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ラギーはかなりの大きさになるボストンバッグを肩に掛けて鏡の間に急いでいた。こんな真夏日に猛ダッシュしなければならないくらいに時間ぎりぎりになってしまったのはレオナに細々とした雑用を押し付けられたせいである。汗をダラダラながし、息を切らしてようやく鏡の間にたどり着くと、マジフト部の部員30人余りが集まりざわざわとしていた。


「レオナさーん!点呼終わっちゃったッスか?!」

「てめぇで最後だ……とっとと並べ」


レオナに急かされラギーはなんとなく列になっているところの最終尾に並んだ。なぜマジフト部がこんなところに集まってるかというと


「てめぇらよく聞け。遠征だからってはしゃぐんじゃねぇぞ。面倒が増える」


と、いうことだ。マジフト部は今度の大会に向け5日間の強化合宿を行うことになった。なんでも今年は予算がおりてちょっといいところに泊まれるらしい。元の目的が練習だとしてもやはりティーンな部員たちはちょっぴり浮かれてる。ほぼお泊まり会感覚だ。

列が動き出した。ラギーが辺りを観察し考え事をしていた間に諸々の準備が整ったようだ。


このあとマジフト部一行は闇の鏡を通り、夕焼けの草原の大きなターミナル駅に行く。そこで電車に乗り2時間ほど揺られると目的地に着く。宿泊地は夕焼けの草原のサバンナのイメージとは遠く、近辺は森と湿原がひろがっており、いかにも避暑地じみた場所らしい。もちろん気温は夏でも涼しめで激しい運動にはもってこい。最高のロケーションだ。




電車に揺られラギーは車窓からの景色を眺めていた。どこまでも乾いた大地が広がり、時々アカシアやらの木が生えている。サバンナのド真ん中に線路が敷かれているものの結界により野生動物が事故に合うことはほとんどないそうだ。ちらほらとシマウマやガゼルの群れを見かけるが、電車の音に余り驚いていない様子。事故が起こることは無いため警戒心が薄れていったのだろうか。

レオナとエペル、ラギーは同じボックス席に座っていた。レオナはバッチリ眠っていて起きそうにない。エペルは初めて見る夕焼けの草原の景色に夢中だ。なんとなく後輩に窓側を譲るレオナも中々先輩らしく、ラギーはそういえば気遣いとかできたなこの人……と失礼なことを考えた。


「あの、ラギーサン」


「ん?なんスか?」


「ちょっと雑誌で調べてみたんですけど、今から行く所って運がいいと蛍が見れるらしいですよ」


そう言ってエペルはとある旅行雑誌を見せた。そこには幻想的な蛍の写真が掲載され「必見!蛍が作り出す美しい世界」と煽り文が書かれていた。どうやら宿の近くの湿地周辺は蛍が生息しており、ちょうど今頃になると蛍が光っているのが見れるらしい。


「蛍?ちょっとエペルくん。観光に行くんじゃないっスよ。確かにちょっとみたいけど」


そう簡単には見れないだろうしな〜とラギーは続けた。後輩を嗜めるような口調だが、エペルはこれがラギーなりの可愛がりだと知っているのであんまり気にしなかった。


「でも、見れたらすごい思い出になると思いません?実家は山間だったんですけど、寒かったので見たことないんです」


「でも、そもそも夜間の外出は禁止ッスよ?もしレオナさんに見つかったらえらいことに……」


「あぁ。なるな」


「レオナさん!?」


「レオナサンが起きた……」


ラギーが爆音で起こしたってめったに起きないレオナがこんな雑談で目を覚ましたので二人は動揺した。しかも、なんだか浮かれているような話題だったから少し恥ずかしかった。


「レオナさん、ホントにやるつもりは無いんで……」


「そのほうがいい。もしやったら次の日立てなくなるまで走り込みだからな」


「「ひぇっ……」」


レオナは有言実行する男だ。立てなくなるまでと言ったら本当にぶっ倒れるまでしごいてくる。今までの練習でしっかりそれが身にしみている二人は絶対に夜間外出はしないと心に誓った。


