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喫煙室で二岡に会った。もはや彼は友人のひとりと化した。
「へーえ。いよいよ、自分ちに彼女連れてったんですか。じゃあ次は、彼女んちですね……」にやにやしつつ二岡が煙草を吸う。
外堀を着実に埋められる感覚。
悪くはない。彼女となら、どんなことだって乗り越えれる気さえする。
彼女とつき合っているという話は、いまのところ、二岡のところで止まっている。おれの『演技』の賜物なのか社内の彼女ファンが現実を拒否するゆえなのか。真相は、定かではないが……。
「そーいや三田課長。彼女のどんなところに惚れたんです」
「一目惚れではあったが。仕事っぷりにも惹かれたな……。
仕事の、……というか事務のやり方は二タイプに分けられる。一つのことを掘り下げて、その分野を増やしてくことで点数を稼ぐタイプ。もう一つは、全体を浅く標準化したうえで広げてくタイプ。
彼女。前者に見えて、案外、後者なんだよ……」
「へええ」二岡が興味ありげにおれのことを見てくる。
「つまりはひとに振り回されてほいほい仕事引き受けているように見えて。
案外、シビアに世の中を見ているところがあるんだよ。突き放すべきところではちゃんと突き放す。そういうクールな部分にも惹かれた」
「べた惚れですねえ」と笑う二岡のところには、来年第一子が生まれる。莉子のことがショックだったのか、スピード結婚を果たした。おれが「名前、決めたんですか?」と尋ねると、「候補が二つ、あるんです……困ったもんで」と頭をかく。
「おれの母親も、二つで迷ってたらしいですが、生まれたときにスパーンと決まったらしいですよ」
「まー確かに。カミさんに任すのが一番ですよねえ。……産後の恨みは一生の恨みって聞きますし」
産後がどんなものだかをおれは知らない。だが願わくば――
彼女と、そんな未来を手に入れられたら……。
「じゃあ、お先っす、三田課長」
「うん。おれも行く」手早く煙草の火をもみ消し、二岡に続く。仕事は、戦いだ。山積みの資料。大量のメール。机のうえにあるだろう伝言メモの紙。戦場が、おれを、待っている……。
おれは通りざま彼女の表情を盗み見た。クールそのもの。……感情を仕事に持ち込まない主義は相変わらずのようで、『課長』のまえではにこりともしない。
荒野に咲く一輪の花。
夜には変わるあの表情を楽しみにしつつ、おれは自分の持ち場へと向かった。
―本編・完―