テラーノベル
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「ねぇ、夏ってさ」
そう切り出したのは、夕暮れの商店街だった。
蝉の声が少しだけ遠くなって、風鈴が小さく鳴る。
私はラムネを一本買って、ベンチに腰を下ろした。
ビー玉を落とす音が、夏の始まりみたいに響く。
隣には誰もいない。
……はずだった。
「また来たんだ」
声がした。
振り向いても、人はいない。
でも、この声を私は知っている。
毎年、夏になると聞こえる声。
「今年も遅かった」
「ごめん」
返事をすると、風が少しだけ笑った気がした。
この場所には、小さい頃から来ていた。
誰にも言っていない秘密の場所。
悩んだ日も。
泣いた日も。
嬉しかった日も。
私はここでラムネを飲む。
「今年はどんな一年だった?」
声が聞く。
「……あんまり上手くいかなかった」
少しだけ沈黙。
「でも、頑張った」
そう付け足すと、風鈴がまた鳴った。
「それなら十分」
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が少し軽くなる。
夕焼けはゆっくりと茜色から群青色へ変わっていく。
夏は、終わるのが早い。
だから私は、毎年ここへ来る。
忘れないため。
頑張った自分を。
泣いた自分を。
笑った自分を。
全部、ちゃんと連れて秋へ行くため。
ラムネを飲み終える頃には、空に一番星が光っていた。
「また来年」
そう言うと、返事はなかった。
代わりに、少しだけ涼しい風が頬を撫でる。
きっと、それが返事だった。
私は立ち上がる。
後ろは振り返らない。
来年もまた、ここへ来られるように。
今年の夏を、大切に生きようと思った。
ラムネの瓶を空へかざす。
最後に残ったビー玉が、夕焼けを映してきらりと光る。
夏は、終わる。
でも、思い出は終わらない。
だから今日も、私は前を向いて歩き出す。
コメント
1件
うわあ…読んでてじんわり切なくなった。秘密の場所で、見えない誰かと交わす他愛ない会話。それだけでこんなに心が温かくなるんだね。ラムネのビー玉が夕焼けを映す描写、すごく好き。ちゃんと前を向いて歩き出そうとする主人公の強さが伝わってきたよ。また来年もここに来てほしいな、って思った。