テラーノベル
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暖かい陽の光を瞼の裏に感じて、俺の意識は上に上っていっていく。あったかくて 柔らかい毛布に包まれているような、そんなふわふわとした心地の中でゆっくりと目を開ける。目の前には、俺の腕の中で眠る愛しくて大切な人がいる。
小さな寝息を立てて、深く眠るその姿は、差し込んだ朝日に照らされていて、まるで童話の中のお姫様のように綺麗だ。
息をするたびに小さく上下する肩、少し開いた小さな口、ふるふると揺れる長いまつ毛、全部が可愛い。
もしかしたら、亮平の正体は妖精さんとか天使とか、そういうやつだったんじゃないか、なんて突拍子もないことを、寝ぼけた頭で考える。
亮平が寝ている間に、思う存分可愛いその顔を目に焼き付けておきたくて、じっと穏やかな寝顔を眺めていると、亮平の上唇の端にある小さなホクロに目が止まった。
控えめなその小さな点は、亮平が息をして唇がわずかに動くたびに揺らめいて、俺の目にひどく扇状的に映った。
昨日の甘い夜が記憶を掠める。自分の中の熱がぶり返していく感覚にたまらなくなって、亮平を強く抱き締めたくなったけど、その衝動は全力で抑えた。先程から湧き上がるむらっとした高揚感も、もちろんのこと必死に無視した。
もう少し、あとちょっとだけ、このまま亮平を見ていたかったから。
昨日亮平と重ねた時間全てを思い出しながら、俺の腕の中で安心したように眠ってくれるその姿を堪能する。
暖かさを求めて肌寒そうに布団にくるまりながら、俺にぴったりとくっついて来てくれるから、愛おしくて仕方がない。
そうだ、ベッドはダブルサイズもいいけど、少し狭いセミダブルでもいいかもしれない、なんてことを考えていると、携帯の着信音が寝室に鳴り響いた。
びくっと俺の体は跳ねて、穏やかな朝には不釣り合いなくらいに大きな音が立っていることに亮平が起きてしまわないかと様子を伺う。亮平からは、まだ起きてしまいそうな気配はしなかったので、俺はほっと安堵のため息を吐いた。
音量を全開で下げてから液晶の表示を確認すると、佐久間くんから電話が来ていた。
亮平との朝を邪魔されたことに少し怪訝な顔をしつつも、俺は大人しく通話ボタンをスライドさせた。
「…なんすか、こんな朝早くに」
「蓮ッ!助けて!!」
「はい?」
「今日嫁のぬいぐるみをお迎えしに行くんだけどさ、何着てったらいいと思う!?」
「…切っていいすか?」
「なんでよ!?俺マジで困ってんだって!」
「別になんでも良くないすか。買い物行くだけでしょ?」
「ちがうッ!!これは、俺と嫁の大事な軌跡なんだぞ!大好きな子を迎えに行って、そのあとはその子とデートする、それとおんなじだぞ!?めめも阿部ちゃんとデートする時それやるでしょ!?」
「まぁ、そりゃあ。亮平の前ではいつでもカッコよくいたいんで」
「じゃあ助けてよー!お前俺の後輩だろ!?」
「こんなことで悩んでる先輩見たくないっすけどね。好きな子を惚れさせるための方法は自分で考えてこそ、男側の使命じゃないですか?」
「…確かに……ッ!」
とんでもなくどうでもいい佐久間くんからの相談に、渋々相槌と個人的な意見を返していくと、胸のあたりがもぞっと動いた。
「ん…ふぁ…ぁ、、れんく…?」
「ぁ、亮平」
「れんく、おはよぉ、ふぁぁ…」
「ん“ぐッ…かわい“い”…ッ…。佐久間くんすいません。亮平起きたんで切ります。じゃあデート行ってらっしゃい。」
「あっ、ぉい!ちょっ…」
佐久間くんの声は、スマホを耳から離しても聞こえてくるくらい大きかった。俺は、佐久間くんの返答を待たずに通話終了の赤いボタンを容赦なく押した。
「亮平、おはよう」
「んん…ぉあよ…。」
まだ目が開かないのか、亮平はくしくしと目を擦りながらベッドに身を預けて、俺の「おはよう」にもう一回朝の挨拶を返してくれた。
「さくまさん、でーとするの…?」
「うん、嫁を迎えにいくんだって」
「さくまさんも、けっこんしてたんだねぇ、ふふふ」
