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「大河ー、大河?おい、大河ー!!」
「うわっ!うるさいっつーの!急に耳元で、でっかい声出すなよ」
「急じゃないし。なんなら、大河の方が声でかいし」
オフィスでいつものように始まった透と大河のやり取りに、洋平と吾郎は顔を見合わせて肩をすくめる。
こういう時は極力関わらない方がいい。
「だいたいさ、なんでアリシアへのお土産、勝手に一人で渡しに行ったのさ?俺はアリシアをここに呼んで、楽しくおしゃべりしながら渡したかったのに!」
「お前の場合、ただ単にここに呼びたいだけだろ?お土産でおびき寄せるようなことするな」
「分かったよ。だったら普通に呼び寄せるもんね」
そう言うと透は早速スマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。
「おい、こら!相手の都合も考えずに電話をかけるな。仕事中かもしれないだろ?」
「うるさいなー、大河は。…あ、もしもしアリシア?俺だよ。久しぶりだね、元気だったかい?」
透は途端にデレーッと締まりのない顔になる。
「俺も元気だよ。でも君に会えなくて心が冷え切ってる。早く会いたいよ。いつなら会える?」
おい、こら!勝手に彼氏ヅラするな!と大河が止めるが、洋平はそんな大河の肩に手を置いて首を振った。
「いいじゃないか、誘ってみようよ。凱旋公演のMC、瞳子ちゃんに打診したいしさ」
すると吾郎もあとに続く。
「そうだよ。それにショップで販売するグッズも、また瞳子ちゃんに考えてもらいたいし。1度ミーティング兼ねて来てもらおうぜ」
それを言われれば仕方ない。
大河は頷いて、透の電話を黙って見守った。
「アリシアー!久しぶり!」
オフィスのドアを開けるなり、透は瞳子の両手を取って握りしめる。
「かれこれ1か月以上会ってなかったんじゃないか?そんなに離れてたなんて。寂しい思いをさせたね、アリシア」
「アホ!お前はいったいどういう立ち位置なんだよ!」
透と大河のやり取りに、瞳子は懐かしそうに、ふふっと笑う。
透が電話をしてから数日後。
瞳子は自分の仕事が休みの日に、アートプラネッツのオフィスを訪れていた。
「久しぶり、瞳子ちゃん。さ、とにかく入って」
「はい、失礼します」
洋平に促されて瞳子はソファに座る。
「皆さん、パリでの展覧会お疲れ様でした。大盛況だったようで、おめでとうございます」
「ありがとう!俺達も海外のアートを肌で感じて、とても良い刺激を受けたよ」
「そうでしょうね。パリの街も素敵だろうなあ」
「瞳子ちゃんも、いつか行ってみるといいよ」
俺と行くー?連れて行ってあげるよー!
「それに、瞳子ちゃんがアイデアをくれたんだって?和のテイストの映像、すごく喜ばれたよ」
「いえ、私は何も」
アリシアのおかげだよ。ほんとに君はいつも俺の最高のパートナーだね。
「それで今、日本での凱旋公演の準備を始めたんだ。そのMCは是非瞳子ちゃんにお願いしたい」
「私で良ければ、やらせていただきたいです」
アリシアがいいに決まってるじゃないか。
「それからショップで販売するグッズも、またラインナップ考えてくれるかな?」
「わー、いいんですか?私、グッズを考えるの好きなんです」
俺も好きだよ。大好きさー!
