テラーノベル
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視力のお話
めちゃくちゃ短い
「少し休憩を挟みますか…」
自室の机の上に広げられた大量の資料を眺めながらそう呟く
部屋の片隅に丁寧に培養されている薬草や本棚に並べられた難しい本の数々に目を移し、手に握られたティーカップを口につける
小さく息を吐き、手元の資料に再度を目をやるがやはり文字はボヤけ一つひとつが黒い点々にしか見えない
左目を隠せば右目で見える世界ははっきりせず、どこを見ても水彩画っぽく見える
右目だけでは部屋の電気さえ眩しく感じ、目が痛くなる
カーテンを締め切り、部屋の電気をだいぶと暗めに設定した
軽く溜息を吐き、本の背表紙を見ようとするがよく見えず立ち上がりよく見ようとする
だが足元が見えていなかったのか薬草籠につまづいてしまった
その音を聞きつけたのか、耳のいい一人の男が顔を出してきた
「なんかすんげぇ音聞こえたんだけど…大丈夫か?」
そう言われてから改めて周りを見渡すと薬草の籠がひっくり返っており、中身が飛び出している
そして自分が屈んで薬草を集めるよりも先に彼は手を伸ばし、かき集めてくれていた
それに小さく感謝を告げると彼がまた口を開いた
「というかお前、目ほとんど見えてねぇんだろ?」
「…それは誰から?」
「黒美から」
また余計なことを一番面倒臭い相手に…と、心底思ったが目が見えていないのは事実であり、今までほとんど勘だけで生きてきた
戦闘の時も音や気配で敵の位置を探っていたが今まで敵にも味方にもバレたことは一度だってなかった
この事を告白していたのは唯一黒美だけだったのに
「気になったんだけどよ…」
重い口を開くかのようにゆっくりと話し始める彼に耳を傾ける
「紗知って俺らのことちゃんと見えてねぇのか?」
一瞬、本当にほんの少しだけ空気が張り詰めたような気がした
見えてる、とはっきり言ってしまえば嘘になる
輪郭はぼやけ、いつも判断しているのはぼやけてても何とか見える立ち姿や声だけだ
今、目の前にいる彼でさえしゃがみながらこちらに背を向けているただの黒い物体だ
だがそのぼやけて視界に映る背中はどうも何かを言いたげだった
「何が言いたいんですか」
「いや…仲間なのに顔しっかり見れねぇってなんかその…」
「寂しくね?」
少し間を開けてそう言う彼になぜか少しだけ次の言葉に迷ってしまう自分がいた
だが寂しいと思ったことは一度もない
自分は生まれた時から右目は見えなかった
幼少期の頃は左目だけで家族の顔は見えてはいたが成長するにつれてしっかり見えていた家族の顔はほとんど見えなくなってしまっていた
「別に私は困ってません」
そう言う自分の言葉は少し震えているような気がしてそんな自分に驚いてしまった
黒美の顔でさえまともに見た事がない、唯一記憶にはっきりと残っているのは家族の顔だ
「紗知が困ってねぇならいいけど…」
そう言う彼はどこか寂しげで口には薄い苦笑いを浮かべているのが容易に想像出来てしまった
机に行儀悪くもたれかかっている彼はその場を離れようとするよりも早くこちらから近づいていく
「別にこのぐらいの距離なら見えないこともないですけど」
彼の背中にある机に手をついては半ば彼を押し倒すような形で赤く鋭い瞳をぼやける目で見つめ返す
鼻先が今にも触れそうだがそんな事は関係なく、初めてしっかりと見た彼の顔をまじまじと見てしまう
「ちょ…近い…かも」
途切れ途切れの言葉を発する彼は頬が少しだけ赤らんでおり、手で少しだけこちらを押し返していた
「あ…すみません」
そう言われてはようやく距離が近いことに気づき、2、3歩後ろへと距離を取った
「やっぱそのぐらいの距離感でいいわ」
少し安心したような顔を浮かべた彼は満足したのか「次は躓かねぇようにな」なんて言っては部屋を後にした
その瞬間に謎に張り詰めていた空気が一気に解けたような気がして自然と息が溢れ出た
初めてしっかりと見た彼の顔はとても優しそうだった
「人の顔が見えるというのも悪くないですね」
なんて言う自分の表情はいつもより少しだけ緩んでいるような気がした
コメント
3件
おおおおお!!アズと紗知のお話だっ!!すごいなんて尊い話なんですか…!🪦 気にかけてくれてるアズがすごく好きです… なんだかんだ言って紗知も惹かれてきているのが見て取れて私はニマニマしてしまう…!! でもいままで勘で察知して戦闘やら日常生活やらを送ってたって普通に凄すぎるぞ、紗知…! 久々に見れて嬉しいです!すごく美味しかったです🙏✨