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ある
28
柘榴とAI

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花子
セツはホワイト伯爵の一人娘だった。
母親はセツが産まれた時に体を悪くして死んでしまったため、父親からしか母親の話を聞いたことがない。
セツは同年代の子供達よりも精神的成長が早かったようで、友達はできず、物心ついた頃からずっと父親だけがセツの大事な人だった。
同い年の皇太子には何度か茶会で遭遇しており、何故か気に入られて何度か婚約の申し込みがあった。
普通の貴族であれば皇族からの婚約の申し込みを断るはずがないし、断れるはずもなかった。
しかしセツの父親は失ったセツの母親を深く愛しており、セツの母親が遺した「皇族との結婚は絶対にさせないで欲しい」という約束を頑なに守り、婚約は一度も成立しなかった。
当時セツと皇太子の年齢は僅か8歳だったこともあり、子供の迷いごとだとされ、セツの父親も罰を与えられることはなかった。
それにはセツの父親が戦でいくつもの誉れをあげる英雄であったことと、セツの母親が貴族ではなく平民であったことも関係していた。
セツはそれでも求婚してくる皇太子に何度も己は皇族と結婚するのに相応しくない人間であると答え続けた。
「殿下と私が結婚しなくとも、私は殿下や陛下の為に生きますし、私は殿下の物ですよ」
父親の忠誠に憧れ、セツもまた盲目的に皇太子を信仰していた。
ハント兄弟との出会いはさほど印象的ではなかった。
父親同士が戦友であり、親しい仲ではあったが領地の距離が離れていたためセツとハント兄弟が出会うことはあまりなかった。
屋敷の庭で初めてハント兄弟に遭遇した時、兄のイザークに「女であるのに剣の鍛錬している」と喧嘩を売られた。
セツは最初歳下の子供であるイザークを無視したが、イザークが「父親しかいないから男みたいなことしか教えて貰えないのか」と発言したため、問答無用で足をひっかけて痣にならない程度に蹴飛ばした。
弟のエドガーが止めにかかってきたがイザークの上に突き飛ばせば二人は情けない声を上げて静かになった。
数十分後、父親が友人であるハント伯爵とその息子達を紹介してくれた時は、流石に肝を冷やした。
セツは先程とは打って変わって非の打ち所のない笑顔で握手を求めたが、イザークに拒否され、セツが二人に暴力を奮ったことがバレてしまった。
幸いなことに、ハント伯爵は寛大な心でセツを許してくれ、寧ろ問題児であったイザークを叱ってくれた。
セツは生まれて初めて父親以外に感動した。
──流石父上が親しむ程のお方である! 何て素敵な大人なんだろう!
しかしその後、調子に乗った息子にお灸をすえてやって欲しいと定期交流を約束された時は、子供さえ居なければ完璧だな、と思わざるを得なかった。
そうしてセツとハント兄弟との交流が始まった。
ハント伯爵は奥方が隣国の第三王女にあたり、王女の帰省の護衛として自ら隣国に向かった。
その間ハント兄弟はセツの父親であるホワイト伯爵の元で過ごすこととなったのだ。
兄のイザークがやたらとセツに突っかかってくるため、大人しい弟のエドガーが可愛く見えた。
セツが父親と皇族以外にまともな感情を抱くことはほとんどなかった為、ある意味エドガーは特別な子供だった。それでもセツにとっては「鬱陶しくない子供」程度ではあったが。
程なくしてハント兄弟もセツへの屈辱を晴らすために剣を習い始めたが、二人がセツに勝つ日はついぞ訪れることがなかった。
しかしハント兄弟が剣を学び始めてからは、セツも二人のことを雑音ではなく同じ師を持つ後輩として認識を昇格させた。
数ヶ月もすると、ハント伯爵が帰国し兄弟もまた領地へ帰ることとなった。
二人に帰り際、「次に会った時は更に剣の腕が上がっているはずだ」と言われたことは少し印象に残っている。
セツはあの時二人とまた出会うことを楽しみにしたはずだ。
セツの順風満帆な人生が大きく崩れたのはそこから数年ほど経った後だった。