その後は何気ない日常の話を続いた。レオナはそのうち寝てしまったが、エペルとラギーは部活はもちろん寮のこと、学校の課題や先生への愚痴を思う存分話した。

話していると2時間なんてあっと言う間で、宿の最寄り駅に着いた。ここからは徒歩で宿泊地へ向かう。少し遠いがさすが運動部。30分ほどで到着した。


宿泊する施設はいわゆる少年自然の家、というやつだ。丘の中腹にありバスなどでも来られるよう道路が整備されている。さらに道路を上がると展望台があり美しい景色が一望できる。部屋割りは4人部屋と8人部屋で、くじ引きで決めた結果先程の電車で同じボックス席に座ったラギー、レオナ、エペルの3人で一部屋だった。なぜ3人かと言えば端数になってしまったからである。部員(主にレオナ部長ガチ勢)に猛烈なブーイングを浴びせられたが決してズルではない。


各部屋に入り荷物整理をする。レオナはめんどくさいからと事前にキャリーバッグを送っていたのでそれを受け取り、ラギーに開封を丸投げした。ラギーは慣れた手付きで自分とレオナ2人分の荷ほどきをし、苦戦しているエペルを手伝った。実家に帰省するときにラギーはいつも大荷物なので手慣れているのだろうが、完全に母親の立ち回りである。だがエペルは賢いので口には出さずお礼を言うにとどめた。レオナはその間やっぱり寝ていた。3秒あればレオナはどこでも寝れるのだ。


朝に出発したとはいえ今はもう昼過ぎだ。荷ほどきを終えてちょうどお腹がすく頃、とそこにいい匂いがしてきた。実はマジフト部、事前に料理当番を決めていた。有能すぎる。レオナにはもちろん当番はなくラギーとエペルは4日目の夜が当番だ。美味しそうな匂いに誘われたラギーとエペルは半分夢の中にいるレオナを引きずって食堂へ急いだ。もうすでにちらほらと待ちきれない部員が席についていた。普段は料理をしなさそうに見える部員たちがどんなとんでも料理をだすかとエペルは不安に思っていたが、それは杞憂に終わった。肉体づくりのためにタンパク質多めでバランスのとれたメニューだ。料理本何かを参考にしたのだろう。全員がそろったところで食べ始め、3人は各々食事を楽しんだ。食事の後半はレオナが野菜を残そうとし、ラギーが食べさせようとする不毛な攻防戦が行われて食事時間は大幅に伸びた。部員は大いに盛り上がり、結局レオナが根負けして野菜を食べる結果となった。余談だが、毎回の食事でこの争いはおこり5日間での勝率は五分五分という結果に終わった。


午後からはマジフトの練習だ。運動着に着替え、広いマジフト場に移動する。そこからは地獄だった。走り込みやディスクチャッチなどの基礎練習もいつになく厳しく、模擬試合では部員はレオナに注意や指摘をいつも以上にされまくった。1年生はもちろん合宿を経験済みの2、3年生も疲弊した。今年のレオナはなんだか気合が入っている。なんせオバブロ後なので。不正が駄目ならしごきまくって部員の能力を底上げしようというわけだ。練習を終える頃、マジフト場に立っていたのはレオナただ一人だった。他は全員ダウンしていた。が、レオナは2年、3年を叩き起こし部屋に帰らせた。立てない1年生を抱えてヨロヨロと帰る姿はまさに死者の行進だ。レオナは部員が残らずマジフト場を去ったことを確認した後、ひとり悠々と部屋に戻った。


疲弊した部員たち(1名を除く)は夕食をモリモリ食べて大浴場にみんなで浸かり疲れを癒やした。大浴場はさすが男子高校生。めちゃめちゃうるさかった。が、


「あの……。ちょっとうるさいかな。静かに……して?」


というエペルのツルの一声で途端に静かになった。さすがマジフト部の姫。最近は本人もそれを利用して部員をいいように扱っているがそれにしてもすごい効果だ。かわいい容姿を武器にしたエペルはこれからもっとしたたかで強くなるだろう。ラギーはかわいい後輩の将来を想像して楽しみになった。


