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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
夏の大会
咲茉の誕生日から数日経った。7月7日が近づくごとに顔を青くしていた咲茉だったが、誕生日当日は日中は授業で気が紛れ、放課後は雪とまりあと遊びに行って、家族を亡くしてからは苦しむばかりだった誕生日を久々に楽しいと感じられた。また、みんなから“おめでとう”と言ってもらい、兎田が短冊に書いた通り幸せな時間を過ごせたのだった。
ある日の狼谷家。
野球の番組ばかり観ている兄に満足に遊んでもらえない鷹。
「にいぢゃはおでとやきゅ、どっちがだいじなんだ!」
鷹がドラマの中の重い女が言うような台詞を口にすると、
「野球」
と当然のように答える隼。
「にいぢゃもやきゅもだいっぎらいだあぁあぁぁ!!」
自分よりも野球を取られ、ショックを受けた鷹はその後3時間トイレに立て籠もり、隼は母から散々説教を受ける羽目になった。
「鹿島くん、結城さんも。ちょっといいかしら?」
『狼谷先生』
「はい。どうしたんですか?」
昼休み。隼と鷹の母から呼び止められた竜一と咲茉。
狼谷母曰く、数日前、地方の姉妹校の野球部顧問が森ノ宮学園に来ていたそうで、隼の実力を見て見込みがある、とそちらへ編入を勧めてきたというのだ。隼はその場ではっきり断ったらしいが、本当にそれでいいのか、息子の本心を聞き出して欲しいとのことだった。
『…狼谷くん…、前からみんなが彼は実力あるって言ってたし、野球の強い学校からスカウトされたらやっぱり嬉しいんじゃないかな…』
「確かにそうだよね。断ったって聞いたけど狼谷はほんとにそれでいいのかな」
『……狼谷くんも優しいから…。もしかしたら自分の気持ちを我慢してたりするんじゃないかって思っちゃう…』
しゅん…、と肩を落とす咲茉。竜一もつられて小さく溜め息をついてしまう。
「あ、いたいた。結城ー!ちょっと来てー!」
吹奏楽部の生徒だろうか。咲茉を見つけてこちらに向かって叫んでいる。
『あっ、はい!すぐ行きます!…ごめんね、鹿島くん。ちょっと行ってくる!』
「うん。行ってらっしゃい!」
咲茉がパタパタと上級生のもとへと駆けていくのを見届けて、竜一は保育ルームに向かった。
放課後。今日はドラマの撮影があるので現場へ行く日だ。マネージャーが迎えに来るまでまだあと15分程ある。昼休みに狼谷母から聞いた話がずっと胸に引っ掛かっていた咲茉は、グラウンドのフェンス越しに野球部が素振りやノックやキャッチボールをしているのを眺めていた。そこへ、部室から道具の入ったコンテナを抱えて出てきた隼を見つけた。
『狼谷くん!』
「!…結城」
まだ練習開始時間より早いのでフェンスのほうへ行く隼。
「どうした?」
『…あの、ほんのちょっとだけお話できるかな?』
「ああ」
あの無愛想だが女子人気の高い狼谷隼が学園一の美少女と謳われる結城咲茉に連れられて場所を移動するのを見た一同は、隼が戻ってきたら何を話したのか質問攻めにしてやろうと思ったのだった。
『ごめんね、部活あるのに急に呼び出して』
「いや、いい。それよりどうした?」
竜一からは時々部活中に呼び出されることがあるが、咲茉からそうされたのは初めてだ。
『あのね、野球の強いチームの学校に編入の話聞いて…』
「ああ、あれか」
『…その…、狼谷くん、野球が好きだしプロの選手とか、なりたかったんじゃないかなって思って。断ったって聞いたけど狼谷くんはほんとにそれでいいの?自分の気持ちを抑えてその話を断ったっんじゃないかなって……』
