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噂の転校生が担任に連れられて教室に現れたのは、2学期の始業式の日だった。
「転校してきました「いふ」といいます。よろしくお願いします。」
短く挨拶をすると担任に促されて空いている席に着く。
ないこは後方からその様子を眺めながら、夏休み中の出来事を思い返していた。
りうらから転入者の話を聞いた後、程なくして空き家の古民家に家族が移り住んできた。
親子と思しき2人の男性が荷運びをし、役場の若者も何人か手伝いに駆り出されている様だった。
母親らしき姿は見かける事は無く、体調が悪いというのは事実なのかもしれなかった。
ないこ達は同級生であるという少年と接触を図るべく引っ越しの手伝いを申し出てみたが、さほど荷物も多くないと断られてしまった。
次の手を考えていたないこの元に、村長の息子であるりうらの父親から声がかかった。
「今度引っ越してきた所の息子君、ないこ達と同級生なんだ。隣町の県立高校に転入するから面倒見てやってくれ。」
「もちろん構わないよ。たぶん朝も一緒に登校するんだし、早く仲良くなりたいしね。」
ないこは願ってもない申し出に喜んだ。
しかし、上手くいかなかったのはその後。同級生のいふ君はとにかく扱いづらかった。
「えーと、学校関係で何かわからない事ある?」
「無いです。」
「じゃあ、新学期から村の奴らと一緒に高校行くし顔合わせしとく?」
「別に登校する時に会うなら、その時挨拶します。」
「…敬語やめない?」
「まだあまり親しくないので…。」
「だったら仲良くしようよ〜。」
「…すみません。馴れ馴れしいの苦手なんです。」
まさに暖簾に腕押し。…ないこは自分が引っ越してきた時、どうやってみんなと仲良くなったか思い出してみたが、いつの間にか…としか思い出せなかった。
そうして「いつの間にか仲良くなってたら…」と期待していたら、あっという間に夏休みが終わり2学期に突入していたのだ。
新学期の教室で夏休み中の没交渉を思い出し、ないこは机に肘をつき前方のいふの背中を睨む。
おそらく転校前の制服だろう、ないこ達の学ランとは異なるブレザーを着て、いふは静かに目立っていた。
ただでさえ珍しい2学期からの転校生。それに加え整った顔立ち、均整の取れた長身、そして無口で落ち着いた様子は大人びた印象を受ける。
「すっげえモテそう。」
ないこの素直な感想である。俺にはあんなに塩対応でも、きっと女子には違う顔を見せるに違いない。
「なんかムカつくなー。」
別に特別意識して欲しい訳ではない、が。
田舎の駄菓子屋の前に集まって、一緒にくだらない話をするくらいには仲良くなりたいものである。
「ーーでは今日の授業はここまで。えー、ないこ。いふに部活や委員会の説明をしてくれないか?色々わからないだろうから面倒みてやってくれ。」
担任は拝む様なポーズをして、ないこに全てを丸投げして教室を出て行った。頼りにされるのは嫌いではないが、大人たちはないこに甘えすぎな気がする。
ないこは「はぁ。」とため息だか返事だかわからない声を出して、前方のいふに目を向けた。
もの珍しい転校生は数人の男女に取り囲まれて質問攻めにあっていた。
「どこから来たの?」
「身長いくつ?」
「彼女いるの?」
明らかに面倒そうないふに、ないこは助け舟を出す。
「おーい、いふ!帰る準備できたら委員会の説明とかあるからこっち来て。後ろで待ってるから。」
ないこが声をかけると、いふは急いで教科書をカバンに押し込み後ろに逃げてきた。
「ちょっとー、ないこく〜ん。転校生独り占めしないでぇ。」
クラスの女子が口を尖らせて文句を言う。
「ごめんねー。俺生徒会役員だからさ、お仕事しないといけないのー。別の日に遊んであげてね。」
ないこが笑顔で軽く言うと、女子は拗ねた様にほっぺたを膨らました。
「もぅ、今度ないこくんも一緒に遊ぼうね。カラオケにも全然付き合ってくれないんだからぁ〜」
「ごめん、ごめん。また今度ね。」
騒ぐクラスメイト達に形ばかりの謝罪をすると、ないこはいふの肩を押して教室を出た。
「なんで女子って、ああやかましいんだろうな。歳とったら村で井戸端会議してるおばちゃんみたいになりそう…。」
常に集まって噂話ばかりしてる村の女性達を思い出し、ないこはうんざりとして言った。
ああやって村の人間だけで固まってるから、後から来た移住者が馴染めないのだろう。
「ないこくんって…。」
「うん?」
ぼぉーとしていたないこは慌てて聞き返した。
「ないこくんって生徒会役員なの?」
「うん、意外?…あと、ないこくんじゃ無くてないこでいいよ。」
初対面は敬語だったから、それに比べたらまだ進展した方だろう。
廊下を歩きながら、いふは続けた。
「運動神経良さそうだし部活とかやってるのかと思った。」
「体動かすのは嫌いじゃないけど、部活は上下関係とか色々面倒くさそうじゃん。生徒会は部活動とか結構免除されるんだよね。」
「なるほど。…部活は必ず入らないとダメなのかな?」
「うーん。帰宅部の奴もいるけど、大学に行くつもりなら内申に響くから入っといた方がいいと思うよ。何かやりたいモンないの?」
「特にない…。」
「そっかー、じゃあ生徒会来る?部活も委員会も免除、たまーに集まるだけの簡単なお仕事だよ。」
どさくさに紛れて勧誘してみる。本当は雑用だらけで割に合わない重労働なのだが、今言う事では無いとないこは判断した。
「うん、考えてみる…。」
まんざらでも無いいふの答えにわずかにテンションが上がった。
ないこといふはそのまま昇降口から外に出た。
「えっ、このまま帰るの?」
いふが不思議そうに聞く。
「うん、学校での事は帰りのバスで話そうぜ。」
「他のみんなは?ほら村の。」
六色村から高校に行く時は基本的にみんなで一緒に登校する。バスの本数が少ないので必然的にそうなるのだが。
一緒に帰らないのかと訝しむいふにないこは説明した。
「アニキとほとけっちは部活。りうらは委員会かな?初兎ちゃんはクラスの奴らと遊んで帰るんじゃないかな、あいつ放課後まっすぐ帰る事少ないから。」
ないこが言うと、いふは意外そうな顔をした。
「てっきりいつも一緒につるんでるのかと思ってた。」
「まぁ村では一緒にいる事が多いけどな。娯楽も無いし。」
「なんか村って閉鎖的なイメージがあって、なんか入り込み辛かったんだ。」
「だから最初あんな無愛想だったの!? 俺、アレがお前の通常運転だと思って、どう攻略しようか悩んでたのに!」
「攻略って(笑)無愛想なのはよく言われるけど…。」
いふがフフっと小さく笑う。
「かわいいじゃん…。」
「へっ?」
ないこに軽く言われ、いふは戸惑う。
「いや、笑うとオマエ結構かわいいのな。」
「…攻略って、そういうギャルゲーみたいな感じの?俺を落とす…みたいな??」
「ギャルゲーって!!いふってそうゆうのやるの?…かわいいってアレだよ。ハムスターとかりうらとか、そういう動物的な。」
「ペットのかわいい…ね。嬉しくないけど。て言うか、りうらくんってペット枠なんだ。」
「そうそう、初兎ちゃんもほとけっちも後輩はみんな可愛いよ。あにき…あ、 悠祐の事ね。あいつは全然可愛くないけど!」
バス停へと続く道を2人はゆっくり歩いてゆく。和やかな会話が途切れる事はなかった。