瞳子は洋平と(…横から透と)話しながら、今後の大まかな予定を確認する。
「分かりました。MCについては直前の打合せだけで充分ですが、グッズの案については、やはりこちらのオフィスで皆さんと相談しながら進めたいです」
「もちろん、大歓迎だよ。仕事の調整は出来そう?」
「はい。千秋さんにも確認してみますが、大丈夫だと思います」
「分かった、ありがとう」
そしてようやく瞳子は、パリで上映した映像を見せてもらった。
美しい日本の情景はさることながら、場面ごとに現れる色鮮やかな曼荼羅の素晴らしさ。
スルスルとカラフルな線が中心から外側へと描いていく、幾何学的なシンメトリーのデザイン。
牡丹や菖蒲などの絵と共に、使われている色の名前が日本語とアルファベットで紹介されていた。
また、切り絵の世界にも存分に引き込まれていく。
1枚の紙を折りたたみ、そこにハサミを自由自在に走らせる。
開くと美しい蝶が生まれ、ヒラヒラと飛び立っていく。
その先には京都の寺と桜。
日本庭園や富士山。
どれもペーパーシャドーアートの雰囲気で、古き良き日本の風景を表していた。
やがてスーッと画面は日本から遠ざかり、大きく世界を捉え、美しい桜の花吹雪で包み込んだ。
最後にタイトルがゆっくりと浮かび上がる。
【Japanese Circle〜日本の和〜】
「わあ、とっても素敵でした!」
瞳子が目を輝かせて拍手する。
「次々に美しい映像が現れて、思わず引き込まれちゃいました。それに日本の雰囲気がたっぷり味わえて良かったです。曼荼羅や日本古来の色合い。切り絵のちょうちょが日本を案内してくれるのもいいですね!」
興奮気味の瞳子に、皆も嬉しくなる。
「タイトルの【日本の和】は、世界に広がる輪と、和風の和を掛けてるんだ。それから【Japanese Circle】も、円で描く曼荼羅の美しさと、円をご縁の縁と掛けてる」
「そうなんですね。素敵!意味を知るともっとこの作品が奥深く感じられます。世界に誇れる日本の素晴らしさですね」
「ありがとう。瞳子ちゃんに褒められるのが何より嬉しいよ」
洋平と瞳子の会話に吾郎も加わる。
「ああ、そうだな。瞳子ちゃん、グッズもこのイメージで考えてくれる?」
「はい!とっても楽しみです。何がいいかなあ」
瞳子は生き生きとした表情で、早速グッズのアイデアを考え始めた。
そんな瞳子の様子を少し離れた自分のデスクから眺め、大河は心の中で考える。
(どの段階になればリハビリは終了するのだろう?)
こうやって男ばかりに囲まれていても、彼女は楽しそうだ。
それならやはり、1対1で過ごすのが平気になればいいのか?
いや、それも既に大丈夫だろう。
それどころか、瞳子は部屋に自分を上げてくれた。
ひょっとしてそれは、大きな進歩なのではないだろうか?
確証はないが、おそらく倉木と別れて以後、瞳子は男性を部屋に上げて二人切りになることなど、なかったのではないか?
それだけでなく、あんな…
と、そこまで考えて、大河は顔を赤くする。
あの時抱きしめた瞳子の身体の感触や温かさが、妙に生々しく思い出された。
(また二人切りになることがあったら…。彼女は平気でも俺は無理そうだ)
誰のリハビリなんだか?と自分に呆れる。
(とにかく、ここから先は彼女が本当に好きな相手と、少しずつ乗り越えていけばいいんじゃないだろうか)
そうすると、自分の出番はもうなくなる。
呆気ないくらいにこの関係の終わりを感じ、大河は小さくため息をついた。
「えっ?!洋平、彼女出来たの?いつの間に?」
デリバリーのランチをオフィスで囲みながら、突然の洋平の爆弾発言に、透が手を止めて聞き返す。
「そんなに驚くことか?」
「いや、そりゃ洋平はモテるけど、最近はずっとフリーだったじゃないか」
「うん、忙しくて手一杯だったからな。パリから帰ってきて、ようやくひと息つけると思って、帰国した翌日に馴染みのバーに行ったんだ。そこで時々会う女性に、どう?つき合ってみる?って聞かれて、まあ今ならいいかって」
「ひゃー、大人!なんか大人の世界だな。俺も言ってみたいわ。『どう?アリシア。俺とつき合ってみる?』って」
吾郎が「今言ってんじゃないかよ」と突っ込み、瞳子も面白そうに、あはは!と笑う。
「洋平さんなら、そんな出逢いが似合いそう。馴染みのバーって、どんなところなんですか?」
「ん?ここからも近いよ。オフィスビルの最上階にあってね。Bar. Aqua Blueっていうんだけど、看板とか出してないから、知る人ぞ知るって感じかな。夜景も綺麗でピアノの生演奏もやってるから、気分転換や頭の中をリセットしたい時によく行くんだ」
へえー、と瞳子はしきりに感心する。
「素敵なところなんでしょうね。行ってみたいなあ」
「瞳子ちゃんも好きそうなところだよ。行ってみたら?」
ええ、でも…と瞳子は視線を落とす。
(きっと誰かに絡まれたりするのが心配なんだろうな)
大河がそう思っていると、瞳子はパッと顔を上げて、機会があったら行ってみます、とにこやかに笑った。