そこまで言って、咲茉が少し俯く。
『……私ね、その話聞いた時、ちょっと思っちゃったの。“行かないで”って。狼谷くんと会えなくなるの寂しい。でももちろん、応援したい気持ちだってあるの。ほんとよ』
ぎゅっと拳を握り締めるのが見えた。そして咲茉が顔を上げる。
「…っ…!」
咲茉の目がほんの少し潤んでいた。きゅっと唇を噛んで、悲しそうに眉を下げている。
……そんな顔するなんて反則だろ………。
自分のことでこんなに寂しい顔をしてくれるのが、咲茉には悪いが少しだけ嬉しいと思ってしまった隼。
「…行かねえよ。プロとか本気で目指してんなら兼部もしてねえし、そもそもこの学校にも来てねえ」
『でっ、でも…。もしかしたら甲子園とか行けるせっかくのチャンスなのに 』
「べつにいーんだよ。俺は今のチームも、鹿島も、保育ルームのチビ共も、……結城も気に入ってるし。それに、あの馬鹿をババアとお前らに押し付けてどっか行くなんてあり得ねえだろ」
咲茉がぱっと目を見開いた。
『じゃあ、ほんとにこのままこの学校にいられるの?』
「だから最初っから断ったっつってんだろ。どこも行く気ねえよ」
『そしたら、まだ狼谷くんと一緒にいられるのね!』
「…まあ、そうなるだろ……」
『そっか!よかった〜!』
花が咲いたように咲茉が笑った。隼の胸が高鳴る。そして、思わず咲茉の頭に手をやった。
「!」
わしゃわしゃと撫でた咲茉の色素の薄い髪は、驚く程に細くて柔らかだった。撫でられた咲茉もふにゃりと顔を綻ばせて嬉しそうに笑っている。それを見て隼のまた心臓が暴れ出す。
「…つーか、鹿島から聞いてなかったのかよ。お前とおんなじこと聞きに来たぞ」
『えっ、そうなの?お昼休み以降、鹿島くんに会ってなくて』
「鹿島と話したのはついさっきだぞ。…まあ、もしかしたらお前とは家で会えるならその時にと思ったかもしれねえな 」
『そっか。そうかもしれないね』
鞄を持ち直し、咲茉が腕時計を見る。
『…あ、そろそろお迎えに来てもらう時間だ。狼谷くんありがとう!部活頑張ってね!』
「ああ。お前も仕事頑張れよ」
『うん!また明日ね!』
笑顔で手を振りながら、咲茉がその場を後にした。先程の自分だけに向けられた寂しそうな顔も嬉しいけれど、やっぱり好きになった相手には笑って欲しい。
隼は小さくなる咲茉の後ろ姿を見送ってから、自分もグラウドに戻っていった。
「大ニュース大ニュース!大ニュースゥゥ!!」
C組のクラスメートの嘘川が地元の朝刊を持って教室に入ってきた。しかも頬には米粒を付けたまま。そこまで慌てる程のビッグニュースなのだろうか。
「嘘川大丈夫か?」
「大丈夫!つーか鹿島知らねえの!?奇跡だよ奇跡!奇跡が起きちゃってんの!!」
なんと先日開幕した全国高校野球選手権大会の、地方大会の初戦で森ノ宮学園野球部が昨年の甲子園出場校に勝利したというのだ。
竜一が嘘川の持ってきた朝刊を見せてもらうと、ちょうどボールを打ち返す隼の決定的瞬間の写真が新聞の一面にどーんと載っていた。
しかし、そこへ登校してきた隼はムスッとしている。相手校のスタメンが食中毒でダウンしていたらしく、今回の試合の勝利は偶然のラッキーな出来事だとのことらしい。
「へー、マジかよ。すげえじゃん!何?七夕のご利益?」
兎田が七夕用に譲ってもらった竹笹は、神社からもらってきたものだったらしい。そこに、隼が何気なく書いた“甲子園出場”という願いが織姫と彦星に届いたのなら、それは七夕のご利益だと言ってもいいのかもしれない。
