「――綾子ッ!」
ガンッとドアを蹴破って中に侵入する。思った通りだった。
「死のうとしてんじゃねえよ、クソ野郎!」
「高嶺……刑事、なんで」
何で? んなの、分かってんだよ。
目の前で死を覚悟したように、犯罪者の手を握る綾子を見て腹が立った。勝手に楽になろうとしてんじゃねぇって、戻ってくるって言う約束したくせにすぐに破りやがって。そういう怒り。藤子に向けた怒りとはまた別の、俺を頼るといった手前、結局頼っていなかったんじゃない勝手言うそういう怒り。
俺がここに来たことを信じられないとでも言うように、綾子は目を見開いた。
あの時後悔したこと……明智の変化に気づかず、一人でいかせてしまったこと、その後悔が、今回こうやって気づかせてくれた。気づかずにまた後悔するところだった。しっかりと人の行動を見ること、周りを気にかけること。明智の洞察力の高さは、そういう思いやりから来たものだった。誰かが泣いていたら、悲しんでいたら気づけるように、気づいて手を差し伸べてあげられるように、それが明智だった。
「勝手に一人楽になろうとすんな、罪は背負うもんだ。死んで楽になろうなんざ、思うんじゃねぇ、反吐が出る」
「た、高嶺……刑事、アタシは」
「帰るぞ。勿論、藤子も連れて。無傷……ではないが、生きて犯人を制圧する。その後は、どうなるか知らねぇしお前ら次第だが、生きていたらまた二人で愛し合えるかも知れねぇじゃねえか」
俺は無理だった。
愛しい人は死んでしまった。恋人になれるかも知れなかったたった一人の親友は。
綾子はそう言うと俯いた。死を覚悟していたからか、それを止められたことに、怒られたことをくやしんでいるのか、どっちかは分からなかったが、俺には此奴らを生かすということしか今は考えられない。
「アタシが、藤子を好きだってこと、なんで分かったんだ」
「ああ? んなの、顔に出てたからだよ。つっても、色々ヒントはあったし、それを拾いあげてつなぎ合わせただけだけどな」
「そんなことが、高嶺刑事に出来たなんてな……言わなきゃよかった」
「きっと、綾子は気づいて欲しかったんだろ。止めれなかった後悔と、恋愛感情と、その狭間に立って、誰にも助けて貰えなかった。助けて欲しいと伝えたかったんじゃねぇの?」
「……ッ」
「まあ、説教も愚痴も、過去もこれからのことも後からいっぱい聞いてやるし、相談に乗ってやるから、取り敢えず藤子つれて帰るぞ」
俺は、そう言って綾子に手を差し伸べた。
綾子はその手を迷いながら、でも決心したように取る。
炎はすぐそこまで迫っており、階段で降りても間に合うかどうか分からなかった。先導するより、先に此奴らに降りて貰う方がいい。俺は、綾子を立ち上がらせ、藤子をおぶらせると、先に下に行くように指示した。俺はその後を追うからと、そういえば綾子は急いで階段を駆け下りた。
「高嶺刑事も早く!」
「ああ、分かってる……ッ!?」
そう言って一歩踏み出したとき、絶えきれなくなった柱が崩れてき、出入り口を塞いだ。綾子の声が遠くから聞える。両出口を塞がれており逃げ場を失う。
「た、高嶺けい……」
「先にいけ、必ず降りる!」
俺は、立ち止まっていた綾子の背中を押し、どうにか下に降りさせた。足音が聞えなくなり、いよいよ炎も目の前まで迫ってくる。息を吸えば、煙で肺がやられるだろう。
(ハッ……こんな所で死ねるかよ)
それでも、万事休すなのは変わらないし、頭も回らない。
俺はどうにか考え、目の前に見えたガラスの窓を見る。窓を開け、下を確認し、ここからなら出ることが出来るんじゃ無いかと予想する。だが、ここは五階だ。上手くいって骨折で、悪ければ死だ。
そんなことを考えているうちに、建物は音を立てて崩壊を始める。迷っている時間など無かった。
ここで死んだら元も子もない。
「迷ってる暇ねえからな、まあ、俺の悪運の強さにかけるしかねぇ!」
俺が約束したのは、誓ったのは、生きて背負うって言うことだ。
俺は、窓の縁に足をかけ崩れるフロアを背に飛び降りた。
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