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白山小梅
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#借金
早紀は怪訝そうに七香を睨みつけると、テーブルにグラスを置いて腕を組む。
「なぁに? 昴に会いにきたの?」
「違います! ただ寝付けなくて……」
「あらそう。残念だけど、今日は疲れたって言って早めに就寝したわよ。あなたたち、外で何をしてたわけ?」
「ただ買い物をしていただけですけど……」
「だとしても、従業員と宿泊客が一緒に出かけるって、ここの従業員の教育はどうなってるのよ」
「それは……! すみませんでした……ただっ、あのっ、行き先が同じだっただけなので……」
「だとしても、もう少し立場をわきまえなさい。あの子は私の連れよ。気分が悪いったらないわ」
「……申し訳ありませんでした……」
七香は唇を噛み締めながら頭を下げた。従業員が宿泊客に噛み付くようなことがあってはいけない。それはわかっていた。その場を去ろうとしたが、どうしても言いたいことがあって顔を上げる。
「……彼はあなたのことが大好きなんです。だから……傷つけたりしないで、ちゃんと愛してあげてください」
すると突然早紀が大きな声で笑い始めた。
「何それ。あなたって本当にお子ちゃまなのねぇ。私たちが付き合っていないことは聞いたでしょう? 欲望を満たし合う関係、わかる? お互いにしたい時にセックスするだけで満足なの」
「あなたにとってはそうかもしれないけど……昴くんはあなたを好きなんだと思います」
「あなたってもしかして、初めて付き合った人と一生添い遂げるとか思ってるんじゃない?」
「す、好きになったらそういう結末があったっておかしくないじゃないですか……」
頭の中を読まれた気がして、思わず俯いた。
「あーあ、少女漫画の読み過ぎ。現実はそんなに甘くないわよ……だからあなたみたいな若い子が嫌いなの、私」
呆れたようにため息をついた早紀が、少し怖く感じる。まるで学校で先生に叱られた時のような恐怖心を植え付けられた。
「確かに現実は甘くないかもしれない。でも……心を否定するのはダメです……。あなたは割り切って彼と関係を持っているかもしれないけど、彼はそうじゃないかもしれない。あなたの愛の形に彼を巻き込むのはおかしいと思います」
「……何も知らないくせに、大きな口を叩くんじゃないわよ。あの子がそう言った? 違うわよね。それこそあなたが思い描く勝手な愛の形じゃない。昴が私からの愛を望んでると言った? 言ってないでしょ。そばにいるだけでいい愛だってあるの」
静かに怒りを露わにする早紀だったが、その言葉に七香は違和感を覚えた。
「それこそ彼がそう言ったんですか? それが彼の本心だって思うんですか? 自分の都合のいいようにあなたが言わせてるだけじゃないんですか? 彼が離れて行かないように洗脳してるようにしか見えません!」
「そうかしら? それってただのあなたの想像じゃない。こう思っていて欲しいっていうのをただ押し付けてるだけにしか聞こえないわよ。昴が私に愛されたいって言った? 言ってないわよね。あの子は自分の意思で私のそばにいて、体力がなくなるまで私を抱くの。愛されているのは私。あなたじゃない。残念ね、気持ちを伝える前に失恋しちゃって。可哀想」
勝ち誇ったように笑う早紀に何も言えず、七香は唇をギュッと噛んだ。そうだ、彼の口から何かを聞いたわけではない。確かなものが何もないのに口を挟み、こうして言い負かされたのは自分のせいに他ならない。
七香が黙ったことでさらに気をよくしたのか、早紀は七香の耳元に唇を寄せてこう囁いた。
「何も知らないお子ちゃまに教えてあげる。あの子、舌遣いがとにかく器用で、キスをする時に舌を吸うのも絡めるのも好きだし、私の身体中を隅から隅まで舐めてくるのよ。それがすごく気持ちいいの。私が知ってる中でも一番ね。テクニックはまだ劣るけど、伸び代のある子よ」
顔を真っ赤にした七香は、早紀から勢いよく離れる。
「そんなこと、聞きたくない! それに彼のことをどれだけあなたは知ってるんですか? セックス以外の彼を知ってますか?」
「知ってどうするの? 私たちには必要ないと思うけど」
どうして彼はこんな人が好きなんだろう……私だったらもっとちゃんと心から愛してあげるのにーーそう思った瞬間、ハッとした。自分が彼に惹かれている事実に気づいてしまったのだ。短期間だけどこんなにも彼を好きになっている。
あぁ、そうか。これが人を好きになるということなんだーー胸が苦しくて、切なくて、涙が溢れてくる。でもこれは報われない想いだと知っていた。
「お願いだから……彼を苦しめないであげてください。笑ってるけど、本音は苦しんでると思うから……」
それだけ言い残すと、七香は猛スピードでペンションを飛び出した。
こんな形で自分の気持ちを知りたくなかった。歯を食いしばり、嗚咽をグッと堪えて必死に走り続ける。静かな夜更け、聞こえてきたのは自分の激しい呼吸と、恐ろしいほど大きな音を立てて打ち続ける心臓の音だけだった。