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なんでだよ。あれだけ一途に想ってたのに。
俺の何がダメだったんだ。
頭の中で何度も繰り返す問い。答えなんかないとわかっているのに、同じ言葉がぐるぐると回り続ける。信じていた分だけ、裏切られた時の痛みは深い。笑っていた時間も、交わした言葉も、全部が棘になって刺さる。
カチッ、カチッ。
ライターに火をつけ、唇に挟んだ一本に移す。肺に煙が入り、熱が胸の奥に広がる。最初は不味くて仕方なかった煙草の味も、今はもう当たり前のように受け入れられるようになっていた。
大学の敷地の端にある、小さな喫煙所。古びたベンチと灰皿がひとつあるだけの場所。週に一度ほど足を運ぶ。人は滅多に来ないし、ひとりになれる。俺にはちょうどよかった。
――そのはずだった。
「どうも」
突然、声をかけられる。
「、、ども」
顔を上げると、そこに見慣れない女性が立っていた。俺より少し年上に見える。黒髪の一部をインナーで染め、耳には光るピアス、爪先にはネイル。派手な人だな、と一瞬思った。
それ以上は何もなかった。ただ会釈を交わし、それぞれの煙に意識を戻した。
___
二度目は一週間後。今度は先に彼女がベンチに座っていた。煙草を咥え、目を細めながら煙を吐いている。
「、、」
「、、」
無言。気まずさが漂う。
ライターをカチカチと鳴らすが、火が点かない。あぁ、ガス切れか。仕方がない。今日はやめるか――そう思った瞬間。
「火」
「え?」
彼女がライターを差し出してきた。
「貸すよ」
「あ、ありがとうございます」
カチッ。フッ。火が灯る。肺に熱が広がり、吐き出した煙が揺れる。
それだけのやり取り。だが、最初に会ったときよりも、距離が縮まった気がした。
___
三度目は俺から話しかけた。
「よく、来るんですか」
「気が向いたら」
短い答えに会話は途切れる。けれど、すぐに彼女からも返ってきた。
「よく来る?」
「え、あ、、週に一度くらい」
「ふーん」
また沈黙。でも、不思議と重くはなかった。
___
それから何度も顔を合わせるうちに、少しずつ会話が増えた。
「ジプリ好きなんだ」
「うん。もののけとか」
「綺麗だよね」
「そっちは?」
「借りぐらし」
「へぇ!いいよな」
「ん、あの世界が好き」
派手な見た目に反して、中身は思ったより大雑把で気取っていない。面倒なことはすぐサボるし、だるそうにしてるのに、話題を振るとちゃんと応じてくれる。笑い方は肩の力が抜けていて、自由そのものだった。俺とは対照的。でも、それが心地よかった。
煙草一本分の時間。それ以上でもそれ以下でもない。互いの日常には踏み込まない。けれど、その短い時間だけは不思議と落ち着けるようになっていた。
___
そんなある日だった。
俺のスマホに一通のメッセージが届いた。――元カノから。
「やり直したい」
短い言葉。けれど胸がざわついた。裏切って別れたくせに、何を今さら。向こうで上手くいかなかったから戻ってきた? そんな勝手があるか。
でも、、心のどこかで、少しだけ動揺していた。
俺の価値に気づいた、別れてから気づいた。 ふざけんな。
けれど、「俺には非がなかった」という言葉は、なぜか虚しい響きを持っていた。
タバコを咥え、ライターで火をつける。煙を吐き出すたびに、考えは深みに落ちる。
復縁なんてしない。そう思う。
でも、完全に吹っ切れているかと言われれば、答えに詰まる自分が嫌だった。
___
「、、ふぅ」
煙が長く漏れる。
「今日は多めに吸うね」
「、、ちょっとな」
「そっ」
彼女は深く聞かない。ただ隣で煙を吐くだけ。
それが、ありがたかった。俺の心の泥を覗こうとはせず、ただそこにいる。それだけで十分だった。
___
十分だったそう思っていた。
彼女は俺がいつもと違っても聞いてきたりはしない。いや、気付いてないのかも、しれない。
「よかったら、聞いてください」
「、、、いいよ」
それでも俺は誰かに話したかった。
「一度別れた相手と復縁ってどう思いますか」
「ん、無理」
「そっか」
「求めてる答えは言わないよ」
「別に求めてるわけじゃないけど」
「迷ってんだ」
「そう、かも」
別に復縁したいわけではない。どうしたらいいのかわかんねぇ。
「タバコ始めたのってその子?」
「、、、別れてから」
「寂しくなったんだ」
「うす、」
そう、寂しくなったからタバコで誤魔化した。昔から体に悪いからやってこなかった。でも、手を出した。
「寂しがりだ」
「、、、ちげぇ」
認めたくない。重い男。未練だらけに見えるだろう。
「ふーん」
それ以上聞いてこない。俺の答えをそのまま受け取って、また煙を吐くだけ。
そんな彼女の無関心のような優しさが、妙に心地よかった。
___
「そういえば」
ある日、彼女に聞いた。
「なんでここに来たんだ?」
昔から吸っていたみたいだが別の所からわざわざここまで来た理由を聞いた。
「、、取り壊し」
「まじか」
なら納得だな。
そう思っていたら、
、、彼女がふと告げた。
「ここ、もうすぐ壊されるらしいよ」
「え?」
「喫煙所。大学の禁煙で。取り壊されるって」
「マジか、、」
「残念だね」
残念。
タバコが吸えなくなるから。
残念。
もう落ち着けないから。
残念。
違う、
残念なのは場所じゃない。この時間も、終わってしまうのかもしれない――そう思った瞬間、胸に痛みが走った。
「大学内で会おうぜ」
「無理だね」
「、、そっか」
彼女はあっさりと笑った。俺にとっては特別な時間でも、彼女にとってはただの一服。
それでも俺は、失いたくなかった。
「寂しい?」
「、、ちょっと」
「アハハ」
「笑うなよ」
「そっか」
彼女は寂しそうじゃなかった。でも、その笑みは確かに救いだった。
ふいに彼女が俺の方を向き、唇からタバコを外す。
「その寂しさ、埋めてあげようか」
「え、」
視線が絡む。強くて挑発的な瞳。逃げられない。
彼女が咥えていたタバコをこちらへ差し出す。赤く燃える先端が、小さく灯る。
「ん」
受け取ったタバコを唇に挟む。火種が移り、胸の奥まで煙が入り込む。
咳き込みそうになるのを必死に堪えながら。
煙がゆらりと風に溶けていく頃、彼女がぽつりと呟いた。
「また、気が向いたらね」
、、その言葉が、やけに心に沁みた。