コメント
1件
ふぅ、とため息をつく。
家から持参したおにぎりを口にして、水を飲む。いつもは階段裏でもそもそと食べている
昼食ぼっち弁当だが…今日は何故か、二人のクラスメートが一緒にいる。
御「へぇ、おにぎり美味しそうだね。何のふりかけ?」
『梅干し茶漬け…』
旭「wwなにそれ、お湯なしで食べる人初めて見たw」
『……』
御「水筒とか、購買いけばお湯売ってるよ?自動販売機にもこの間売ってた」
旭「え何その面白い自動販売機。」
おかしい。僕は周りに人がいるのが好きではない、所謂この人たちとは縁のないインキャなのに。
どうしていつもならいけてる男子や可愛い女子たちが群がっているような人たちが、
僕の目の前で楽しく談笑しながら弁当を食べているというのか。
…正直言って、ここは中庭だからたくさんの人に見られるし帰りたい。
というかいなくなって欲しい。
人と群れても、いいことなんて何もないんだから。
『……ごちそうさま』
弁当をそそくさと片付けてその場を立ち去ろう。
幸い彼女達は小説の話に夢中になっているから静かに輪からはずれればバレないはず。
僕は会話なんて得意じゃないし最近の流行りとかもわからない。
そう、何もわからない。だから早く抜けてもう今日は帰ろう。先生に言えば帰してくれる…
旭「え、もういっちゃうの?まだ小説の話聞いてないんだけど」
『…だからあれは本当に知らないって。ただの二次創作だよ』
旭「そんなふうには見えなかったけどなぁ。当初の設定とか細かく書き込まれてたし」
(見られていたのか…)
御「ねぇ、旭は【神を掬う】のどこが好きなの?」
旭「え、やっぱりそれは斬新なアイデアじゃないですか!
神様はみんなにとって完璧な存在で崇められる存在っていうのが普通なのに、この小説では
神様を掬うって。穢れる神様とか鬼になってしまう神様っているんだなーって考えたら
もっと読みたくなっちゃって。神様は人間が作り出した存在だっていうのも凄く面白いし」
御「だよねぇ。彼…咎守の作る小説はどれも現実離れしているのにどこか引き込まれる。
次は、って気になっちゃうんだよね」
旭「この間は雑誌にも掲載されてましたし…ってあれ、霧下くん?」
御「あーあ、逃げられちゃった。」
二人が盛り上がっている最中隙を見て逃げ出す。先生に話をして早退する。
鞄をさっさとまとめて家に帰る。学校の門を一人で開けて、静かな街並みを歩く。
「斬新なアイデアじゃないですか!」
「現実離れしているににどこか引き込まれる」
「気になっちゃって」
「次は、って気になっちゃうんだよね」
彼女達の声が、頭の中で飽和している。溢れて溢れて、耳から離れない。
僕の書く小説は確かにそれなりに評価されている。…でも、それっきりだ。
対して人気があるわけでもないし、それに当たり前や現実なんてものすら分からないような
何もわからない僕が書いたような作品だ。そんなもの、すぐに飽きられて忘れられるに決まってる。
僕が小説を書くのは、誰かに読んで欲しいからとか、認めてもらいたいからとかじゃない。
…じゃないんだ、本当に、絶対に。
いつのまにか走り出した足を止めて、昂る心拍数を抑える。
はぁ、と大きく息をついた。
なーにしてんだろ、僕。別に褒めてくれてたのに急にムキになっちゃってさ。
大体言葉すらもよく理解していないようなこんな僕が書いたものなんて
何にも面白くないのにな。
『……帰ろ』
いつもなら帰りにご褒美として買うコンビニのアイスも今は食べる気分にはなれない。
重い足取りのまま、誰もいない埃を被った八畳間へと帰宅した。
この家の両親はもう随分前に大量のお金を机の上に置いて蒸発した。
小学三年生くらいだから、これでもう八年目になる。
いつのまにか、高校三年生になってしまった。
かたん、と郵便受けを開けてチラシを引っ張り出す。勧誘やセールのものばかりで
目も通さずそのままゴミ箱に捨てた。
…あ、ゴミ捨て行かないと。今日は火曜日だから…明日か。
ガサガサと替えの袋を取り出してゴミ箱の中の袋と取り替える。
口を縛って、玄関先へ。
ここのマンションのいいところは、忙しい人のためにゴミ回収者さんが
ドアの前まで取りに来てくれる事だ。本来ならマンション前にある専用ステーションに置かなければならないが、サービスとして持って行ってくれる。
僕は差し入れとしてお菓子をいくらか隣に置いて、いつもありがとうございますと書いた付箋で
玄関先に置いておくようにしている。明日もそうすればいいだろう、もう当分家からは出ない。
はぁ、とまたため息をついた。
薄暗く整理のされていない部屋。
一応足の踏み場はあるけど他人から見たら明らかにうんざりするような部屋。
(まぁいいか、どうせ誰も家には入れないんだし)
目を閉じて気持ちを切り替える。今日は疲れた。ボスっとベッドに潜れば、冷たくて気持ちのいい布団
が僕を優しく包み込んでくれた。今日はもうこのまま寝よう。起きたらエナジードリンクでも飲んで
作業したらいいだろう。
すごく、今日は疲れた。
うとうとと薄れていく微睡のような眠りの中、僕は少し明日について考える。
とろけた頭で何も考えられない矛盾した行為なのはわかってる。
…けど、僕には何もわからないしこれくらいがちょうどいい。
当たり前なんて所詮日本政府や集団行動の中で人間が生み出した誰かの価値観に過ぎないんだから
僕は僕を大事にしよう…なんて。
考えてみたり、考えてみなかったり。
はは、僕は本当に何も分かっちゃいないんだな。