かわいい。寝ぼけてる。亮平の言葉、全部平仮名に聞こえる。
かなりの勘違いをしているみたいだから、誤解を解いた方が良いのかどうか迷った。だけど、そんなに重要なことでもないかと、俺は頭の中から佐久間くんを放り出して、目の前の亮平に集中することにした。
「亮平、ハグしていい?」
「ん、いいよぉ、おいで〜」
ふにゃふにゃと笑いながら、腕を大きく広げて待っている亮平の中に、俺は勢いよく飛び込んだ。
亮平の首元に顔を埋めておでこを擦り付ければ、亮平は擽ったそうに笑った。
「わんちゃんみたい、かわい〜」
「亮平の方がかわいい」
「え〜?俺、かわいくないよ〜?」
こんなに甘々な亮平を初めて見た。
どんな亮平も大好きだけど、こんなに蕩けることもあるのかと、また亮平の新しい一面に出会えたことに嬉しくなった。寝起き状態の亮平の破壊力は凄まじいものだった。しかし、しばらくして段々と思考がはっきりしてきたのか、亮平はモゾモゾと体を動かして後退ろうとし始めた。
「亮平?ふはっ、何してるの?」
「えっ、あ、いや、、、」
「どこ行くの?」
「ちょっと、顔洗いに行こうかなって…」
「だーめ。もうちょっと、ハグしてよう?」
「………はい…寝ぼけてた…恥ずかしい……」
「やっぱり亮平の方がかわいい」
「もういい?」
「あと五分」
を亮平と三回繰り返して、俺が四回目の「あと五分」を唱えると、亮平に「もう!お仕事遅れちゃうんだから起きないとでしょ!」と可愛く叱られた。
昨日は帰って来てすぐにベッドに向かったから、シャワーを浴びようと、亮平に「お風呂一緒に入る?」と声を掛けた。亮平は、顔を真っ赤にしながら「一緒に住むようになってからでいいですか…ッ…」と言って顔を両手で隠してしまった。
完全な拒否はしない優しさが好き。
したくても、今は難しいと思うことには無理をしない賢さが好き。
無自覚なんだろうけど、そうやって俺を期待させることを言うあざとさが好き。
可愛い仕草をしながら、俺にお預けを喰らわす小悪魔みたいな言葉遣いが好き。
俺は、亮平の全部が大好きだ。
仕事の入りまでには少し余裕があったから、この時間だったら、亮平を家まで送り届けられると気付いて、少し急いで支度をした。
亮平は、どうしてか赤い顔で、昨日俺が脱がせた自分の靴を拾って玄関に置いたあと、床を拭いてくれていた。
俺も亮平も準備を整えて、家を出る。
亮平を助手席に乗せて、車を走らせた。
「ねぇ、亮平。俺まだ時間あってさ、よかったらオーナーのお店で朝ごはん食べない?」
「っ、うん!」
亮平と過ごせる時間はあと少し。
一分でも、一秒でも長く亮平と一緒にいたい。
二日目のデートに、はやる気持ちを抑えながら、俺はアクセルを踏んだ。
いつものコインパーキングに車を停めて、オーナーの店までの道を、亮平と隣り合って歩く。
早朝に輝く初夏の緑が目に優しくて、気持ちをより一層晴れやかにしてくれる。
もうずいぶん見慣れた街路を行けば、お馴染みのカフェに辿り着く。
店先に“open“の看板がかかっていることを確かめてから、ドアハンドルを引く。
カランコロンと音を立てて開いた扉を潜って、店の中に入ると、いつも通りオーナーが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、目黒さん久しぶり。ラウの就職祝いのパーティー以来だね」
「お久しぶりっす。」
「目黒さんが元気そうで安心したよ。阿部もいらっしゃい。」
「おはようございます!」
「ふふ、朝から二人ともラブラブで相変わらず微笑ましいね。じゃあ、お好きなお席へどうぞ」
オーナーにお任せして作ってもらった朝ごはんのトレーには、ふわふわのスクランブルエッグ、こんがりと焦げ目のついたベーコン、ゆで卵の乗ったサラダが乗っていた。
「今、クロワッサンの研究してるの。まだ完全じゃないかもしれないけど、よかったらどうぞ」
オーナーは、そう言って三日月型をした焼きたてのクロワッサンをカゴからサーブしてくれた。
