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お昼休みに入ると、待ち構えていたかのように、経営企画課の先輩である中野さんに話しかけられる。
「ねえ桐島ちゃん。あの噂、本当?」
興味津々といった人間の表情はなかなか見ていて面白い。わたしが「はい」と頷くと、きゃー、と高い声を彼女はあげる。
「え嘘嘘。まじまじ。まじで、……桐島ちゃんが、課長と、ぉ……?」
中野さんのランチ友達もやってきてきゃあきゃあ高い声をあげて、当然、この騒ぎは筒抜けのはずで……。課長がデスクを離れる姿を、わたしは映画のコマ送りのように見守っていた。
「昼休み中に悪いな」
影が、落ちる。彼は――わたしにではなく、中野さんたちに話しかけている。彼女たちの好奇の目線を受け止め、課長は、
「噂は事実だ。……おれは、桐島莉子を、愛している」
静かな課長の発言だったが、効果は抜群だったようで、フロア中に怒号のような歓声が響き渡った。
「交際しているのも事実だ」歓声の余波が冷めないうちに課長は言葉を繋ぐ。「しかし、仕事は仕事として、プライベートと分けていく。公私混同するつもりはないが。……なるだけ、きみたちには迷惑のかからないよう、交際を続ける。――なにか、質問はあるか?」
「あ……はい」会社では鉄面皮を通す課長に話しかけるとは、なかなか勇気のある行動であるが、うちの課のムードメーカーである中野さんが挙手した。「やっぱり、課長から告ったんですか? 課長、桐島ちゃんだーいすきですものね! むしろ、うちに入社したときから桐島ちゃんにベタ惚れ……」
「えっなんですかそれ」知らないのか、同じ課の三島(みしま)さんが質問をすると、中野さんは、嬉しそうにうっふと笑い、
「はいはーい! 課長! せっかくですから、今日、飲みましょう! 課長と桐島ちゃんについて、もっともっと知りたいひとー!」
中野さんが手を挙げると、課の全員どころか、お隣の部署のメンバーまで挙手していた。……それなりに覚悟はしていたが、これほどまでに効果があるとは。課長のファンって、すごく、多いんだな。
ほぼフロア中の皆の注目を集め、課長がどんな顔をしているのか、こっそり盗み見れば、課長は――やれやれ、と肩を竦め、わたしを見て小さくウィンクをした。
俯き、胸を押さえる。どくんどくん……鼓動が加速する。
今更恥ずかしくなってきた。――昨日、課長に抱かれました。自分の爆弾発言。そしてなによりも――。
『……おれは、桐島莉子を、愛している』
力強く言い切ったあの声音。麗しい声。真摯な眼差し――プレゼンをするときのように堂々と、彼は、自分の秘めていた真実を言い切った。その潔さはいっそすがすがしいほどで。
ねえ、初めて課長に抱かれてからいったいどれだけ愛されたのかあなた覚えている――?
と、わたしのなかの淫乱なわたしが問うてくる。キッチンで、後ろから熱い熱いペニスを押し込まれ、淫らに、喘いだ。乳房を揉みしだかれ、耳たぶを舐められ、びくびくと到達したわたしのそこを味わいこむように課長がわたしのなかで動き……
『いきやすい莉子が、おれは大好きだよ……』
崩れそうになるわたしを、しっかりと背後から支えながら彼がくれた愛の言葉。行動。どれもが……わたしのなかに刻まれている。大切な記憶として。真実として。
ああ。ここが会社じゃなかったら課長に抱いて貰うのに。めちゃめちゃにして……濡れて、感じて、性の奴隷と化すことをあなたは許してくれるのに。
わたしは顔を起こした。課長は口パクで、なにかを言ったのだが、わたしには聞き取れなかった。首を傾げれば、課長が、メタルフレームの奥にある目を細め、ウィンクなんかしてくる。――はう。だからもう。
そんな綺麗な顔しといて、ウィンクとか、は、反則です……!
「分かった――分かったから」交際宣言を受けて騒然とするメンバーをまとめあげるのはやはり、課長だった。手を挙げるだけで、キリストのように彼は空気を変える。「なら、明後日にしよう。今日はまだ月曜日だ。みんなそれぞれに予定もあるだろうから無理はしなくていい。場所は東京駅辺りで、済まないが、桐島くん。このメンバーが入るだろう店を見繕ってくれないか?」
この経営企画課で最年少はわたしなのだから確かに、わたしがすべきなのだが。でも疑問が。「はい課長。構いませんが――わたしでいいんですか?」
飲み会の店探しであれば中野さんあたりがうってつけだろうに。
いまだ高鳴る胸を押さえつつ、わたしが課長を見つめ返せば、
「なにか食べたいものがあるのなら中野さんの協力を仰ぐといい。莉子。おれは――きみの、喜ぶ顔が、見たい」
雷のような悲鳴がまたも湧きおこった。女子社員のなかには、絶叫して目を見開いたまま固まる者もいれば、崩れ落ち、「しっかりして!」と支えられる女子社員も。……ああ、課長の言動はもはや、暴力だ。
わたしは動じることなく、
「分かりました。……一言だけ公私混同をさせて頂くと、わたしは、わたしの喜ぶ顔を見て喜ぶ課長が見たいです」
この発言を受けて、何故か奇声があがり、今度は男性社員が複数、倒れ込んでいた。
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