南方民族との諍いと、その地域の魔物の制圧に向かった父親が戦死した。
聞いた話によると、魔物を操る南方民族に襲撃されたと。
セツはその報せを受け取った時、確かに心が死んだのを感じた。
父上がいなければ生きていても仕方がない。しかし父上はいつもセツに正しく生きるようにとセツを導いていた。
セツは正しく生きなければならない。きっと、正しく生きる果てに死んだのならば、父親のいる天国にセツも逝けるだろう。
正しく生きるために日々善行を積む努力をしたセツの住む伯爵邸は、当主の不在を狙った賊に襲われた。
セツは既に大人にも負けない剣技を身につけており、賊を追い返すことは容易いはずだった。
しかし伯爵邸の全ての物、人は父親の財産だった。
セツは使用人や騎士達全てを守ろうとし、右目を負傷した。
他にも負傷した騎士達を見て、セツは絶望した。父上の財産を傷つけてしまった。
セツはそれから伯爵邸の全ての人に紹介状を与えて解雇し、大きな屋敷に一人となった。
しかしその後も賊に執拗に狙われ、セツは伯爵邸を後にすることにした。
何日か王都をさ迷った後、無人の伯爵邸を不審に思ったハント伯爵に捜索され保護された。
セツは最初ハント伯爵の保護を断ったが、セツの父親にセツを任されていると聞き、大人しく領地に着いて行くこととなった。
セツはその日、父親だけでなく父親の親友である伯爵の足でまといになってしまったことを嘆き、部屋で少し泣いた。
セツは無償でハント伯爵に保護されることに耐えられなかったため、伯爵に懇願してハント兄弟の正式な剣の指南役となった。
セツは右目の視力を失っても尚、伯爵邸で一番強かった。
青年になったハント兄弟はセツの教えをよく聞き、みるみるうちに剣技を上達させた。
セツはいつしか二人の将来を想像する楽しみを覚えていた。
ハント兄弟の兄が18歳になり、騎士育成学校に入寮することが決まった。
弟は17歳で騎士学校に入る年齢ではなかったが、弟も兄と同じく異例の強さを持っていたため、成績優秀者としてまとめて入寮した。
セツの汚い野心が己も騎士学校に入寮したいとセツの内側で暴れたが、セツは押し殺すことにした。貴族は平民と違って学費免除を申請することが出来ない。ホワイト伯爵の財産を凍結させているセツには叶えられない願いだった。
二人が伯爵邸を離れる日、二人は本当にしつこく伯爵邸で帰りを待っていろ、とセツに命令した。
大事なハント伯爵の息子達である為、セツは勿論と頷いたが、正直騎士学校を卒業した者に剣を教えるのはおかしな話であるため、このままお役目御免で自分の伯爵邸に帰ることになるだろうと考えていた。
ハント兄弟が伯爵邸から居なくなり、セツは唯一の楽しみを無くし呆然と過ごしていた。
屋敷を出る準備をしていたら、慌てたハント伯爵にもう少しゆっくりしていけと呼び止められ、無意味に日々を過ごした。
伯爵邸の使用人たちが手持ち無沙汰になるほど働き、剣の鍛錬をし、ただ無意味な日々を過ごした。
ある日セツは、いつも手紙をくれる執事とは違う執事から手紙を受け取った。皇太子からの極秘の手紙だった。
手紙には、建国祭の日に一目でいいからセツに会いたいと書かれていた。
セツは政に詳しくないが、皇帝が病に臥せってから皇城では水面下で政治争いが起こっていることは知っていた。
正しく生きる方法を考えていたセツは、皇太子の力になれるかもしれない機会に喜び、ハント伯爵に黙って建国祭の日に皇太子に会いに行った。
まさか会うなり突然取り押さえられて皇城に連れていかれるとは思ってもいなかった。
こんなことになるならハント伯爵に一言残していくべきだったとセツは嘆いた。
セツは皇城で、皇太子に監禁された。
皇太子は周りの貴族全てが皇太子を害する異分子だと言い、信じられるのはセツだけだったため強引に手元に連れてきたと説明してくれた。
セツは騎士学校に入っていないため騎士になることが出来ない。
それなのに、皇太子のご慈悲によって傍にいさせて貰えるというのだ。
セツは喜んで受け入れた。
忠誠の証として残りの左目を潰すように言われても、喜んで受け入れた。