端から大きく一口齧ると、表面はサクサクで、中はもちもちしていて、ほんのり甘くて、すごくおいしかった。亮平も、一口分ちぎってバターを塗ってから小さな口に運んで、驚いたように目を見開いてから、「もいひぃ!」と言った。
亮平は食べてる時までかわいいのかと、取り乱しそうになるのをぐっと堪えて、「うまいっす」と思ったまま伝えると、オーナーは嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「口に合ってよかった。おかわりあるから、言ってね」
「うす」
「ありがとうございます!」
それから俺は二つ、亮平は一つ、クロワッサンをおかわりした。
おいしくてたくさん食べてしまったから、しばらくはお腹いっぱいのまま過ごせそうな気がした。
お会計を済ませて店を出ると、外までオーナーが見送ってくれた。
「またいつでもお待ちしてます。」
「うす。ごちそうさまでした。すげぇうまかったです」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとうございました。阿部もまたね」
「はい!ごちそうさまでした!」
オーナーに手を振ってから、俺たちは、ゆっくりと歩き始めた。
一歩ずつ足を進めるたびに、亮平といられる時間が終わりに向かっていく。
寂しくて、自然と歩幅が小さくなる。同時に、次に会える日を想像すると、俺の心は大きく弾み出す。
「亮平、次は亮平の行きたいところに行こう」
「俺の?」
「うん、亮平の好きな場所行って、好きな食べ物食べて、亮平尽くしの一日を過ごしたい。亮平が好きなものをたくさん感じたい」
「そう思ってくれてありがとう。とっても嬉しいよ。たくさんリクエストしても良いの?」
「うん、何個でも言って。全部叶えてあげる」
「ふふ、王子様みたい。ありがとう」
朝の人通りの少ない道を、亮平と手を繋いで一歩一歩踏み締める。
もうすぐお別れの時間が来るっていうのに、俺の心はずっと踊りっぱなしだった。
「ここまで送ってくれてありがとう。お仕事頑張ってね」
「うん、ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃい。……」
「…?」
亮平の家の前でお互いを見送ろうと言葉を交わしていると、亮平はきょろきょろとあたりを見回し始めた。
どうしたのかと、その様子を不思議な気持ちで見守っていると、亮平は突然俺の頬を両手で挟んで、俺の右頬に触れるだけのキスをした。
背伸びをした足が下に落ちていくと、上目遣いの亮平と目が合う。
「…次のデートの、予約…なんてね…?ぅぁ…はずかし…」
「〜ッ!!!亮平っ!すき!!!」
「あははっ、苦しいよぉ」
今度会う時まで絶対に忘れないようにと、俺の頬に預けられた亮平の唇の感触を、俺は何度もなぞってスタジオまで向かった。
収録の時間まで、楽屋で携帯を見て過ごす。
俺の口角は上がりっぱなしだ。
さっきまで亮平と一緒にいたということも、もちろん一つの理由だけど、それだけじゃない。
俺は、今、亮平と一緒に暮らす家を探しているのだ。
良さげな物件の写真を見ながら、あれこれ想像する。
家に帰って来た俺を玄関まで出迎えてくれた亮平が、緑色のエプロンを付けて嬉しそうに微笑む。
「蓮くんおかえりなさい。先にお風呂入る?ご飯先に食べる?」
「いや、亮平にする」
「えっ?ちょ、れんく…っ、、ぁっ…」
俺は、亮平の手を引いて、寝室まで向かう。亮平の体をベッドに優しく押し倒して、細い首筋に唇を這わせた…。
うん。良いな。
オレンジ色の照明に包まれて、俺たちは夜ごはんを食べる。
「うまっ!亮平のご飯ほんとにうまい!」
「ほんと?ありがとう!嬉しいなぁ。あ、蓮くんこれも作ってみたの。食べる?」
「食べたい!」
「はいっ、あーん」
亮平から差し出された美味しそうなご飯に、俺は大きく口を開けて顔を前に突き出した…。
うん。これも良いな。
亮平の体を抱き締めて、二人で一つのベッドに入る。常にぴったりくっつけるようにと、敢えて選んだ少し狭めのベッドで二人体を寄せ合う。
「亮平の体あったかい。ずっとこうやって抱き締めてたい」
