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あなたに会いたくて

4 - 第4話 何を言おうと

♥

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2026年02月20日

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「……今の」

いるまは、目を見開いた。

確かに、見えた気がした。

らんの席。

誰もいないはずの場所に、

一瞬だけ、

見慣れた影があった。

「……らん?」

思わず、名前を呼ぶ。

返事は、ない。

カーテンが揺れているだけ。

「……気のせい、か」

ゆっくり、息を吐いた。

でも、

胸の奥がざわざわして、

落ち着かなかった。


その日の夜。

机に向かっても、

勉強は全然進まなかった。

シャーペンを持つ手が止まる。

代わりに、

スマホに手が伸びる。

トーク画面。

らんとの会話。

「……」

スクロールする。

昨日。

一昨日。

その前。

『今日数学やばい』

『眠い』

『帰ろ』

何気ない言葉ばかり。

でも、

その一つ一つが、

今はやけに遠く感じた。

「……」

ふと、

違和感に気づく。

「……あれ」

昨日まであったはずの会話が、

少し、

減っていた。

「……なんで」

指が止まる。

確かにあったはずの言葉が、

消えている。

思い出はあるのに、

記録だけが、

消えていく。

「やめろよ……」

小さくつぶやいた。

まるで、

らんの存在そのものが、

少しずつ消されているみたいだった。


そのとき。

通知音が鳴った。

ピコン。

「……!」

心臓が跳ねる。

急いで画面を見る。

でも、

それは、

すちからのメッセージだった。

『明日、先生がらんのことで話あるって』

「……」

期待してしまった自分が、

少しだけ、

苦しかった。


ベッドに横になる。

部屋は暗い。

静かだった。

目を閉じる。

すると、

思い出す。

昨日の帰り道。

隣を歩いていた、らん。

『写真撮ろ』

笑っていた顔。

『また明日』

そう言った声。

「……らん」

名前を呼ぶ。

暗闇の中。

当然、

返事はない。

それでも、

耳の奥で、

気がした。

『……いるま』

呼ばれたような気がした。

「……!」

目を開ける。

誰もいない。

静かな部屋。

「……」

夢でも、

幻でもいい。

もう一度、

会いたかった。


次の日、

なにかが、

変わり始める。



次の日の朝。

空は、少し曇っていた。

いるまは、重たい体を起こす。

昨日は、あまり眠れなかった。

何度も目が覚めた。

そのたびに、

「らん」

って名前を呼びそうになって、

やめた。

スマホを見る。

……通知は、ない。

もう、

期待するほうが、

間違いなのかもしれなかった。


学校に着く。

教室のドアを開ける。

「おはよ」

みことが言った。

「……おはよ」

返事をする。

声が少しだけ、かすれた。

席に座る。

そして、

振り返る。

窓側。

後ろから二番目。

らんの席。

——空っぽ。

それは、

もう見慣れてしまった光景のはずなのに。

毎回、

胸が苦しくなった。


「ねえ」

こさめが言った。

「今日さ」

「……なに」

「先生、誰の話するんだろ」

「……え?」

一瞬、

意味がわからなかった。

「昨日、すちが言ってたじゃん」

みことが言う。

「休んでる人の話するって」

「……」

いるまの心臓が、

強く打った。

「……らんの話だろ」

そう言った。

当たり前みたいに。

でも、

その瞬間。

こさめと、みことが、

顔を見合わせた。

「……らん?」

こさめが言う。

「誰?」


時間が、

止まった気がした。

「……は?」

いるまは、こさめを見る。

「なに言ってんの」

「え……?」

こさめのほうが、

困った顔をした。

「ごめん、知らない」

「同じクラス?」

みことが聞く。

「……おい」

いるまの声が、

低くなる。

「冗談やめろよ」

「冗談じゃないよ」

こさめは言った。

その目は、

本気だった。


「……すち!」

いるまは振り返る。

「お前はわかるよな!?」

すちは、

少し驚いた顔をして、

「……」

少し、

考えてから言った。

「……ごめん」

「……知らない」


頭の中が、

真っ白になった。

「……なつ」

最後の希望みたいに、

名前を呼ぶ。

なつは、

少しだけ、

申し訳なさそうな顔をして、

首を横に振った。


「……なんでだよ」

声が、

震える。

「なんで」

昨日まで、

一緒にいたのに。

笑ってたのに。

話してたのに。

「なんで、忘れてんだよ……!」


チャイムが鳴った。

先生が入ってくる。

「ホームルームを始める」

いつも通りの声。

いつも通りの朝。

「今日は、転校生の話がある」

——転校生?

「今日から、このクラスに一人入る」

教室がざわつく。

いるまは、

それどころじゃなかった。

頭の中は、

らんでいっぱいだった。

そのとき。

先生が言った。

「……あれ?」

先生は、

出席簿を見て、

首をかしげた。

「一人分、多いな……」

先生は、出席簿を見たまま言った。

教室が、少しだけざわつく。

「え、なにそれ」

「ミス?」

ひそひそ声が広がる。

先生は、ページをめくったり戻したりしている。

「おかしいな……」

その言葉を聞いた瞬間、

いるまの心臓が、

どくん、と強く鳴った。


(……らんだ)

理由はわからない。

でも、

そう思った。

「先生」

気づいたら、

立ち上がっていた。

「どうした?」

先生が見る。

いるまは、

少しだけ、迷って。

それでも、言った。

「……そこに書いてある名前」

喉が、詰まりそうになる。

「らん、じゃないですか」

教室が、

しん、と静かになった。


「……らん?」

先生は、繰り返した。

「誰だ、それは」


その一言で、

世界が、

音を失った。

「……え」

いるまの口から、

かすれた声が出る。

「……このクラスの」

言葉が、うまく続かない。

「窓側の後ろから二番目の席の」

指をさす。

空っぽの席。

「……」

先生は、

その席を見た。

そして、

少し困ったように言った。

「いるま」

「……はい」

「そこは、最初から空席だ」


…違う。

違う。

違う、違う、違う…


「違います」

気づけば、

強く言っていた。

「いました」

息が荒くなる。

「らんは、いました」

先生は、

何も言わなかった。

ただ、

少しだけ、

心配そうな顔をした。


「……あとで、話そう」

その言葉は、

優しかった。

でも、

いるまには、

とても残酷だった。


ホームルームが終わったあと、

なつが小さな声で言った。

「……いるま」

「大丈夫か?」

「……」

答えられない。

「疲れてるんじゃない?」

みことが言う。

「最近、ちゃんと寝てないでしょ」

「……」

違う。

そうじゃない。

疲れてるからじゃない。

夢でもない。

「……いたんだよ」

小さく言った。

「本当に」

誰に言ったのか、

自分でもわからなかった。


そのとき。

窓の外で、

風が吹いた。

カーテンが、

ふわりと揺れる。

そして、

いるまは見た。

一瞬だけ。

本当に、

一瞬だけ。

空っぽの席に、

誰かの輪郭が、

重なった。


黒い髪。

見慣れた姿。


「……らん」

名前が、

こぼれた。

その瞬間、

輪郭は、

消えた。


でも、

確かに。

そこに、

いた。

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