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【図工室】
目覚めは、まるで深い水の底から浮かび上がるみたいだった。
まだ、眠気の膜が頭を包んでいる。
(……そういえば、チャイム鳴らなかったよな)
違和感を抱きつつ顔をあげる。
「……え?」
教室には、誰もいなかった。
カーテンが風に揺れている。けれど、風なんて吹いていない。
光はいつもより薄暗く、灰色がかった空気が漂っていた。
「二時間目って……移動教室、だっけ?」
そう呟いたけれど、机の上の予定表は――白紙だった。
さっきまで確かに書かれていた「数学」の文字は、跡形もなく消えていた。
(誰かが消した?いや……そんなことより、時間!)
急いで時計に目を向ける。
……あれ、おかしい。
「三時……九十七分?」
ありえない。数字が、歪んでいた。
見間違いじゃない。『97』が、確かにそこにある。
見ているうちに、針がぐにゃりと曲がり、文字盤の数字が崩れて床に落ちていく。
次の瞬間――
「1時32分」
正常に戻っていた。
息を呑む。
(……幻覚?いや、でも……)
予定表をもう一度見た。
やっぱり、真っ白なまま。
「……とりあえず、図工室に行こう」
声に出して、自分を落ち着かせる。
廊下に出ると、ドアはどれも閉まっていて、人の気配は皆無。
静寂の中で、自分の足音だけがコト、コト……と響く。
「……全校集会とか?」
自分に言い聞かせながら階段を上る。
三階に着いたとき、息が妙に重かった。
(……こんなに長かったっけ、階段)
そして――
見慣れたはずの廊下が、長い。
終わりが霞んで見えないほど、長く感じる。
窓の外を一瞬見た。
空が、紫だった。
夕方でもない、夜でもない、紫。
思わず目を逸らして、前に進む。
「……あった。図工室」
息を整え、ドアを開ける。
ガラガラ――
その音が、異様に大きく廊下に響いた。
「遅れてすみま……」
言いかけて、声が止まる。
そこは――図工室じゃなかった。
いや、文字は確かに「図工室」。
けれど、中は夜みたいに暗く、教室のはずなのに、公園のベンチが一つ。
(……やばい。これは、やばい)
そう思ったのに、足は勝手に前へ進んでいた。
音を立てないように、一歩、また一歩。
図工室の扉が、いつの間にか音もなく閉じていた。
……それに気づいた時、もう戻れないと悟った。