お風呂からあがったら各自部屋に戻って自由時間だ。レオナはなんやかんやかわいい後輩たちには甘いので、カードゲームの類は禁止しなかった。そのため今頃はどの部屋でもトランプやらUNOやらをやっていることだろう。しかし、ラギーたちの部屋は3人部屋。しかもレオナは

静かなとこ探してくる、などと言い残して部屋から出て行ってしまった。おおよそひとり静かな場所で作戦や練習メニューを練っているのだろう。2人はわざわざ止めはしなかった。部屋に残されたのは2人。どんなルールで遊んでも2人では盛り上がりにいささか欠ける。


「暇ッスねぇ〜」


「ラギーサン、あの、今日の練習でちょっと難しいところがあって……」


エペルは一冊のノートを取り出しておずおずとラギーに声をかけた。表紙には部活ノート、と記されている。


「おっ!エペルくんは勉強熱心ッスねぇ。オレが教えられることならなんでも聞くといいッスよ。ただし……」


「お礼には実家で採れたりんごを」


「ラッキー!なんでも教えちゃうッス♪」


エペルも流石にラギーの扱いに慣れたらしく、実家のアドバンテージを活かしてラギーに教えを乞うた。入りたての頃はこのノリにオタオタしていたのに随分な変わりようだ。いや、こっちが本当のエペルだろうか。こんなところでもラギーは後輩の成長に気づき嬉しくなった。実はラギー、目をかけているエペルにはなんの見返りもなく教えてやってもいいのだが、それはそれで恥ずかしいのでこうして見返りやらのやり取りをしている。かっこいい先輩として見られたいのはやまやまだが普段の振る舞いと違うことをするのはやはり気がひけた。ジレンマというやつだ。そんな考えを内に秘め、ラギーは笑顔で応えた。


エペルは几帳面にノートに部活での教えを書き留めており、アドバイスや叱責は丁寧にまとめてあった。エペルの真面目さが伺える。ラギーはエペルの疑問に対して逐一丁寧に教えてやり、何なら

「明日のペア練のときに実際に練習しよっか。スポーツは実践あるのみッス!」

とか言ってみた。ラギーはエペルのことを高く評価している。小柄な体格ながらキツイ練習に食らいつき、必死にレギュラー入りを目指す姿は去年のラギーにそっくりだ。向上心があり真面目、ちょっとワルで何よりもかわいい。やはりかわいいは正義。かわいい後輩にいいところを見せたくて必死だった。




ガチャ


「…!てめぇら、なんでまだ起きてんだ」


「あ、レオナさんおかえりなさい。まだそんな経ってないと思いますけど……えっ!?」


驚いたラギーが時計を見ると消灯時間をだいぶ過ぎている。エペルとの会話に夢中になり時間を確認するのをすっかり忘れていたようだ。


「すみませんレオナサン。」


「はぁ、他の奴らはとっくに寝てるぞ。今日は見逃してやる。早く寝る準備をしろ」


「あざっす!んーと、じゃあエペルくん。そのへんのノートとかペンどけてほしいッス。布団敷いちゃうんで」


「は、はい!」


ラギーは部屋にある引き戸を開けて中の敷き布団をガッと持ち上げた。そしてエペルが片付けてくれたため何も無くなった床に大胆においた。そこからはシーツを目にも止まらぬ速さでつけ、次いで棚から枕を3つぽいぽいっと投げた。エペルも負けじと掛け布団を体を目一杯使って持ち上げて、敷き布団のそばまで持ってきた。


