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──翌日。
彼女の家の前までやって来た俺は、緊張した面持ちで目の前のインターホンを押し鳴らした。
────ピンポーン
『──はい』
「あ、こんにちは。沼田と申しますが、莉子さんいらっしゃいますか?」
『沼田さん……? ちょっと待って下さいね』
インターホン越しにそう告げると、程なくして目の前の扉から姿を現した声の主。その姿は以前見かけた時と比べると随分とやつれたようで、きっと外で出くわしていたら気付けなかっただろうと思う程に別人に見えた。
「あ、こんにちは。突然訪ねて来てしまってすみません」
改めて小さくお辞儀をしながら挨拶をすると、そんな俺を見て一瞬何かを思い出したかのような表情を浮かべ、俺に向けて力無く微笑んだ目の前の女性。
「以前、お会いしたことありましたよね。もしかして、莉子とお付き合いを……?」
「あ……、はい。その節はご挨拶もできずにすみませんでした」
実際には”元”彼氏なのだが、そんなことを一々訂正する気にもなれなかった俺は、そう答えると再び口を開いた。
「それで、あの……。莉子さんと連絡がつかないのでお宅に伺ったんですが……。莉子さんは今、ご在宅でしょうか?」
俺の言葉にピクリと目尻を反応させると、悲壮感漂う表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた莉子の母。
「莉子は……っ、亡くなりました」
「──え……っ、?」
思いもよらぬ返答に言葉を失った俺は、目の前で静かに涙を流す彼女の姿を見つめたまま呆然と立ち尽くした。
「っ……なん、……で」
小さく溢れ出た俺の声に反応した莉子の母は、ゆっくりと顔を上げると小さく口を開いた。
「自ら命を……。きっと、一人で悩んでいたんだわ。親である私達はそれに気付いてあげられなかった……っ。沼田さん、何かご存知ないですか?」
「……い、いえ……特には……っ、」
罪悪感と気不味さからそっと顔を逸らすと、足元にある地面を静かに見つめる。
自殺の原因といえば、やはり俺と別れたことが関係しているのだろうか? そうは思うものの、こればかりは認めたくはない。
(まさかっ……、本当に死ぬなんて)
そんなこと全く予想もしていなかったことだし、ましてや俺の責任でもない。頭ではそうは思っていても、俺は衝撃と罪悪感から押し潰されそうになった。
「連絡できなくてごめんなさいね。莉子に彼氏がいただなんて知らなかったから……。今日がちょうど四十九日なんです。良かったらお線香あげていって下さい。あの子もきっと喜ぶと思うので」
そんな言葉と共に家の中へと入ってゆく莉子の母。その寂しげな後ろ姿を見つめながら、俺の両手はカタカタと小さく震え始めた。
(今日が……、四十九日……?)
どう考えても合わない計算に、俺の全身から徐々に血の気が失せてゆく。
俺は確かにこの一カ月程、物陰に潜む彼女の姿を何度も見ている。あれは、他人の空似だったという事なのだろうか──?
上の空状態で線香をあげると、そのまま逃げるようにして彼女の家を後にした俺は、震える右手で携帯を操作すると颯斗に電話を掛けた。
『──もしぃ。お疲れ~、瞬。で、莉子ちゃんと話せたか?』
「……死んだって」
『──え? なんて?』
「莉子……自殺、したらしい……」
『…………えっ? マジ、かよ……』
「…………」
暫しの沈黙が流れる中、俺はゴクリと喉を鳴らすと本題へと入った。
「昨日……、見たよな? 一昨日もその前も……莉子のこと見たよな……?」
『……あ、うん。けど、あの時声掛けてたら自殺しなかったかなんてわかんねぇし……だから気にするなよ?』
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
『……?』
「莉子が死んだの、1カ月以上前だって言うんだよ」
『え? ……はっ? いやいやいや、だって昨日も見ただろ!?』
「……っ」
『…………』
一瞬にして不穏な空気が漂い始め、押し黙ってしまった俺達。今にも互いの呼吸音が漏れ聞こえてきそうな程の静寂の中、それを打ち破ったのはか細く震える颯斗の声だった。
『もしかして、幽霊……っ、とか?』
「──!? 幽霊って、そんなまさか……っ! あれはきっと他人の空似だったんだよ! な!?」
『……! あ、ああ……だよなっ!? きっと俺らが見間違えただけだよなっ!』
「そーだよ! ……いや、マジ幽霊とかないから。勘弁してくれよホント……」
『いやぁ、ごめん……』
「…………」
そうは言ったものの、他人の空似だなんて結論にお互い納得していないのは明白だった。俺達だけならまだしも他にも複数の目撃者がいる中、他人の空似だなんて可能性は限りなく低い。
だが、幽霊だなんてにわかには信じられない現象よりも、他人の空似だという現実的な結論に至る他なかったのだ。
なにより、ここ一カ月ほど俺達が見ていた彼女が幽霊だったなんて。そう考えるだけでも恐ろしくて、とても正気でいられる自信がなかった。
『あまり自分のこと責めるなよ? 莉子ちゃんが亡くなったのは瞬のせいじゃないから』
「……うん、ありがとう」
『じゃ、また明日学校でな』
「ああ、また明日──」
通話を終了させて携帯をポケットへとしまうと、俺は気落ちしたままトボトボと歩き始めた。
確かに自殺したことは彼女自身による勝手な行動だが、俺と別れたことが原因だとしたら全くの無関係とは言いきれない。その死に一切の責任がないとはいえ、やはり多少なりとも罪悪感というもを感じてしまうのが普通だろう。
それにやはり、どうにも腑に落ちない先程の会話。他人の空似だなんて自分から言い出してはみたものの、あれはどう見ても彼女本人としか思えなかった。
(まさか……っ、本当に幽霊なんじゃ…………。いや──幽霊だなんて、そんなの有り得ないだろ……っ!)
突然襲ってきた悪寒にブルリと大きく身体を震わせると、俺は罪悪感と恐怖から鉛の様に重たくなってきた足を懸命に動かした。