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#だてなべ
118
その日は、少しだけ調子がよかった。
白杖をつく音も、前よりリズムよくて。
足取りも、ほんの少し軽い気がしていた。
「……慣れてきた、のかな」
小さく呟く。
もちろん、怖さが消えたわけじゃない。
でも、前に進めている気がした。
―――そのときだった。
「おい」
低い声。
すぐ近くで、止まる足音。
「……っ」
空気が変わる。
嫌な予感。背筋が冷える。
「お前、目見えてねぇのか?」
ニヤつくような声。
もう一人、また一人と、気配が増える。
囲まれてる。
「……すみません…通してもらえますか……」
なるべく落ち着いた声で言う。
でも―――
「は?んだよ生意気なッ」
肩を、強く押される。
「っ……」
怖い。
どうすればいいかわからない。
「ちょっと遊ぼうぜ?兄ちゃん」
そう言って笑っている。
逃げたいのに、どっちに行けばいいのかわからない。
足が、動かない。
そのときだった。
「何してんだよ」
低く、よく通る声。
聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
「っ、この前の……?」
あの声だ。
間違いない。
あのとき、助けてくれた人。
「……ぁ?」
ヤクザたちの声が荒くなる。
「なんだテメェ」
「やんのか?オラ」
空気が、一気に張り詰める。
―――5対1だ。
足音と声でわかる。
「……っ」
止めなきゃ。
こんなの、俺のせいで――
ドンッ
鈍い音が聞こえる。
「ぐっ……」
誰かが殴られている。
ドスッ、バコッ
生々しい音が、次々と響く。
「やめてっ、その人に手を出すなっ!」
俺は叫ぶ。
でも音は止まらない。
「っ……!」
何もできない。
何も見えない。
助けてもらってるのに、何も。
ただ、そこに立っているだけだった。
悔しい。
怖い。
苦しい。
音だけが、世界のすべてになっていく。
やがて、この空間に静寂が落ちた。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、音が消える。
遠くで、慌てて逃げていく足音。
「……怪我はないですか」
すぐ近くで、あの声がした。
「……へ、?」
間の抜けた声が出る。
あまりにも、落ち着いていて。
「えっと…俺は、大丈夫です……」
戸惑いながら答える。
心臓はまだバクバクしてるのに。
「あなたは、大丈夫、なんですか……?」
思わず聞く。
だって、あんな音が聞こえていたはずなのに。
5対1で無傷なわけ……
「…あぁ、はい。5人くらいへっちゃらです」
軽く言う声。
冗談みたいに。
「よかった……」
力が抜ける。
膝が少し震える。
その場に崩れそうになるのを、なんとか堪えた。
「……あの」
少しの沈黙のあと、彼が言う。
「そういえば、名前聞いてなかったですよね」
「あ……」
そうだ。
前に助けてもらったとき、聞けなかったんだ。
「俺、佐久間大介って言います」
少しだけ緊張しながら名乗る。
「僕は阿部亮平です」
はっきりとした声で、そう返ってきた。
阿部亮平。
その名前が、すとんと胸に落ちる。
「佐久間さん、良かった。無事で」
その言葉が、やけに優しくて。
「……阿部さん、」
自然と名前を呼んでいた。
「いつもありがとうございます…助けられてばっかりで……」
本当は、もっとちゃんとお礼を言いたいのに、
うまく言葉が出てこない。
「いえいえ」
軽く笑っている。
「強いんですね、阿部さんって」
「……そんなことないですよ」
不自然に、一瞬間が空いた。
その声は、さっきより少し低い気がした。
何かを、誤魔化してる?
「……?」
今の間は、なんだったんだろう。
あれだけの人数を相手にして、無傷で。
それなのに“強くない”なんて。
違和感が、胸に残る。
「……」
「……阿部さん?」
「……あ、すみません」
すぐに、いつもの穏やかな声に戻る。
「ちょっと考え事してて」
「……そう、ですか」
違和感が胸に残っていた。
でも、それ以上は聞けなかった。
まだ、そこまで踏み込める関係じゃないから。
「帰りますか?送りますよ」
阿部さんが、自然に言う。
「いいんですか」
「もちろん」
迷いのない声。
「…じゃあ、お願いします」
そう答えると、
「はい」
また、あのときと同じように、手を取られた。
温かい。
安心する。
さっきまでの恐怖が、嘘みたいに消えていく。
「……」
でもその奥で、小さな違和感が、消えずに残っていた。
阿部亮平。
優しくて、強くて、でも――
何かを、隠している人。
そんな気がしてならなかった。
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コメント
2件
うわあ、この回は本当に胸が締め付けられる展開でした……。視覚を失った佐久間さんの恐怖と無力感が音だけでこんなに伝わってくるのはすごい。阿部さんの「強い」に対するあの一拍の間、絶対何かあるよね。優しさと強さの裏に隠された過去を思わせる描写が、次への伏線としてすごく気になる。また助けてもらえた温かさと、それでも拭えない違和感のバランス、めちゃくちゃ好きです。続きが待ち遠しい!