「ラギーサン……これを……」


「エペルくん気がきくッスね!もうドサッとおいちゃってイイっスよ」


「んっ……しょっと」


「シシシッ。ベッドメイク完了ッス!」


すると、今まで何もせず静観していたレオナがやってきて一番端の布団に潜り込み寝てしまった。


「レオナサンって本当によく寝ますよね」


「本当に、どれだけ苦労してきたことか。今日は疲れたしもう寝るッス。明日に備えなきゃ」


「そうですね。おやすみなさい、ラギーサン」


「ふあぁ…おやすみ〜」


残り2人も布団へ入りその柔らかさに身を委ねる。普段と違う環境ではあったものの、厳しい練習による疲労感ですぐに眠りについた。




時は過ぎ4日目の夜


ラギーとエペルは疲弊しきっていた。連日のマジフト練はいくら10代だとしてもさすがに体に響いている。それに加えて2日目の練習の際、レオナにいつも以上に厳しくされたのもある。見逃すなどと言っていたが完全に嘘であった。それでも2人は頑張らなければならない。なんせ今日の夜は料理担当だからだ。屈強なマジフト部の部員全員が満腹になる料理の量を考えると一筋縄ではいかないだろう。ラギー、エペルの他にも3人の料理担当の部員がいたがそれでも不安だった。料理担当はマジフトの練習を早めに切り上げて料理を作り始める。エプロンをつけて、手を洗い準備完了だ。


「うーんと、取り敢えず今日のメニューの確認を……」


「あっ!カレーだ。僕カレー大好きです」


「オレもッス。手軽に作れるし、これなら失敗もめったにしないッスね」


「まず何から始めればいいんだろう……」


「最初は食材を切るところからッス。エペルくんにはジャガイモ剝いてもらおうかな、その間に人参切っちゃうッス」


「はい!」


エペルがジャガイモの山を前にして一生懸皮を剝いている傍ら、ラギーはすでに洗ってあるニンジンを手慣れた手付きで乱切りにしていく。切られたニンジンをかごに入れてまな板をあけ、さらにニンジンを切る。トントンとリズムよく切っているとエペルが声をかけた。


「ジャガイモ剝き終わりました。次は……」


「あー、じゃあジャガイモ切っとくんで玉ねぎ剝いてもらおうかな」


「分かりました」


そんなこんなで野菜の山ができあがった。次はこれを大きな鍋に入れて炒める。ラギーのこだわりポイントだが、汁物に入れる野菜はわざと焦げ目をつける。焦げ目から旨味が出るのので一層美味しくなるからだ。ジュージューとした音と少し焦げ臭い匂いに食欲を刺激される。炒め終えたら水を加えて野菜の中に火が通るまで煮る。そしてルーを入れるのだがこのときに隠し味を入れる。ラギー家秘伝、と言っても世間一般的なものではあるが


「摺りりんごですか」


「エペルくんちはどうッスか?隠し味」


「うちも摺りりんごです。あとははちみつもいれますね」


「はちみつなら冷蔵庫にあった気が。ちょっと待ってて……。あ!あったッス。せっかくだしはちみつも入れちゃお。量はどんくらいッスか?」


「大さじ一杯位が丁度よかったですけど…この量だとどれくらいかな……」


「まぁ、いっぱい入れよう!カレーはどんなふうに作っても絶対に不味くはならないッス」


そしてラギーが具材を煮込んでいる大鍋にドバドバはちみつを入れていると、


「ねぇラギー、エペル!ちょっとこっち手伝ってくんない?」


サイドメニューを作っていた部員から声がかかった。随分と苦戦しているらしい。


「オレだけじゃダメッスか?」


「ごめん。2人にも手伝って貰わないと夕食の時間に間に合わないかも」


「でも、カレーは誰かが見ておかなきゃいけないし……」


「ラギーサン、どうしましょう」


ちょうどその時、キッチンにレオナが現れた。


「おいラギー。その辺にスポドリの予備あるか?明日の分が足りねぇらしくてな」


なんとなく言葉から「練習は今は休憩時間であること」「レオナが暇であること」を見抜いたラギーはひらめいた。


「レオナさん!いいところに!」


「?」


「ちょっとそこのカレー見といてくれます?人手が足りなくって……」


「すみません、レオナサン。おねがいできますか?」


「はぁー。面倒くせぇ。魔法でやりゃいいだろうが」


「それができたら苦労してないんスよ!!とにかく、飯が食いたかったら鍋かき混ぜといてください。いくら料理をしないレオナさんといってもカレーを不味くするのは不可能ッス」


