翌朝、私は杏からのLINEで目が覚めた。
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おはよ――!
昨日、レイさんとはどうなった??
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まだぼうっとする頭で画面を見れば、そんな文章の後ろでネコのスタンプが躍っている。
私は苦笑して、ベッド横のカーテンをあけた。
朝日というには遅い時間の光は強く、寝起きの目にしみる。
私はもう一度スマホ画面に目を落とした。
さて……杏にどう返事しよう。
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杏、おはよー!
レイのことは、LINEじゃうまく言えそうにないんだ。
今度会ったら直接話すね!
時間できたら遊びにいこーよ!
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ネコのスタンプを押す前に、メッセージは既読になった。
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え――っ、なにそれなにそれ!
それっていい話ってこと!?
超気になるじゃん―――!!
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私は思わず声に出して笑ってしまった。
画面の向こうで、杏がどんな顔をしているのか目に浮かぶ。
けど、笑いながら寂しさもこみ上げた。
レイと両想いにはなれたけど、今は嬉しさや楽しさより、苦しさや不安のほうが大きい。
恋をするまでは、ドラマや漫画に憧れて、恋ってドキドキして切ないものだと思っていた。
だけど実際は、一度得た幸せを手放したくなくて、大事にしたくて、苦しくて怖い。
こんな気持ちはLINEじゃ伝えられないし、伝わらない。
私は「また会ったら話すから」とだけ返事をして、話し足りなさそうな杏とのやりとりを終えた。
レイと想いが通じ合ったからといって、私の生活に大きな変化はなかった。
私はホストの一員で、レイはゲスト。
最近はケイコさんのお手伝いが増え、よく公民館にくっついて行っているけど、それ以外は掃除、食事、買い物、勉強。
そんな普段通りの生活を送っていた。
だけどたまに、けい子さんがお風呂でいない時なんかに、レイが台所や廊下で軽く抱きしめてくれる。
それがたまらなく幸せで、それでいてレイが離れた後は、ものすごく胸が苦しい。
恋はジェットコースターだと、どこかで聞いたことがあるけど、私はまさにそんな只中にいた。
加速する気持ちは止められない。
だけどゴールに近付くと、スピードはゆるやかになって、やがて強制的に止められてしまう。
そうなることが怖くて、レイの滞在を伸ばせないかなんて考えたりもした。
だけど、そんな私の思考を見透かしたように、けい子さんが言っていた。
アメリカからの観光目的の入国は、最大90日なんだと。
さらには、レイは9月から大学の新学期が始まる。
レイの通っている州立大学は2学期制で、6月に後期が終わり、新年度は9月の半ばから始まるらしい。
アメリカでは中学が2年、高校が4年で、高校の在学中に「受講できる学力があれば」大学で授業を受けてもいいこと。
レイはそれを利用して単位をとってきたことなんかを、彼が食事の間にけい子さんに話していた。
知らない彼のことを知れるのは、単純に嬉しい。
けどやっぱり、自分と交わる道じゃないと知らされ、やりきれなさがこみ上げてくる。
お盆になり、伯父さんが家にいるようになると、伯父さんは連日レイを連れて釣りに出かけていった。
伯父さんは伯父さんで、レイと過ごす時間を大事にしたいと思っているらしい。
私もその気持ちはわかるし、微笑ましくも思うけど、なんでもない日々ほど驚くほど早く過ぎていく。
シェアビーのゲスト情報を確認すれば、レイの予約は今月末まで。
レイが帰ってしまうまで、あと2週間。
法を犯してまで彼を引き留めることはできないし、レイにはアメリカでの、私には日本での生活がある。
彼は3か月だけのゲストで、束の間の隣人。
レイといたいと思えば思うほど、そのことが強く身にしみた。
セミの鳴き声が聞こえなくなったのはいつだろう。
夜でもあれだけ煩かったのに、今は驚くほど静かだ。
あと少しで日付が変わる。
それなのに、レイが出かけたきり帰らない。
(もう終電がなくなるよ……)
何度も時計を見ては、ため息をつく。
こんなことは初めてで、焦りばかりが募っていた。
心配でずっとスマホを握っているけど、私は彼の連絡先を知らない。
だから持っていてもなにもならないのに、どうしてもスマホを手放せなかった。
それから1時になっても2時になっても、レイは帰ってこなかった。
翌朝スマホを握ったまま目を覚ました私は、急いで部屋を飛び出した。
今は9時を過ぎたところ。
私はレイの部屋のふすまをあけ、ほんの少しだけ中を覗いた。
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