セツにとって視力など、父親のいる天国に逝くことに比べれば大切なものではなかった。
ただ、ハント兄弟に黙ってこの目を潰したら、彼らはセツに怒るかもしれない、と少し思った。
両目を潰しても、剣は与えられなかった。
皇太子はセツを痛めつけながら犯した。
皇太子は少し前に結婚していたはずだが、皇太子はセツを妾として犯し続けた。
皇太子に犯されるのは酷く痛くて苦痛に感じる事があったが、セツの体はとてつもなく丈夫なので壊れることはなかった。
セツにとって面倒だったのは、皇太子の結婚相手である皇太子妃もまたセツを痛めつける事だった。
皇太子と違って射精という終わりがなく、皇太子よりも長く、陰湿だった。
毎日のように二人から酷い言葉を浴びせられていたが、セツの心は父親が死んだ時に一緒に死んでしまったから、ちっとも辛くなかった。
セツは皇太子の味方になりたかったが、皇太子はセツに一切の内政にまつわる情報を与えなかった。
使用人と言葉を交わすだけで怒るので、セツは政治状況が全く分からないまま日々を過ごした。
そして時が経ち、いつも以上に騒がしい皇城の日が訪れた。
視力を失ったことでその他の神経が研ぎ澄まされたセツはすぐに異変に気付いた。
その日はたまたま皇太子の機嫌が良く、皇太子の部屋で一緒に寝ていたためセツは皇太子を起こして逃がそうとしたが、皇太子は足でまといのセツを引きずって一緒に緊急避難通路を目指した。
その道中、気が動転した皇太子はセツに罵声を浴びせてる最中に、セツの父親を殺したのは皇太子だと漏らした。
体中の血液が煮えたぎって吹き出すのではないかという程の怒りを覚えつつ、何故殺したのか聞くと、ただ邪魔であったからと答えた。
そこからは、体が勝手に動いたためあまりよく覚えていない。
ただ、皇太子の首に噛みつき肉を引きちぎった感触と、皇太子が落とした剣を拾って何度も皇太子の体に突き刺した時の感覚だけは覚えている。
あの時自分は笑っていたのか、叫んでいたのか、覚えていない。
本当はセツは知っていたかもしれない。
父親が亡くなった後、何度もホワイト伯爵邸を狙った賊の腕の良さに違和感を覚えていた。
ハント伯爵とその息子達に、勝手に伯爵邸を出ることを許さないと強く言われていたこと。
ハント兄弟が騎士学校に入寮することが決まった時、黙っていたセツに金銭的理由とは違う理由でセツを騎士学校に入寮させることが出来ないとハント伯爵が謝ってきたこと。
父親は南方民族に殺されたのでは無いかもしれないとハント伯爵に打ち明けられたこと。皇太子が手を回した可能性があると言われたこと。
皇太子がそんなことをするはずがない。する理由がない。父上はこの国で一番皇族を信仰する誇り高い騎士なのだ。
「殿下が異様にセツに執着することを、彼は最後まで心配していたんだ。今まで伝えられなくてすまない。君を傷つけると思って黙っていたんだ」
ハント伯爵がわざわざ人払いをして話してくれた言葉だった。
でも、伯爵様。それでは父上が亡くなった理由は私にあるということになりませんか。
セツは言葉を発していると思ったが、実際には口をはくはくと動かすだけで、声になっていなかった。
やっぱりセツは二度と天国にいる父親には会えないのだ。
だってこんな親不孝者、地獄に落ちるに決まっている。
それならば、この身の全てをかけて、皇太子を殺し続けて、一緒に苦しみ続けよう。
そうしてセツは自分の首に、剣を当てた。
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うわ……第6話、重すぎてしばらく動けなかった。 幼い頃から父親だけが全てだったセツが、皇太子に監禁され、両目を潰され、父親の死の真相を知った瞬間の流れは読んでいて本当に辛かった。特に「父上の死因は私にある」って自責する内面の叫びが胸に刺さる。そしてラストで自分の首に剣を当てるところ……この先どうなるんだろう。 生田仗さん、本当に重くて美しい話をありがとうございます。続きが気になるけど、ちょっと心の準備が必要かも……。