くるみに結婚の申し入れをして……それを受け入れてもらえた実篤は、その日の夜すぐ、興奮冷めやらぬまま両親にその旨を報告した。
今更「会わせたい女の子がおるんよ」と言うのも白々しいと思ってしまうのは、年末年始にくるみがすっかり栗野家の面々に馴染んでしまっていたからに他ならない。
「今日ね、俺、くるみちゃんにプロポーズしたんよ」
電話越し、ごくごく短く事実を告げたら、母・鈴子が電話先で引き攣れたように息を呑む気配がした。
『ちょ、ちょっと待っちょりんちゃい』
その声と共に『お父さぁ~ん実篤がぁ〜!』と電話を保留にもせず父・連史郎を呼ばわる声がして、
「ちょっ、母さんっ」
(べっ別に後日ちゃんとくるみちゃんと一緒に報告がてら顔見せする予定じゃし、今そんなに慌てんでもええんじゃけどね⁉︎)と妙に照れくさくなってしまった実篤だ。
***
だが、母・鈴子にだってちゃんと言い分がある。
父に似た強面でめちゃくちゃハンサム(あくまでも鈴子の主観)な長子が、その強そうな見た目とは裏腹。
誰に似たのか死ぬほど不器用でヘタレなこともよく心得ていたからだ。
自分似のするんとした顔立ちをして、尚且つ父親似のやたら要領の良いところを受け継いだ八雲や鏡花に対しては全く覚えない不安を、実篤に対してのみやたらと覚えてしまっている鈴子である。
実際、鈴子は連史郎とふたり、常々『実篤はちゃんと結婚できるんじゃろうか』と心配していた。
学生時代にはそれでもまぁ何とか生活圏内での出会いがあったのだろう。八雲や鏡花ほど色濃くはないものの、ほんのりとは女性の影がちらついていた実篤なのに。
就職してからはパッタリそういう気配を感じさせてくれなくなって、余計に鈴子と連史郎はヤキモキさせられていた。
常に恋人の気配が絶えない下二人の爪の垢を煎じて飲ませようかと思ってしまうほど、実篤には本当に浮ついた話が全くなかったのだ。
面倒見が良くて頼り甲斐がある上に、これでもか!と言うぐらい優しくて一途。
親の欲目かもしれないけれど、結婚相手としてこれ以上ないほどの優良物件だと思うのにやたら不器用で奥手。尚且つそれに追い討ちをかけるような鋭い見た目のせいで、長男坊には不動産屋を任せてからこっち、何年間も彼女がいなかった。
それが、超絶久々に彼女が出来たと報告してきただけでも驚きだったのに。
その子を連れているところを何気なく見れば、今までは半ば相手の女性に引っ張られるように付き合っているようにしか見えなかった実篤が、今回の彼女に対してはやけに積極的に見えたのには連史郎と二人、目を瞠らされたものだ。
確かにお相手の木下くるみという女の子。
末っ娘の鏡花と同い年で実篤とは七歳差と少し年齢差があるのが気にはなったけれど、とても人懐っこくて器量も飛び切り良いお嬢さんだった。
この子ったら父親の要領の良さは受け継がなかったのに〝面食い〟のところだけはしっかり受け継いでしまったのね、と溜め息が出そうになって、
(あら私ったら自意識過剰ね)
と思わず忍び笑いが漏れた鈴子だ。
実は鈴子。
今でも十分綺麗な顔立ちをしているけれど、若い頃はミス何とかにアレコレ選ばれるような美貌の持ち主だった。
だが、その見目麗しさに惹かれてチヤホヤと言い寄ってくる、いわゆる〝イケメン〟と言うものには全く興味が湧かなくて。
パッと見ムスッとして見えた、他者に言わせれば強面の不動産屋の男に一目惚れしてしまったのだ。
友人たちからは散々「どうかしてる」と言われた異性の好み。
鈴子にはとびきりハンサムに見える我が子実篤も、傍目には違うのかな?とソワソワしたのは一度や二度ではない。
こんな可愛い子が本当にうちの実篤に?と最初こそ疑問符満載だった鈴子だったけれど、自分が愛してやまない連史郎を「かっこいい」と言ってくれた時点で、内心「この子、いいわ!」とガッツポーズをしたのだ。
なかなか人様に理解してもらえない男性の好みを共有できる女の子。
年の差なんて吹っ飛ばしてどうか末永くうちの実篤と一緒にいてくれたらと希ってしまった。
何せ、好みの男性のタイプが似通った女の子だ。嫁姑になったとしても絶対に話が合うに違いないし、鈴子としてもこの子が嫁いできてくれたらいいなと漠然と思ったりしていたのだけれど。
(さすがにくるみちゃんの存在を知って三ヶ月! ヘタレ実篤のくせに急展開過ぎてついていけませんよ、お母さんは!)
