テラーノベル
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ぴしりと。私の営業スマイルに、ひびが入った。
(初めまして!?)
(どの口が言うのよ!?)
(昨日、ばっちりラウンジで会ったわよね!?)
叫び出したい衝動を抑え、引きつる笑みを貼りつける。
「……初めまして。神代社長」
目だけが笑っていた。絶対に楽しんでいる。
その態度を見た途端、理性を追い越して本音が漏れた。
「……本当に、あんたが社長?」
会議室が、しんと静まり返る。
(あ)
(声に出てた)
課長が、ぎょっと目をむいた。
「た、橘さん!?」
隣の森下は、机の下で親指を立てている。
(立てるな)
(今、応援される場面じゃない)
黒瀬さんの眉が、ほんのわずかに動いた。けれど、当の本人はまったく動じない。
「そこからか」
(こいつ……!)
慌てて立ち上がり、深く頭を下げる。
「大変失礼いたしました! 営業部の橘玲奈です。本日はよろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いします、橘さん」
(この生意気ワンちゃん)
(あとで絶対、目にもの見せてやるから……!)
***
会議が始まった。テーマは、働く女性向けのリカバリーウェアブランド案。スクリーンに淡いピンクのウェアが映し出され、RESTIA側の担当者が説明を始める。
「ウェアに内蔵する温熱ユニットは、使用前にUSBで充電します。就寝前に専用アプリと連動させ、香りのケアや睡眠ログと組み合わせる仕様です」
手元のペンが止まった。
(……出た)
(疲れてる人間に、さらに頑張らせるやつ)
瀕死で帰宅。機器を充電。アプリを起動。睡眠データを確認。
(そんな気力が残ってたら、そもそも瀕死になってないのよ!)
課長から水を向けられる。
「橘さん。営業現場の感覚としては、どうかな?」
資料を閉じ、顔を上げた。
「率直に申し上げます。今のままでは、ターゲットの解像度が低いです」
空気が、凍りついた。でも、止まれない。
「充電、アプリ連携、香りの設定。使用前に三工程もあります」
「三工程が多いと?」
すぐに返してきたのは、慧だった。
「多いです。疲れ切った人にとっては、着替えるだけでも面倒ですから」
「温熱ユニットとアプリを外せば、他社の安価なウェアとの差別化が消える」
「外すんじゃありません。着るだけで完結させるんです」
「具体的には?」
「吸湿発熱素材と着圧設計を組み合わせる。香りを入れるなら、交換式のアロマタグにする」
「素材を変えれば、原価が上がる」
「なら、販路を広げます」
スクリーンに映った、淡いピンク一色のパッケージを指す。
「そもそも、“女性向けだからピンク”という発想が古いです。インテリアに溶け込むアースカラーにすれば、自分用だけでなく、家族や恋人へのギフト需要も狙えます。さらに、ホテルの宿泊プランにも提案できます」
「法人向けの販路まで広げる、と」
「はい。単価を下げず、法人向けの一括導入で一定の生産ロットを確保できると見込んでいます」
バチバチと視線が交錯する。会議室の誰もが、息を潜めている。
「面白い」
慧は資料の余白へ何かを書き込んだ。
「では、橘さん。素材変更に伴う原価シミュレーションと、カラー展開による販路案。明日の朝までに用意できるか?」
売られた喧嘩は、受けて立つのみ。
「当然です。明日の朝一番までにご用意します」
「期待している」
その声が、妙に胸へ残った。
(何なのよ……)
こっちの意見へ、容赦なく切り込んでくる。けれど、頭ごなしには否定せず、証明する機会をくれた。
(仕事相手としては……悪くないのかも?)
(でも、絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから!)
***
会議が終了した直後。席を立つ背中へ、声をかける。
「神代社長」
慧が振り返った。正面から視線がぶつかる。
「今お話しした方向性に近い、生地サンプルと過去の試作資料がございます」
「生地サンプル?」
「ええ。資料室にありますので、よろしければご案内します」
もちろん、これは仕事の提案。そして――宣戦布告。
「……案内してもらおう」
「承知いたしました」
先に立って歩き出す。
(会社で“初めまして”なんてふざけた真似をしたこと、後悔させてやるから)
コメント
1件
あおいです、読ませていただきました🌷 第5話、もう冒頭から「初めまして!?」の衝撃がすごかったです(笑)。玲奈さんの営業スマイルにひびが入るシーン、一瞬で昨日のラウンジのやり取りが浮かんで、読んでるこっちまでドキドキしました。あの“この生意気ワンちゃん”感、めちゃくちゃ好きです。 それから会議での切り返し。「着るだけで完結させる」という発想、確かに疲れてる人にとっては充電やアプリ連携ってハードル高いですよね。彼女の現場感覚と、慧さんの容赦ないけど理屈で応える姿勢がお互いに譲らず、すごくいい緊張感でした。ラストの生地サンプル案内も、仕事の提案であり宣戦布告っていうのが、玲奈らしくてかっこよかったです。 続き、すごく気になります!