コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――早朝。どうやら本当に此所は鶏が沢山居るみたいだ。
『コケコッコー!』
漫画やドラマでよく再現されるあのシーンが、まさか現実のものになろうとはナンセンスだが、それもまた一興かもしれない。
「おはよー」
雌の兄弟が朝の御挨拶。夜更かししたというのに元気な奴だ。
オレ等猫の朝は早い。夜更かししようが、体内リズムがそう固定されているのだ。
本音を言うともう少し惰眠を貪りたい処だが、遺伝現象がそれを許さない。
「あら? アンタまだ寝てるの?」
勿論、こんな例外も居る。
未だに惰眠を貪っているマザコンに、業を煮やしたのか怪訝に思ったのか、兄弟は無理矢理揺さぶって起こそうとしている。
「早く起きなさ~い」
寝かせといてやれよ。
雌はせっかちだ。しかもこいつは自分が夜更かしの原因を作った事に気付いていない。
オレですらまだ寝ていたいのだから、マザコンならもっとだろう。
幸せそうに瞼を閉じて無視していた。
「ちょ……ちょっと?」
しつこさでは天下一品の雌が異変に気付く。
「この子……息してないよ!」
今は朝だ。寝言にはまだ十二時間も早過ぎる。
面倒臭いが一応の確認を――
「…………っ!!」
本当だった。
マザコンは本当に息絶えていたのだ。
その冷たい肌に生前の温もりは無い。
だが気付かないのも無理からぬ事。
端から見たら、本当に幸せそうに寝てるだけにしか見えなかったからだ。
「どうしてよ……? せっかくアタシ達助かったのに……どうして!?」
兄弟の突然過ぎる死に、雌の慟哭が響く。
オレも流石に状況が理解出来ずに、一瞬固まってしまったがすぐに把握する。
こいつはオレ達兄弟の中でも一番小さく、また身体も弱かった。
母親の庇護を離された時点で、その運命は決まっていたのだ。
本来ならあの寒空の下で終わっていたのが、此所に連れて来られる事で狂った運命の歯車により、僅かな延命処置が施されただけに過ぎない。
『おはよう、寒くなかった?』
女神も御起床あそばせられた。寝起きながらもその母なる大海のような澄み切った裏の無い素敵な表情は、オレの心を掴んで離さないが今はそれ処ではない。
『え……?』
オレ達に手を伸ばしてきた女神も、勿論すぐに異変に気付く。
動いているオレ達と動いていない奴。
その違いは一目瞭然。温もりが違うのだ。
命在る者は熱を帯び、命無き者は熱を失うという事に。
どんな綺麗事や御題目を飾っても、死んでしまえば皆すべからず蛋白質の塊となる。
それ以上でもそれ以下でもない。
『…………』
亡骸を手に暫し呆然としていた女神だが、すぐに血相を変えて叫ぶ。
『みんなっ! ちょっと早く来てぇ!!』
早朝の空気が一気に切り裂かれた。
オレの胸が何故か締め付けられるのを感じる。
何故なら――
オレは未だかつて、あんな悲痛な表情を見た事がなかったから。
************
獄卒勢揃いの中、一人だけ輝かしく浮いている女神に、還らぬ遺骸となったマザコンはその胸に包まれて、朝の寒空の下、庭に作られていく洞穴を見守っていた。
穴を無言で掘り続けるのはミーノスの役割。
オレ達は冥王に抱かれたまま、兄弟との最後のお見送りだ。
正直むさくて嫌ではあったが、この際贅沢は言ってられないだろう。そこら辺の事情は弁えているつもりではある。
「アンタ馬鹿よ……これからもっと楽しい事が待ち受けているって時に!」
冥王の腕の中で、雌の兄弟がその早過ぎる別れに言葉を詰まらせる。
そんなに仲良かったっけ?
兄弟同士とはいえ、猫社会に於いては所詮他猫。
いずれ別れの時が訪れ、それぞれの道を歩むのだ。
そこに兄弟の垣根は無い。
だからオレには、何故こいつが嘆いているのかが理解出来なかったのだ。
だが、それ以上に理解出来なかったのは――
『可哀想な事じゃ……まだこんなにちっこいのに』
『なんまいだぶなんまいだぶ……』
『ごめんね……まだ名前もつけてあげられなくて……』
冥王以下その他はどうでもいいとして、女神の行き場のない嗚咽にオレは戸惑いを隠せない。
理解が出来ないのだ。
何故に違う種の為に、わざわざ泣く必要が有る?
それに女神は何も悪くないと思うのだが、如何にも兄弟の死は自分のせい、とでも言わんばかりに己を責め立てている風にも見える。
死んだのは兄弟が弱かった。ただそれだけの事。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
これは自然界の掟。弱肉強食の摂理。
幾星霜も繰り返しながら、生態系は繁栄してきたのだ。
だからオレは悲しまない。悲しむ道理が無い。
狩りをする時、獲物を可哀想と思うかい?
それと同じ事。
『天国で幸せになってね……』
ミーノスのもぐらの如き穴ほりが終わったのだろう。女神は胸に抱いた兄弟の亡骸を、そっとその無機質な穴に置き、手向けの言葉を贈る。
天国なんてある訳がない。地獄はあってもな。
死ねば土に帰り、無に還るだけだ。
生き残ったオレ達に出来る事は悲しむ事ではなく、兄弟の分まで生きる事だけ。
『うっ……ううっ!』
被さっていく土が遺骸を覆っていく度に、堪えきれないのか女神から断続的な嗚咽が漏れ、それは慟哭へと変わる。
消えていく兄弟の姿と女神の慟哭。
――異変。
産まれた時から共にいた兄弟との別れと、オレ達の第二の母と云えなくもない女神の姿に、オレはこれ迄に無い、ある“何か”が揺さぶられるのを感じていた。
誰か教えてくれ。
何故――
何故オレはこんなに悲しいんだ?