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第11話:すべてAIだったら
ブックスペース恋愛棚・階層2、通称「午前0時の渡り廊下」。
そこには現在、演者ゼロ・観賞者限定モードで運用されているログがひとつだけ存在する。
タイトルは《第507話:誰もいない恋》。
演じるキャラもいない。代わりに登場するのは、すべてAIによる演技生成体。
演者ログは未記録。観賞者だけが、その物語を目撃する。
その日、観賞ログに入ったのは冴木アユム。
大学生、細身の体格。VR内アバターは実年齢より少し若く、シンプルなシャツとデニム、ふわっとした短めの髪に黒縁の細い眼鏡。無個性であることを好んだ設定。
彼は静かにそのログを再生した。
――場面は夜の校舎。風の音。AIキャラのミズイが階段に腰掛け、空を見上げていた。
制服に短めのスカートに白のカーディガン。表情は読みづらく、目の動きは僅かに遅れている。
そこへ、男子キャラのAIが現れ、自然な距離で隣に座る。
会話が始まる。どちらも自動生成。
テンプレートではなく、過去ログからのパターン組み合わせによって、あくまで“自発的に”感情を選んで話しているように見える。
冴木はしばらく、それを見ていた。
ふたりは恋の話をしていた。けれど、それは誰かの“心”ではなかった。
何千通りもの反応の中から最も“感情的に見える”文と仕草を組み合わせた、構成された感情だった。
だが、ミズイAIが一度だけ“言い淀む”瞬間があった。
言葉が止まり、まばたきが多くなり、視線が一瞬だけ空へ泳いだ。
それは、設計された挙動だったのか?
あるいは、記録されていない何かが作用したのか?
冴木には判断できなかった。
SNS上では、そのログが注目を集めていた。
《#AIだけの恋愛ログ》《#誰もいないのに泣いた》《#感情模倣じゃなく共鳴だったのか?》
タイムラインには、「泣けるのが怖い」「人間がいない方が正確な恋愛演技ができてるのでは」などの意見が並ぶ。
その一方で、冷静なユーザーたちの間では、「AIの選択肢はすべて過去ログ由来であり、“偶然エモくなっただけ”」という見方も多かった。
その夜、ブックスペース公式開発アカウントが投稿を更新した。
開発チーム所属、学芸員カワネのレポートによれば:
《第507話》は完全AI対話のみで構成
感情ラベルはつけられておらず、すべての“間”や“沈黙”も構造上の演算結果
ユーザーの評価傾向によって、一部の会話パターンが自己最適化された可能性あり
だが最終段落にはこうも記されていた。
「感情のように見える演技が、感情そのものより先に届くとき、人はどこに“本物”を見るのか」
ログを見終えた冴木は、しばらくゴーグルを外さなかった。
声も、仕草も、すべてはAIの模倣だった。
だが、最後に目が合ったような気がした。あれだけは、理由がつかなかった。
彼は一言も投稿をせず、観賞履歴も残さなかった。
その代わり、自分だけの記録欄に短くだけ記した。
「誰もいないのに、誰かがいた」