「チッ……分かった。見ときゃいいんだな?」


「余計なことしちゃだめッスよ!」


レオナは持っているスマホでマジフト場にいる部員に連絡を済ませ、不機嫌そうに鍋を覗き込む。ラギーとエペル、その他部員は不安ではあったもののレオナに任せることにした。カレーのサイドメニューにはシーザーサラダにレバニラ炒め、それに熱砂の国風に生春巻きも用意しなければならなかった。これだけの品数、しかも大量に作らなければならない。流石に3人では無理があったのだろう。サラダは用意されていたが生春巻きはまだ3分の1、レバニラ炒めは全くできていなかった。ラギーとエペルは気合を入れてとりかかった。




なんとか料理が全て完成した。夕食の時間ぎりぎりだった。が、


「えぇ〜〜!?レオナさん!?めっちゃカレー焦げてるんですけど!」


「焦げてる?」


「ほらこれ!この黒いのは全部焦げッス。ちゃんと底の方までかき混ぜるのを伝え忘れた……」


流石のラギーもこれは予想できなかった。まさかレオナがカレーが焦げることを知らないとは。レオナは何が悪いのかなんとなく理解したようで、ばつが悪そうにしている。


「ラギーサン、多少焦げててもカレーは美味しいですよ」


「そうッスけど……」


「あー。悪かった?」


「いや、レオナさんの思考を予測できなかったオレのミスッス。それにレオナさんのやらかしなら誰も文句は言えないッス」


「ラギーサンそれフォローになってないです」


そんなやり取りをしているとちらほらと部員がキッチンに併設された食堂に集まってきた。できた料理を取り分けてテーブルへと運ぶ。少しは罪悪感があるのかレオナも魔法で手伝ってやった。部員たちがざわざわし始める。焦げ焦げカレーに疑問を持っているようだ。当たり前だ。あのラギーブッチがキッチンに立っていながらカレーを焦がすなどという失態は普段ならありえない。そう、ふだんなら。部員が全員集まるとラギーは皆の前に立ち、レオナがやらかしたことを部員に詳らかに伝えた。部員たちは合点がいったようで、部長の作った飯が食えるなんてと喜んでいる者もいた。一時はどうなる事かと思ったが一件落着である。




「いやー。食った食った」


「結局5杯もカレー食べてましたね」


「せっかくおかわり自由なら食わなきゃ損ッス!ほらおしゃべりしてないで、早くお皿洗っちゃいましょ」


料理担当は後片付けもしなければならない。今はラギーとエペルで皿を洗い、他の3人が拭いて食器棚に戻してくれている。


「あ、ラギーサン」


「ん?」


「蛍の話覚えてます?」


「電車で話してたやつ?それがどうかしたんスか?」


「いや、結局蛍は見れそうにないなと思って」


「そりゃそうッスよ。めったに見れるもんじゃないし、それにこういうのは蛍なんかよりもみんなで合宿したことの方がよっぽど思い出になるっすよ」


蛍を密かに楽しみにしていたエペルは少し落ち込んでいたのでラギーは慰めてやった。どんな旅行でも記憶に残っているのはいい景色よりも仲間内ではしゃいだことや美味しい料理の方が多い。蛍が見れなくたってこの5日間はエペルにとってかけがえのないものになるだろう。


「そう、ですよね。うん。きっと蛍を見たことより、レオナサンがカレー焦げ焦げにしちゃったことの方が記憶に残りそうです」


「シシシッ。エペルくんも言うようになったッスね。NRCに染まってきたようで何よりッス」


2人は顔を見合わせて笑いあった。やはり2人の相性は良いようだ。無駄話をしていたもののラギーが要領よく洗ってくれていたお陰で片付けを無事に終えることができた。2人は部屋に戻ることにした。




もう就寝時間だ。今日も今日とてラギーはエペルに色々と教えてやっていた。最終日にしごかれるのは勘弁なので布団を敷いていそいそと就寝準備をする。そのうちレオナが帰ってきてみんなで揃って夢の中だ。


