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◻︎自分探し
「母さん、今度、友達連れてきていい?」
息子の聖が珍しく、“友達連れてくる宣言”をした。
「別に、聖の友達なんだから、そんな許可とらなくてもいいのに」
「んー、なんていうか…、晩御飯とか食べさせてもいい?」
「いいよ、何が食べたい?」
「聞いとく。なんでもいい?」
「難しいモノとか無理よ」
「了解!」
これまでにも友達を連れてきてこともあったし、泊めたこともあるのに。
_____さては、彼女とか?
なんて想像して、ドキドキする。
娘はいつか嫁に行ってしまうものだと思うし、でも息子は結婚したらその奥さんが新しい家族になるような気がする。
「あんたね、その考えは古いからね。息子が家を継ぐとは限らないし、最初からそんなふうに見られたらお嫁さんもイヤだと思うよ」
「やっぱり?」
「そうだよ。同居とか言い出す前に、お互いの生活にあまり口を出さず適度な距離感を持って生活しないと、揉めるよ。今、そんな家庭が多いんだから」
年老いた父母の介護の問題で、修羅場になった家庭をいくつか見てきた礼子の意見には、現実的な重みがある。
「はぁ、自分の介護とか考えたことなかったわ。迷惑かけないようにしないと」
「ていうか、まだ彼女を連れてくると決まったわけでもないし。その子がお嫁さんになると決まったわけでもないんだから」
「そうだね、それはその時考えよっと」
その週末、聖が連れてきたのは、大学の同級生の男子だった。
「上がって」
「…」
ぺこりとしただけで、挨拶もなく聖の部屋へ上がって行った。
聖の友達にしては、異色だ。
いつもくる友達は、もっと人懐こいというか、遠慮知らずの子が多い。
なのに、今日来た子はなんていうか、よそよそしい。
ご飯のリクエストは焼き肉だった。
_____多分、これは聖のリクエストだな、簡単でいいんだけど…
「聖!ご飯の準備できたから、降りておいで」
「ほーい、今行く」
テーブルにホットプレートを出して、小皿やタレやビールを並べる。
「えっと、コイツの名前は遠藤柚月、大学入ってから友達になったやつ」
「…はじめまして」
「はじめまして、柚月君でいいかな?」
「あ、はい」
「さぁ、リクエストの焼き肉だよ。たくさん食べてね」
夫も帰ってきて、少しずつ慣れてきたのか柚月もよくしゃべり、4人での焼き肉は賑やかだった。
そして食事が進むと、聖が柚月の話を聞いてやってほしいと言い出した。
「コイツさ、まだ進路を決めてないんだよ。就活もやってないし、かと言って大学院へ進む気もないらしくて」
「ふーん、何かやりたいことでもあるの?」
「はい、あります」
「じゃあ、それをやれば?」
「ですよね?やりたいことをやった方がいいですよね?」
「まぁ、それで生活が成り立つならいいと思うけど。何をやりたいの?」
「自分探しです!」
「「はぁ?」」
夫と私の声がハモった。
若い子あるあるだと思う。
_____自分探しねぇ…
「パパはどう思う?自分探し」
私は夫に聞いてみた。
「俺?まぁ、若い頃はそんなこと考えたかな?」
「うん、若い子あるあるだよね。まぁ、探してみれば?」
「あ、あの、それで聖のお父さんお母さんに聞きたいことがあって」
「俺らに?」
「はい、それぞれ、自分というものどうやって探したのかな?って」
夫と私が目を合わせる。
「なになに?私らが自分を探して見つけたと思ってるの?」
「はい!聖から、いろんな話を聞いてて。お二人はすごく自分の意志をちゃんと持ってるんだなって感じたので、これはきっと自分というものを持ってるんだと思いました。それで話を聞いてみたくて」
「ちょっと聖!いったいどんな話をしたのよ」
「え?普通のことだよ。うちの両親は、噂とかに左右されないとか、そういうこと。それがうちでは普通だからさ」
私の噂だろうなと予想はついた。
「なんていうか、普通、よくない噂を聞いたら慌てたり言い訳したりしませんか?」
「なんのために?」
「え?」
「慌てても言い訳してもね、他人の口に蓋はできないのよ。それにね、自分の大事な人に迷惑がかかることがなければ、ほっといてもいいんじゃないかな?」
柚月はキョトンとしている。
「あの、嫌なことを言われたら、仕返ししたいとか思いませんか?」
「あー、若い頃はそう思った。でもねぇ、だんだんとそれは違うなって思うようになったよ。仕返しをするとさ、さらに相手からも仕返しがきて、で、またこっちから仕返しして…負の連鎖で終わることがないんだよ。終わる時は決定的な打撃を与えるとかしないと。それよりもね、最初の段階でスルーできてれば、仕返しもこないよ」
「ほら!そういうとこなんですよ、聖のお母さんは、なんていうか強い自分を持ってる。そういうのを俺も手に入れたいんです」
「ん?こんな感じのこと?そんなの簡単だよ、これから沢山の人と沢山の経験をすると、自然にこうなるよ」
「えー、どういうこと?」
わからないっと頭をかいている。
「人は一人では生きられないっていうじゃん?あれは、一人きりだと自分というものがわからないってことなんだと思うよ。いろんな人といろんな経験をするとさ…あ、こういう時は俺はこう思う、あんなときは俺はこうするっていうのが見えてくる。それで、自分というものがだんだんとわかってくると思うよ。まぁ、そのために海外とか行くのもありだとは思うけど」
聖が缶ビールを出してグラスに注いでくれる。
「な?うちの親って、こんな感じだって」
「うーん、そういうことか」
「そのうち、俺ってこんな人間だったんだってわかるようになるよ、慌てないことだね。で、自分探ししたあとは何をやるの?」
「それがわからないから、自分探しをしようかと」
「じゃあ、とりあえずアルバイトでもしながら探してみたら?」
「アルバイトですか?」
「そ!ただぼーっとしてても、見つからないよ」