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フランチェスカは約一週間程、昼前にやって来ては昼飯を食べて帰っていくのを繰り返していた。こいつ、本当は俺が思っているよりもよっぽど暇なんじゃないか…なんて思っていたら、今度は突然ぱったりと来なくなって約一週間が経とうとしていた。
「……」
俺に飽きたとしても流石に早すぎないか。そこまで適当な奴ではない…だろう。それか、ここに来る途中で怪我でもしたのだろうか。ここは城からまあまあ離れているのだし、護衛も付けていないあいつ一人では危ないのではないか。
「って、いやいや。俺が心配する義理は…」
あいつだって鬱陶しい押し掛け求婚野郎の一人な筈だ。なのに、何故俺がいちいち心配なんて。王族だから?それとも、女だから?
「…あぁ、違うか」
あいつは無理に俺に触れようとしないからか。
ボンッ。
「わ」
手元の小瓶が小さく爆発した。調薬失敗だ。こんな初歩的なミスはいつ振りだろうか。
飛び散った魔力増強薬になる筈だった緑色の液体を拭き取り、魔女装束を脱ごうと手をかけた所で思わず溜息が溢れた。
ここ数年、作業が著しく滞っている。それは求婚者のせいでも、ましてやフランチェスカのせいでもない。単純な、俺の実力不足のせいだ。
「オルタンシア…」
彼女が…ババアが死んでから、なかなか進展がない。どれほど時間が残っているかもわからないのに、時間はただ無為に過ぎていくばかりだ。不意に沸いて出た焦りと苛立ちを溜息に混ぜて吐き出し、 緑に染まったシャツを洗濯桶に突っ込んだ。
「…はぁ、めんど」
停滞した時間の中、机の横で半裸のままぼんやりとしていたちょうどその時。
バンッ!
「アンブローズ様!お久しぶりで…す……」
いい笑顔で勢い良く扉を開け放ったフランチェスカと、突然やって来た彼女に驚き固まる俺。向かい合ったまま、しばし時間が凍る。
「〜〜〜〜〜っ!?!?」
突如フランチェスカが頬を、というか、顔全体を林檎かと思う程真っ赤に染めたと同時に、ぶわりと沢山の花々が溢れ出た。舞い散る花弁は美しいことこの上ない…が、このままでは戸棚の上の試薬品達が危ない。
「おいっフランチェスカ!これ、十中八九お前の魔法だろ!花抑えろ!」
「すみません…!決して、決して魔力制御が出来ない訳じゃ…!!感情が乱れてしまっただけなんです…!!!」
「ちょ、聞いてる!?一旦落ち着けって!」
場の混乱が極まりかけたその時、ふと気が付いた。自分が半裸のままであったことに。
「そりゃ落ち着かねぇわ!」
慌ててシャツを着て、取り敢えず未だ花を出し続けているフランチェスカを家の外に押し出す。ゆっくり紅茶を淹れてから改めて扉を開けると、そこにはすっかり落ち込んだ様子のフランチェスカが。
「あ、アンブローズ様…!すみません、いつもはしっかり制御できているのですが…」
「いいからさっさと入れ。俺も話がある」
すごすごと家の中に入りいつもの椅子に座ったフランチェスカに、先程淹れた紅茶を出す。自分も向かいの席に座り、飲みかけの紅茶を置いた。
「早速だが…お前、植物魔法使いだな? 」
紅茶を淹れながらクールダウンした頭でようやく気が付いたことを、ずばっと聞いてみる。するとあっけらかんと肯定の返事が返ってきた。
「別に、隠していた訳ではないのですが…打ち明ける機会もなかったもので 」
「そうだな。俺も言ってねぇし」
少しの緊張で喉が渇く。一口紅茶を飲んだ。
「お互い取り乱しはしたが、さっき見られておいて丁度良かった。あれでこっちの事情はお前も分かっていると思う」
残りの紅茶を勢い良く飲みきりカップを置く。
「俺の解呪に協力してくれ」
「……」
驚いた顔で固まるフランチェスカは、少ししてからやっとその小さな口を開いた。
「事情、とは…?」
沈黙。
「おまっ、ついさっき裸見ただろ!俺の左胸に何か黒いのがあっただろ! 」
「いや、全然記憶がなくて…!」
「…………はぁ、仕方ねぇ」
溜息を吐き、するするとシャツを脱いでいく。
「おら、見ろ!これだよこれ!」
指差してフランチェスカの方を見ると、彼女は手で顔を覆い俯いていた。
思いっきり力尽くで指を顔から引っ剥がす。
「痛”たたた!…って、それ…」
フランチェスカの表情が一瞬で真剣なものへと変わり、痛い程の視線が俺の左胸に注がれる。丁度心臓の上にある、真っ黒な薔薇の刻印が刻まれた左胸に。複雑に絡み合った茨の紋様には、どこまでも気味悪さが付き纏う。
「これ、本当に呪い、ですか?こんな複雑で禍々しい術式、見たことがありません」
ぽつぽつと溢れる言葉から、彼女が呪術にも精通しているらしい事実に少しだけ驚いた。どうやら良い師を持っているらしい。こんなもの教える奴がいたら、それこそ異常だ。
「…禁呪だよ」
息を呑む音がした。
「魔力器官も、位置探知も、加護でも何でもエトセトラエトセトラ。上級魔法も禁呪もごった混ぜに次から次へと上掛けして無理矢理俺の身体に縫い付けてくれたせいで、そう簡単には解けなくなっちまった」
これでも随分と減ったものの、いまだに薔薇の花は心臓の上で忌々しく咲き誇っている。
本当は巻き込むべきではないとわかっている。けれど、これ以上時間を浪費することはできない。例え彼女からの純粋な好意を利用する形になろうと、俺は何よりも確実な手を選ばなくてはならない。
「頼む、解呪を手伝ってくれ」
頭を下げながら、胸が鈍く痛むのを感じた。この痛みはきっと呪いなんかじゃなくて、見ない振りをした良心というものなのだろうと思った。