ラギーは何故か目が覚めてしまった。今日は夏らしく熱帯夜で寝苦しかった。そのため起きてしまったのだろう、と結論づけて二度寝する……手前で違和感に気づいた。レオナの匂いが薄い気がする。眠い目をこすり隣にあるレオナの布団をバフバフ叩くと人の感触がない。レオナがいない。ラギーと同じように寝られなくて何処かへ出かけたのだろうか。ラギーの意識は途端に覚醒した。レオナの居場所を確かめなければ。普段なら放っておくはずなのに、今日はこの焦燥をなだめることができなかった。本来なら夜間外出は禁止だ。レオナに見つかれば今度こそ立てなくなるぐらいの練習をさせられる。それに、レオナを探すのにそのレオナに見つかればアウトとは随分と矛盾している。それでもラギーはエペルを起こさないようそっと部屋を後にした。


レオナの匂いを追ってラギーはそっと足音を殺して歩いた。そして宿の外、すぐそこにある広場のベンチに腰掛けてなにか思案にふけているレオナをみつけた。


「ちょっとレオナさん!こんな夜中に何してるんスか」


「ラギー……なんでここにいやがる」


「こっちのセリフッス!もう、レオナさんったら。こんなことだろうと思ったッスよ」


「夜間外出は禁止だ。相当しごかれてぇようだな。練習熱心なようでなによりだ」


ラギーはベンチに腰掛けているレオナの横にドカッと座り、レオナの目をまっすぐ見てこう言った。


「急にいなくなったら心配だし、別にこういうことやってもいいんで書き置きなり声かけるなりしてくださいよ。オレたちのことそんなに信用できないッスか?もっと信用してほしいッス」


ラギーは少しブスッとしながらレオナに告げた。レオナはそんな言葉は予想していなかったようで驚いた様子だ。すこしの間静止して、目を数回ゆっくりと瞬いてこう告げた。


「ラギー、オレがふらふら出歩くことぐらい知ってるだろ。別に信用してるとかそういう問題じゃねぇ。まぁ、何も言わずに出てきちまったことについては、謝る」


レオナはふいとラギーから目線をそらして正面を向いた。ラギーはレオナが自身の意見を素直に聞いてくれたことに驚いて、耳がピンとたって口が変に曲がった。嬉しくてニヤけるのを必死に食い止めているのだ。レオナがこちらを見ていなくて助かった。


「ラギー」


ふとレオナが声をかけた。ラギーがレオナの方を向いてレオナの目線を辿ると、そこにはふよふよと光が漂っていた。


「ほ、たる?……蛍ッス!レオナさん!蛍いるッスよ!!」


「うるせぇ。言われなくたって見りゃわかる」


ラギーは蛍に大興奮しレオナをゆさゆさと揺さぶった。レオナはそれにいや~な顔をしつつ、目はしっかり蛍を捉えていた。2人の故郷はここ、夕焼けの草原だが気候は全然違う。王都では空気が乾燥しており蛍は見ることができない。人生初の蛍だ。レオナもちょっと興奮していた。その証拠に耳がピルピルと忙しなく動いている。不意に蛍が道路の方へと飛んでいった。その道路を上がると少しひらけた展望台のようなところがある。小高い丘のようになっているため、朝日と夕日が綺麗に見れるのだ。


「レオナさん!追いかけましょう!」


ラギーがレオナの腕を掴んで駆け出す。レオナは少し驚いたものの、諦めたように笑ってラギーに付き合ってやることにした。心配をかけてしまった償いのようなものだ。もつれそうになる足を無理やり前に出して2人は駆け出した。


ぐんぐんと坂を上がっていく蛍を追いかけ2人も坂を駆け上がる。腕を離すことなく、ラギーはレオナの腕を掴んだままだ。坂の左手は森、右手は崖になっておりガードレールの向こう側に新緑の海が見えた。ラギーは学園で見た海を思い出した。


