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「……美月先輩と……何?」
悠真の声は低く、そして驚くほど冷ややかだった。
わずかに言い淀んだソラだったが、ひるまず一気に言葉を叩きつける。
「クローバーから駅に向かう途中のコンビニで、あんたと美月さんが会ってるのを見た! 隠したって無駄よ、あんたうちの高校の制服のままだったし、人違いなんてありえないんだから!」
ソラは言い切って、逃がさないと言わんばかりに悠真を射すくめた。その瞳には、クラスの頂点に君臨する彼女らしい、有無を言わせぬ圧がある。
だが、悠真は動揺するどころか、さらに深い無機質な瞳でソラを射抜き返した。
「それだけですか?」
「え……?」
「会ってるのを見ただけですか?」
ソラは喉の奥で息を呑んだ。
すぐ後ろにいたので2人の会話も、美月先輩が悠真に向けた甘ったるい声も、全部聞こえていた。
だが、それを正直に言うのは、話しかける勇気もなくて、隠れて耳を澄ませていた自分を認めるようで、プライドが邪魔をした。
(なんか、ストーカーっぽい……?う~ん、でも!)
胸の奥で燻る正体不明の焦燥感が、ソラの背中を押した。どうしても、この目で見たものの正体を暴かなければ気が済まない。
「……全部、聞こえてたわよ。『外では名前で呼んで』とか、美月先輩の知らないあんたを私が毎日見てるのが複雑、とか……。美月先輩、あんたに甘えてたじゃない! あんな……愛おしそうな甘えた声。あんなの、ただのバイト仲間なわけないじゃん! あれ、どういう意味? あんたたち……付き合ってるんでしょ。そうじゃないなら、あんな声出さないし、あんな場所で待ち合わせなんてしないでしょ!」
一気に捲し立てたソラに対し、悠真は眼鏡のブリッジを押し上げ、事も無げに言った。
「やはり、聞かれてましたか」
「……え? やはり?」
「ええ。白石さんが後ろにいたの、気付いていましたから」
「……っ!」
ソラの顔が、一瞬で耳の根元まで真っ赤に染まった。
気付かれていた。完璧に隠れていたつもりだったのに。それに、こいつ振り返ったりしてなかったはず。
つまり、こそこそと棚の影に隠れて聞き耳を立てていたマヌケな自分の姿を、彼は最初から認識していたのだ。
羞恥心で爆発しそうなソラの様子を、悠真は冷静に分析していた。
(見られただけで会話が聞かれていなければ95%の確率で隠蔽工作が可能だった。しかし会話を聞かれていたのなら、成功確率は0.1%…。ましてや相手は動揺による眼球の急激な揺れ、呼吸の乱れ、顔面の紅潮……これ以上の隠蔽は逆効果だ。不規則な行動、バグを誘発する前に、彼女をこちら側の領域に取り込むべきか)
悠真の脳内演算機が、この絶体絶命の状況における『最適解』を弾き出す。
「……会話を聞かれていたのなら、これ以上の隠蔽はリソースの無駄ですね。認めます。白石さんの推測通り、僕と瀬戸さんは交際しています。……これで満足ですか?」
「……っ!」
あまりにもあっさりと認められ、ソラは一瞬、拍子抜けしたように目を丸くした。
「や、やけにあっさり認めたわね。やっぱりそうよね。あの雰囲気で付き合ってない、っていう方が不自然だもんね」
「で……」
悠真が、感情を削ぎ落とした声で続ける。
「言いふらされるのは非常に困るんですよね。学校でも、バイト先でも。口止めに何をご所望ですか?お金?それとも僕にパシリでもさせますか?」
「ふざけないで!お金なんていらないわよ。あんたをパシらせるのも、美月先輩に何か悪いし……」
「じゃあ、何をお望みで?」
「別に何も……」
悠真は眼鏡のブリッジを押し上げ、心底不可解だというように目を細めた。
「じゃあ、なんでこんなマネを?相手の弱みを掴んで、それを元に自分のメリットに繋げるんじゃないんですか?」
「見くびらないで!……別に私はただ、本当のことを知りたかっただけよ」
ソラは、真っ直ぐに悠真を見据えた。
「あんた、学校じゃ死んだ魚みたいに寝てて、でもバイト先じゃ誰よりも凄くて……その上、あの美月先輩と付き合ってるなんて。……わけわかんないじゃない。あんた、本当何なの?」
「何なの? って言われても……」
悠真の、本気で「理解不能」という様子を見て、ソラは少しだけ冷静さを取り戻した。
「じゃあ聞くけど。なんで周りに黙って付き合ってるの?」
「それは言えません」
悠真はきっぱりと、防波堤を築くように答えた。
「え、なんで?あんたたち、付き合ってるんでしょ?堂々としてればいいじゃん」
「事情があるんで」
「事情って?」
「言えません」
一歩も譲らない悠真の態度に、ソラは思わず声を荒らげた。
「あんたたちが付き合ってるってだけでもイミフなのに、それを秘密にするなんて、ますます訳わからないんだけど、ほんと」
「……これ以上お話しするには、美月さんの承諾が必要になります」
悠真がそう告げると、ソラは「あ、そう」と不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、この際だから3人で会おうよ。美月先輩も一緒に」
「え?」
悠真の脳内演算機が、本日何度目かのフリーズを起こした。
「ちょっと待ってください。それは論理が飛躍しすぎだ。なぜあなたを交えて3人で――」
「だって、隠し事があるのは先輩も一緒でしょ?本人に聞くのが一番早いじゃん」
ソラは意気揚々と饒舌に続けた。
「私、まだ美月先輩の連絡先知らないから、あんたから上手く言って、連れ出してよ。今日私はバイトオフだけど美月先輩とあんたは?」
「……2人とも今日シフト入ってますが……でもやっぱり……」
「今日も、昨日みたいに終わったあと、あのコンビニで待ち合わせるの?」
「……その予定ですが……」
次々と話を進めるソラに圧倒され、半ばあきらめたように悠真は答えた。
「じゃあ、そこに私も合流する!バイト何時上がり?」
「私は21時、美月先輩は21時半ですが……」
「OK!それに合わせてあのコンビニ行くわ」
ソラはスマホを取り出し、悠真に「連絡先、交換しよ」と伝え、悠真が恐る恐る鞄からスマホを取り出すとひったくるように奪い、慣れた手つきでお互いの連絡先を交換した。
「じゃあ、後ほど」
ソラは弾むように階段を駆け下りていった。
一人残された踊り場で、悠真は再び眼鏡を直す。
システムの負荷は下がったはずだ。だが、解析不能な「不規則な鼓動」が、胸の奥で静かに鳴り響いていた。
(……3人で会う? 瀬戸さんと、白石さんと、僕……?)
そんな状況、悠真の膨大なデータの中にも、どこにも存在しなかった。
視界の端で踊るメッセージ通知は、これから始まる「3人の時間」という名の、計算不能なバグの始まりを告げているようだった。