「んじゃ、この際みんなで応援行っちゃうか?」
兎田の提案に子どもたちは目を輝かせる。が、子ども連れは気が散るから死んでもやめろ、と念を押された竜一が隼の言葉をそっくりそのまま再現して見せると、その迫力に子どもたちが縮み上がった。
「あー、まあ炎天下だしやめとくか」
兎田が仕方なさそうに頷く。
ガララ
『お疲れ様です』
「あ、結城さん」
咲茉が保育ルームにやって来た。今日は撮影がないのでこちらに来ると聞いていたのだが、手には楽譜の入ったファイルと楽器を持っている。
「あれ、エマちゃんどうしたの?今日吹部に行く感じ?」
『はい。こっちに来る筈だったんですけど、急遽合奏が入って』
吹奏楽部も夏のコンクールに向けて練習があるが、野球部が初戦を勝ち抜いたことで、次の試合から咲茉たちも同行して応援演奏をすることになったらしい。
「ありゃ、忙しいね。合奏も倍の曲数になるだろうし」
『そうですね。でも野球の試合で演奏するの、ちょっと憧れてたから嬉しいです。狼谷くんが出てるなら余計応援したいし』
咲茉がパラパラとファイルを捲る。
「まあ、夏の高校野球と屋外で演奏するブラスバンド…、青春って感じだよねえ。でも絶対暑いだろうし、去年みたいに倒れて隼にお姫様抱っこしてもらう事態にならないようにね」
『ち…、ちゃんと対策しますよ!…もう!人の恥ずかしい過去をほじくり返さないでください!』
顔を赤くする咲茉。兎田も昨年のあの出来事をしっかり覚えていたようで、にやにやしながら咲茉をからかって楽しんでいる。
「結城さん、コンクールの練習も応援演奏の練習も大変だろうけど頑張ってね。俺たちの分も狼谷たちのこと応援してあげて」
『うん。ありがとう、鹿島くん。…じゃあ、練習行ってくるね』
咲茉が立ち上がり、子どもたちに惜しまれながら保育ルームを後にした。
そして、運の力か実力か。はたまた本当に七夕様に願いが届いたおかげが分からないが、対戦校が勝手にプレッシャーに押し潰されてくれたり、風でホームランになったり逆に相手チームのホームランが風で押し戻ってきたりと、あれよあれよと勝ち進んだ森ノ宮学園野球部。なんと次はベスト8という位置まで来てしまった。
咲茉たち吹奏楽部の部員も毎回しっかり熱中症対策をして応援演奏に臨む。そして毎回、試合に感動して涙ぐむのだった。
『狼谷くん』
「…結城」
試合の前日。朝練を終えた隼に、同じく朝練を終えた咲茉が声を掛けた。
『練習お疲れ様!』
「ああ、さんきゅ。結城もお疲れ」
『ありがとう』
咲茉の手にはケースに入れられたフルートと、楽譜の入ったファイル。前に見た時よりも分厚く膨れ上がっている。
「…それ、試合で演奏する曲の楽譜か?」
『うん、そうそう。狼谷くんリクエスト書いてくれた?』
「あー、俺は書いてねえな。べつにこれと言って好きな曲ねえし」
『そっか…』
「けどまあ、吹部の連中が演奏してくれてんの聴いて、俺も他の部員も力もらってっから。ありがとな」
『ほんと?よかった!』
隼がリクエスト曲を何も挙げていないと聞いて少し残念そうな顔をした咲茉だが、自分たちの演奏がちゃんと野球部の選手たちに届いているのが分かって安心したように笑顔を浮かべた。
次の試合。この時は予め野球部に取ったアンケートを元に、メンバーのリクエスト曲を演奏する吹奏楽部員。そして、打席に立つ選手1人ひとりに、“ かっ飛ばせー!○○ー!!” と吹奏楽部員が順番に叫び、そこから演奏を始める応援スタイルになった。そのおかげか野球部員にも力が湧き、いつも以上に力を出せる。
試合は点を獲ったり獲られたり。勝ち進んできた強いチームなのもあり、相手校の演奏も迫力がある。
