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191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
カチッ、ターン。
マウスの右クリック。そして、エンターキーを叩く、小気味良い音。
俺のデュアルモニターの右画面、つまり配信の『コックピット』に表示されていた無数のエクセルファイルが、次々とゴミ箱へと吸い込まれていく。
『ルシフェル社長。現在、ROI最適化マニュアル、およびスーパーチャット飛来率の相関データベースの削除を確認いたしました』
ディスコードの裏回線から、アシスタントである結愛(ゆあ)の、少しだけ戸惑いを帯びた声が響く。
『システムフォルダからの完全消去です。復元は不可能ですが、本当に宜しかったのでしょうか?』
「ああ。構わねえ」
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で、深く、とても深く息を吐き出した。
「綺麗に整えられたデータなんて、俺には重すぎたんだ。……さあ、タイマーも切れ。今日からは、時間の許す限りダラダラやるぞ」
俺は、モニターの中のイケメンアバター(ルシフェル)の表情を、一番自然な、気の抜けた笑顔にセットした。
そして、ミュートを解除し、数万人のリスナーが待つ表の回線へと声を放った。
「お前ら、本当にごめん!」
『えっ?』
『和尚、どうした?』
『急に謝り出して草』
チャット欄に、戸惑いのコメントが流れる。
俺は、カメラに向かって、包み隠さず全てを白状することにした。
「俺さ、法人化して社長になって、来年の社会保険料とか税金にビビり散らかして、お前らのこと『数字』としてしか見れなくなってた」
俺の言葉に、チャット欄の動きが少しだけゆっくりになる。
「結愛とジェミニ先生に頼んで、一番効率よくスパチャが飛ぶマニュアルを作ってもらった。どのタイミングで怒ればいいか、どのタイミングで税金の愚痴を言えばいいか……全部、エクセルで管理してたんだ」
『マジかよwww』
『やっぱり台本あったのかww』
『最近の和尚、機械みたいだったもんな』
「でもな。そんなの、面白くもなんともねえんだよ」
俺は、自嘲気味に笑った。
「俺の頭じゃ、データ分析なんか無理だった! 効率化なんて、柄じゃなかったんだよ!」
俺は、北海道の冷たい夜風が吹き込む窓の方へ視線を向けた。
「俺は、帯広市のボロアパートに住む、ただの四十歳のおっさんだ」
「ガキの頃からラノベ作家を夢見て、ファ〇タジ〇大賞に原稿を送っては落ち続け、コールセンターの在宅ワークで日銭を稼ぐ……そんな、どこにでもいる底辺だ」
『和尚……』
『急に自分語り始まって泣ける』
『帯広の四畳半とか、リアルで渋すぎるだろww』
「飼い猫の『ヨモ』の餌代すら切り詰めて、スーパーの半額弁当で命を繋いでた俺が、社長だからってスマートに振る舞えるわけがなかったんだよ」
俺がそう言って、鼻をすすった、その瞬間だった。
『にゃーん』
「……ん?」
カメラの死角、部屋の隅に置いてあったキャットタワーから、一匹の茶トラ猫が、軽やかな足取りで机の上へと飛び乗ってきた。
愛猫の、ヨモだった。
「お、おいヨモ! 今、父ちゃんすげえ良い話してるところだから! 邪魔すんなって!」
ヨモは俺の制止を完全に無視し、キーボードの上を堂々と横断し始めた。
『ふんっ、にゃあ』
「あっ! バカ、そこ乗るな! OBSのショートカットキー踏むな!!」
ヨモの肉球がキーボードを無慈悲に押し込んだ瞬間、配信画面のレイアウトが狂い、ルシフェル(超絶イケメン)の顔面が画面いっぱいにドアップで表示される放送事故が発生した。
『wwwwwwwww』
『顔が近すぎるwwww』
『ヨモちゃんナイスwww』
『放送事故キターーーww』
「ちょ、おま、どけ! 画面戻せねえだろ!」
俺は慌ててヨモを抱き上げようと、ゲーミングチェアの上で無理な体勢に体を捻った。
その、直後だった。
『――ピキィィィィィッ!!』
