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新しい作品ありがとうございます!今回も楽しく読ませていただきます!
「スターチスの約束」
キヨ×レトルト
大好きな2人のカップリングです。
ご本人様達とは全く関係ありません。
ただの妄想のお話です。
今日は、レトルトの誕生日だった。
けれどその夜、彼はひとり、ネオンが滲む繁華街を歩いていた。
賑やかな笑い声や、誰かを祝う乾杯の音が、やけに遠く感じられる。
本当は、こんなところに来るつもりなんてなかった。
ただ、部屋にひとりでいるのが、どうしようもなく辛くて。
歩いていれば、少しは気が紛れる気がしただけだった。
恋人は――
何も言わなかった。
メッセージも、電話も、今日は一度も来ていない。
「……忘れてる、よな」
小さく呟いた声は、夜の喧騒にすぐに溶けて消えた。
吐く息は白く、冷たい風がコートの隙間から身体を刺す。
それでも立ち止まらず、レトルトは歩き続けた。
立ち止まったら、きっと、心まで折れてしまいそうだったから。
視界がにじむ。
それでも、涙はこぼさない。
こんな場所で泣くなんて、したくなかった。
寒空の下、
祝われるはずだった誕生日の夜を、
レトルトはひとり、必死に涙を堪えながら歩いていた。
――ただ、
「おめでとう」と言ってほしかっただけなのに。
ひとり、ざわつく人混みの中を歩いていると、
不意に、すぐ後ろから声をかけられた。
『こんばんは』
低くて、落ち着いた声だった。
驚いて足を止め、振り返る。
そこに立っていたのは、ひときわ背の高い男。
街灯の下に立つその姿は、夜の中でやけに目立って見えた。
「……え?」
戸惑うレトルトに、男は少し首を傾げて微笑む。
『こんな寒い日に、どうしたの?』
知らない人のはずだった。
名前も、どこから来たのかも分からない。
それなのに、その声が胸の奥にすっと染み込んでくる。
張り詰めていた気持ちが、
ほんの一瞬だけ緩む。
不思議だった。
警戒するより先に、安心してしまうなんて。
吐く息が白く揺れ、
レトルトは無意識にコートのポケットに手を入れた。
堪えていた涙は、ついに流れ落ちることはなかった。
それでも、目の奥には熱が残り、視界がわずかに滲んでいた。
男は、その潤んだ瞳をじっと見つめる。
責めるでもなく、覗き込むようでもなく、
ただ静かに、逃がさない視線で。
『……どうしたの?』
優しい問いかけだった。
けれどレトルトは、その質問に答えることができなかった。
喉の奥が詰まったようで、言葉にしようとするほど苦しくなる。
沈黙が二人の間に落ちる。
けれど男は、それ以上踏み込もうとはしなかった。
少しだけ視線を外し、夜空を見上げるようにして、
まるで独り言のように言う。
『このあとさ、よかったら――
一緒にご飯でもどう?』
同情でも、詮索でもない。
ただ、そばにいる理由をくれる言葉。
いつものレトルトなら、
見ず知らずの人からの誘いなど、迷いなく断っていたはずだった。
知らない人。
知らない声。
知らない温度。
それなのに――今日は、違った。
低く、穏やかな声が耳に残り、
気づけば、そっと差し出された手を取っていた。
握られた指先から伝わる温もりが、
凍えかけていた心に、静かに沁み込んでいく。
拒む理由を探すよりも先に、
そのぬくもりを失いたくないと思ってしまった。
レトルトは、小さく息を吸い込み、
そして――こくりと、頷いた。
夜の喧騒の中で、
ふたりの距離が、ほんの少しだけ縮まる。
――その出会いが、
この夜を少しだけ、変えてしまうことも知らずに。
続く