隼が打席に立った。
「かっ飛ばせー!かーみたにー!!」
野太い吹奏楽部の生徒の声。(多分)同じクラスの男子生徒の声だろう。どうやら打席に立つ選手のクラスメートや、いなければ比較的仲のいい者がエールを担当するらしい。
何度目かの打席。隼がバッターボックスに向かう。
すぅっ……
大きく息を吸い、咲茉が声を張り上げた。
『かっ飛ばせー!かーみたにー!!』
「!」
心臓が大きく脈打つ。 ちらりと応援席を見ると、メガホンを手にこちらに向かって叫ぶ咲茉の姿。相変わらず長袖長ズボンに鍔の広い帽子、楽器にタオルを巻いた完全防備な姿。メガホンを使っているとはいえ、咲茉があんなに大きな声を出すのを目の当たりにしたのは初めてだった。
咲茉の声を合図に、再び吹奏楽部の演奏が始まる。隼は演奏を背に、深呼吸をひとつしてバットを構えた。
それから試合がどうなったかというと、隼に内緒で応援に行っていた兎田からの連絡では、森ノ宮学園はチーム全員で粘って繋いでとてもいい試合をしていたが、9回の裏で逆転ホームランを打たれてしまい、サヨナラ負けという結果に終わったらしい。
貸し切りバスで学園に帰ってきた野球部と吹奏楽部。それぞれ解散して、保育ルームに向かう途中で隼と咲茉が顔を合わせた。また日焼けしてしまったのか、目を少し赤くした咲茉。
『狼谷くん、お疲れ様!…すっごくいい試合だったね』
「ああ。ありがとな。結城も演奏お疲れ」
そこまで言うと、咲茉の目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「!?おい、どうした?」
もしかしなくても自分が泣かせたのかと慌てる隼。
『…っ…、ごめんなさい……。あんなに頑張ってたのに負けちゃったのが悔しくて。…ほんとに悔しい思いをしたのは狼谷くんたち野球部の皆さんなのに…』
首に掛けていたタオルで涙を拭う咲茉。全力で試合に臨んだ自分たちと同様に、吹奏楽部の生徒も全力で応援してくれていたのだ。そして、試合の結果を泣く程悔やんでくれている。
「……応援ありがとな。お前の声も、ちゃんと聞こえてた」
『!』
咲茉が顔を上げた。涙で潤んだ青い瞳に隼の顔が映っている。
「…また来年勝つから。その時も演奏よろしく。次はちゃんとリクエスト曲書くわ」
『…うん!』
ようやく咲茉が笑顔になった。隼はまた咲茉の髪をわしゃわしゃと撫でくり回す。
「じゃ、保育ルーム行くか。…つーかさっきから騒音公害レベルの泣き声聞こえんだけど、絶対あれうちの馬鹿だろ」
『鹿島くんからメッセージ来てたよ。試合の結果聞いた鷹くんが大泣きしてるって。悔しかったんだね、きっと』
「…ったく。俺はあんな泣き虫だったことなんてねえぞ」
隼が呆れたように頭を掻く。
『早く行ってあげよう。みんな待ってるよ』
「…そうだな」
涙を拭き、咲茉と隼は並んで試合結果の報告に保育ルームへと向かうのだった。
つづく
コメント
1件
わああ第19話…!!もう夏の大会がっつり青春の熱さと切なさが詰まってた…😭💕 特に咲茉ちゃんが「かっ飛ばせー!かーみたにー!!」って全力で叫ぶところ、めっちゃ鳥肌立ったよ…!!あの声が隼くんに届いてるのが伝わってきて、こっちまで胸が熱くなった…🔥 それに試合後に悔し涙をぽろぽろ流す咲茉ちゃんを見て隼くんが「お前の声もちゃんと聞こえてた」って慰めるシーン、もう反則でしょ…!!🫠💕 次はリクエスト曲書くって言った隼くん、絶対咲茉ちゃんのためだけの曲選ぶんだろうなあ…待ち遠しすぎるよ〜!!続きも楽しみにしてるね!!🌟