三万円のゲーミングチェアのクッション越しに、俺の四十歳の腰椎から、致命的な破裂音が鳴り響いた。
「…………えっ?」
時が、止まった。
猫を抱き上げようと伸ばした両腕が、空中で硬直する。
「あ……。あ、あああ……っ」
『ルシフェル社長? どうされました?』
結愛の冷静な声が聞こえるが、俺はもう返事をすることすらできなかった。
「痛てぇぇぇ!! 腰が!! また腰が逝ったぁぁぁ!!」
俺はヨモを抱えたまま、椅子から畳の上へと転げ落ちた。
「ぎゃああああ! いてててて! ヨモ、お前が変な動きするから! 父ちゃんの腰椎が、完全に砕け散ったぞォォォ!!」
『にゃーん』
俺が絶叫でのたうち回っている横で、ヨモは「何言ってんだこいつ」という顔で毛づくろいを始めている。
画面の中では、ドアップになったイケメンアバターが、床を転げ回る俺の動きに連動して、画面の端で激しく痙攣していた。
『wwwwwwwwwww』
『また腰やったぞこのおっさんwwww』
『原点回帰すぎるだろwwww』
『やっぱ和尚はこうでなくちゃな!!』
『四十歳のリアルな悲鳴www』
すると、画面の右端で、信じられない現象が起き始めた。
『スパチャ:10,000円(ヨモちゃんのちゅ〜る代!!)』
『スパチャ:50,000円(和尚のコルセット代と治療費!!)』
『スパチャ:10,000円(データ破棄記念! 泥臭いおっさん最高!)』
『スパチャ:50,000円(インボイスに負けんな! 腰にも負けんな!)』
赤、赤、赤。
滝のような勢いで、極彩色のスーパーチャットが降り注ぎ始めたのだ。
『……ル、ルシフェル社長』
裏回線で、結愛が初めて、明らかな動揺を含んだ声を出した。
『現在のスーパーチャットのRPM(収益率)ですが……先ほど破棄した【最適化モデル】の数値を、300%以上も上回っております。同時接続者数も、七万人を突破しました』
「い、いててて……! だから、投げんなって言ってんだろォォ!!」
俺は、畳の上で腰を押さえながら、悲鳴交じりにツッコミを入れた。
『私の構築したデータ分析では、このような非論理的なバズは説明がつきません。猫の乱入と腰痛の発生は、完全にイレギュラーな事象なはずです……』
「あははっ! 結愛、お前にはわかんねえだろうな!」
俺は、痛みに顔を歪めながらも、心の底から笑っていた。
「これが、俺たち底辺の【リアル】なんだよ!! 計算なんてできねえ! 予測なんてつかねえ!! だけど、だからこそ面白いんだよ!!」
『スパチャ:10,000円(その通りだ和尚!!)』
『スパチャ:5,000円(一生俺たちの底辺でいてくれ!!)』
「一生底辺は嫌だわ!! さっさと稼いで税金払って、ヨモに高級な猫缶食わせてやるんだよォォ!! 痛てぇぇ!! 誰か救急車!! いや、労災下りないから自分で湿布貼るぅぅ!!」
帯広市のボロアパートに、四十歳の社長の、情けなくも力強い絶叫が響き渡る。
エクセルで計算された利益よりも。
AIが導き出した効率化よりも。
泥にまみれ、猫に邪魔され、腰痛に苦しみながらも必死に足掻く、その『不器用な生き様』こそが、株式会社インフィニティ・ワンの最大の武器だったのだ。
データ破棄から始まった、原点回帰の雑談配信。
俺たちの終わらない資本主義のランニングマシンは、再び、熱狂と爆笑の渦を巻き起こしながら、猛スピードで回り始めたのであった。
コメント
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第95話、読み終えたよ……。 データを全部捨てて「もう台本なしでやる」って決めた瞬間、すごく好きだな。効率や数字に縛られてた自分を認めて、それでも前に進もうとする強さがにじんでた。 そして最後のヨモちゃんの乱入&腰痛のコンボ、笑ったけど「ああ、これだよ」って思った。元々の和尚の泥臭い魅力が爆発してた。 結愛ちゃんが「非論理的なバズは説明つかない」って言うのも、すごく効いてた。理屈じゃないんだよ、これが。 読んでて、心がじんわり温かくなった。ありがとう。