「蓮くんの体もぽかぽかしてる。すぐ寝ちゃいそう…ん、ふぁぁあ…」
「いつでも寝ていいからね?」
「ん、だめ…まだ寝たくないの…」
「どうして?」
「今日は夜まで会えなかったから、もうちょっと蓮くんと一緒にいたい」
「朝までずっとそばにいるよ」
亮平の可愛いお願いを叶えてあげてあげたくて、俺は亮平が眠るまで、亮平のふわふわな髪を撫でていた…。
うん、最高。絶対狭めのベッドにしよう。
「なーに、一人でニヤニヤしてんのー?」
「ぅおおおおおおッ!?ふっかさん!!?」
これから始まっていくであろう亮平との生活を想像して、うきうきしていると、声が聞こえて来て、意識がそっちの方へ戻ると目の前にふっかさんの顔があった。
ふっかさんは、焦点がこっちの世界に戻ってきた俺の目を確認すると、パッと離れて、近くにあった椅子に座って、机に頬杖をついた。
「おはよー。うちの阿部とデートしたらしいじゃん。翔太から聞いたよ。んで、どうだったよ」
「めっちゃ楽しかったっす!」
「そりゃよかったね。んで、お前今携帯見てニヤニヤ、ふにゃふにゃ、アイドルのカケラもない顔して何してたの?」
「あぁ、亮平と一緒に住む家探してんすよ」
「おー、ついに同棲か。阿部ちゃんも大人になったねぇ」
「え。お前ら一緒に住むの?」
いつからそこにいたのか、楽屋の端っこで眠そうに寝転がっているしょっぴーが、少し起き上がって俺たちの会話に混ざってきた。
「はい、昨日亮平と話して、そうしようって決めたんすよ」
「ふーん、ま、家探し頑張れ」
「あ、そうだ。しょっぴー」
「んぁ?」
「オーナーと一緒に住んでますよね。家ってどうやって決めたらいいんすか?」
「うーわ…めんどくせぇ質問来たよ…。」
「ベッドは、絶対セミダブルにしようって決めてんすよ。毎日亮平とくっついて寝たいんで」
「心底どうでもいいんだけど…。ふっか助けて」
「いや、俺一人暮らしだからそういうの分かんないんで。」
「薄情野郎が…」
「しょっぴーの家は、ベッドのサイズどれすか?」
「キング」
「すご。でか。なんで一番でかいのにしたの?」
「広い、涼太の希望、涼太にはキングが似合う、以上。」
「くっついて寝れなくていいんすか?」
「…たまに夜遅く帰ると、広いベッドが寂しかったって、いつもはあんま甘えてこない涼太がくっついて来てくれるから、広いのにも良いとこはある」
「うわ、それも良いっすね…!」
しょっぴーが嫌々語る、キングサイズのベッドの良さをじっくり聞いていると、楽屋のドアが開いて、岩本くんが入って来た。
「おはよー、何話してるの?」
「目黒が新しく買うベッドサイズの話」
「へー」
「岩本くんはふっかさんと一緒に寝るならどのサイズがいいですか?」
「ちょ、ぉい!」
「んー、シングルかな」
「せっまいな!?」
「ふっかは俺とくっついて寝るの嫌?」
「べ、別に、嫌じゃねぇけど…」
「なら、いーじゃん。んふ」
「いや、家決める前にベッドのサイズ決めてどうすんだよ。」
沸いた俺たちの会話に、しょっぴーの冷静なツッコミが鋭く突き刺さった。
「おはようピーマンでありまぁああッす!!」
遅刻常習犯の佐久間くんが集合時間ギリギリになって、楽屋のドアを開け放って、いよいよこの部屋の空気は混沌を極め始めた。
今さっきまでの会話を聞いていなかった佐久間くんは「んにゃ?」と言いながら、両手に抱え切れるだけのアニメの絵が描かれた紙袋を机の上にそーっと置いて、椅子に座った。
「佐久間、お前今日だいぶオシャレだけど何があったの?」
ふっかさんの質問に、佐久間くんはけろっとした顔で答えた。
「トータルで服買ってから嫁迎えに行って来た!嫁とのデートだからカッコよくいないと!」
しょっぴーは、この場のおかしさに少し笑いながら頭を抱えて呟いた。
「恋愛って、ほんとIQ下げるよな」
しょっぴーは、自分にも思い当たる節があるかのように、気恥ずかしそうに「ぅははっ」と小さく笑っていた。
To Be Continued………………
コメント
1件
もうラブラブと平和が詰まってて朝から最高です🤦🏻♀️✨