走っている内に展望台までたどり着いてしまった。蛍は仲間を探すようにふらふらと飛んでいる。ラギーとレオナは乱れた息を整えていた。膝に手をついて地面を見ているラギーが言う。


「あ゛〜!もう、せっかく追いかけてきたのに何もなかったッスね」


「待て、蛍が増えてる」


ラギーが目線を蛍に戻すと蛍が2匹になっていた。いつの間に増えたのだろうか。どこからか蛍が集まってきて彗星のように素早く光の尾を引いて飛んでいる。どんどんと蛍は数を増し、光は2人を包んだ。先程まで2人の間にあった暗闇は姿を消して、代わりに暖かな光が満ちていた。


「なぁ、ラギー」


レオナが声をかけた。


「なんスか?」


ラギーはレオナの方へと向き直って、少し緊張して返事をした。信じてほしい、なんてクサいセリフを吐いてしまったし、このあとレオナに何を言われるのかてんで予想がつかなかった。蛍が飛び回っており、レオナの姿がよく見えない。少し駆け寄って、距離を詰める。ラギーが少し手を伸ばせば簡単に触れることができるほど近づいた。

レオナはラギーが今まで見たどんな笑顔よりも優しく、目元を緩めて笑っていた。穏やかな笑みだった。翡翠の両眼でしっかりとラギーを見つめて、


「いや、ただ、綺麗だなって思っただけだ」


と言った。ラギーは思わず顔をほころばせた。そうして、こう言ってやった。


「そうッスね!」


そうして、レオナに抱きついてやった。レオナは予期していたとばかりに抱きとめてやり、夏だというのに2人は身を寄せ合っていた。朝日が上るまで、蛍が姿を消すまで、今までの分を取り戻すように2人はそうしていた。




電車に揺られラギーは車窓からの景色を眺めていた。結局あの後、レオナとラギーは急いで部屋へと戻りなんでもない風を装った。しかし、2人共ほとんど寝ていなかったため特にラギーはマジフト練習中散々であった。レオナも指示にキレがなく、なんとも煮えきらない最終日となった。


5日間も泊まった部屋を去るのは少し名残惜しかった。エペルは荷物を無理やり詰め込もうとしていたためラギーは慌てて止めて、エペルと2人で服をたたみ直した。服のせいでスペースがなくなるのは旅行あるあるだ。レオナは相変わらずラギーに作業を任せて寝てしまっていた。


「ラギーサン」


エペルから声をかけられて意識が引き戻される。


「ん?どうかしたッスか?」


「昨日の夜、何処かへ行ってましたよね。どこに行ってたんですか?」


「んぇえ!?気づいてたんスか?!」


「はい、物音で目が覚めて」


エペルは昨晩、ラギーが部屋を出る音で目が覚めてしまったらしかった。


「お2人共いないので心配しました」


「ごめんッス。レオナさんがいなかったもんだから探しに行ってただけッスよ」


「怪しい……」


「も〜。なんにもないっスよ」


エペルはいぶかしそうにこちらを見て、拗ねたように言った。


「もしかして、2人で見に行ったんじゃないですか?蛍」


「そんなことオレがするわけないッスよ!そもそも、レオナさんがその場にいたら絶対にとめられるし!」


「あぁ、そうだな」


「「!」」


「なんだその顔、オレが起きてちゃ悪いのか?」


「いや、そういう訳じゃないッスけど……」


このやり取り、行きの電車でもやっていたなぁとラギーとエペルは心の中で思い出を噛み締めていた。本当にこの先輩は、怠けているようでちゃんと周囲は見ているのだ。


「とにかく、オレらはなんもせずに部屋に帰ってきた。ただそれだけだ」


「そうッスよ。だから拗ねないでほしいッス」


「拗ねとらんばい!!……ん゛んっ。本当に、蛍は見ていないんですね?」


するとレオナはいつもよりも少し柔らかく、シニカルに笑って、ラギーはいつものように元気に笑ってこう言った。


「蛍はいなかった」


「蛍はいなかったッス!」



—-END—-

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