然じゃない? だってフェイさんは、私じゃないんだから」
核心を突いたつもりで、囁きながらもハッキリと綾菜は言い切った。
「まぁ、そうだよな」
だが司郎は、大したことではないとばかりに平然と頷いた。
(わかってるなら、なんでわざわざ言う!?)
あっけらかんとした態度に若干ムッとした綾菜は、ハッキリと――周りに聞こえる声量で告げた。
「だから、飛鳥馬くんの気持ちには応えられない」
綾菜はあとで知ったことだが――
司郎の持っていた花の名は、スターチス。
花言葉は「永遠に変わらない心」。
「飛鳥馬くんも懲りないねぇ!」
そして時間は現在――司郎から放課後の襲撃を食らった、翌日の休み時間。
綾菜の前の席に座るのは、友人である旭屋 夕子(あさひや ゆうこ)。
緩いウエーブのかかった栗色の髪をと、大きな猫目が特徴的な少女だ。
昨日の放課後にあった出来事を、夕子に聞かせていたところだった。
ちなみに――夕子に前世云々の話はしていない。
(言えるわけないしさすがに……私まで頭おかしくなったと思われる!)
「結局綾菜ちゃん、また逃げちゃったんでしょ」
「逃げるよそりゃ。いい加減やめてほしいんだけどなぁ……嫌がってるのわかっててやってるよねあれ」
「んー、どうかなぁ。でもあのやり取り、見てるのは結構面白いよね」
「面白いの!?」
「うん。じゃなきゃあんなにギャラリーできないよー。あたしも見たかったなぁ」
「見世物じゃないんだけど……」
と、ぼやきつつ、綾菜の視線がふと廊下に向いた。
司郎からの突然の襲撃に備え、警戒するのが当たり前になってしまっていたのだ。
だがそこで目があったのは――
「……」
(え、なんで――斎賀くんがこっち見て笑いかけてくれてるの……!?)
次回へつづく