あの実篤が、彼女にプロポーズをしたとあっては一大事以外の何物でもないではないか。
***
そんなこんなで電話の向こう。
両親がわちゃわちゃしてしまうのも無理はないのだが、実篤としては自分がそこまで彼らに心配されているだなんて思っていない。
それで必然的。双方の間にはどうしたって温度差が生じて――。
「なぁ、母さんっ! そんなに慌てんでもまた日ぃ改めてくるみちゃんと広島行くけん! ――おーい! 聞こえちょるかー!? ……だからねっ、別に今すぐ親父と変わらんでもええんじゃけど……!」
ちょっと声を大きめにして。母親が受話器を耳に当てていなくても聞こえるよう喚いてみた実篤だったのだけれど。
『おお! 実篤かぁっ! お前、くるみちゃんに結婚申し込んだっちゅーんはホンマかぁ⁉︎』
声を張り上げている実篤の声をかき消さんばかりの大声でいきなり。父・連史郎が応答してきたから、耳がキーンとなってしまった。
「ちょっ、親父! 声デケぇわ!」
無意識にスマートフォンを耳から遠ざけながら言ったら、『お前じゃって今、凄いデカイ声で叫びよっじゃろーに。わしだけ責めるんはおかしいで?』とか至極もっともな抗議をされてしまう。
「あ、あれは――母さんが受話器持っちょらんって思うたけん」
言ったら、『代わりにわしが持っちょったわ』とか……。さすがの実篤も、正直知るか!と悪態をつきたくなった。
『それで?』
「は?」
『じゃけえ……くるみちゃんからOKもらえたんかどうじゃったんか?っちゅー話よ』
ぼぉーっとしてからに、とブツブツ言い募る連史郎に、そう言えば肝心なそこについて話す前に母親がざわついたんだったと思い至った実篤は、無意識に吐息を落とした。
『なぁ、実篤。……やっぱり……ダメじゃったんか』
途端電話口から父親の意気消沈した声が聞こえてきて。
実篤は慌てて首を振る。
「ちょっ。やっぱりって何!? バッチリOKもらえたけん! 大丈夫じゃけぇ!」
(そもそもダメなんいちいち連絡せんし。さっきじゃってくるみちゃんと会いに行く算段について叫んどったじゃろ、俺……)などと思った実篤だったのだけれど。
『そうかそうか。大丈夫じゃったんか。良かったのぉ。――それで?』
「……? ほいでって……何が?」
『――何がって……流れからいってくるみちゃんといつこっちへ報告しに来てくれるんか?っちゅー話以外なかろーが』
至極当然のように言い募ってきた連史郎に、実篤は「は? そんなにすぐすぐにはならんわ」と溜め息を落とす。
昔からそうなのだが、連史郎はとにかくせっかちな男なのだ。
『母さーん。実篤大丈夫じゃったらしいで? だけどまだ心の準備が出来とらんけぇこっちに来るんはすぐにはならんのじゃと!』
鈴子といい、連史郎といい、この二人には保留ボタンを押すとか通話口を押さえて話すとか言う感覚はないのだろうか。
連史郎が傍にいる鈴子に言っていると思しき言葉も、包み隠さずすべて実篤側に筒抜けだった。
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